夕隠れの神様 -SideStory-

こちらは「夕隠れの神様」のサイドストーリーのページになります。

まだ読んでいない方は先に台本本編をお読みください。

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また、素敵なボイスドラマを作製していただけました!!

このSSはもって考えていた話はそのまま、素敵なボイスドラマを聴いて手直ししながら書いたお話です。

なので今回は兄ではなく、姉として書いています。

声劇で聞いた時からすごい素敵だったのでまさかこうした形でお聴きできるとは・・・!

以前、戀し春もボイスドラマにしてくださってそちらも素敵ですのでぜひ!!

とってもすてきなのでぜひ聞いてくださいね!!!!


夕神様・編集:宮瀬ケイさん

りん:猫山あすかさん


SideStory1 「夕隠れ」

「夕神様、夕神様」


恐れられている神の名をこんなにも無邪気に呼ぶ人の子はいないだろう。

山はすっかり秋めいており、冬の気配を感じさせる空気が袖の中を通ってゆく。

冬の気配といってもまだ薄い。

木々はしばらく赤や橙に染まった葉を揺らすのだろう。

夕暮れの中、まだまだ秋が濃く香っている。


駆け寄ってくる子供らしさを残す足音。

楽しそうな足音だ。何か嬉しいことでもあったのだろうか。

足音は私の目の前でぴたりと止まり、人の子は少しぎこちなく私の手をとった。

外にずっといたのだろう。手はすっかり冷え込んでいる。

手のひらに何かをのせてきたので、それを握ろうとすると人の子が慌てるのを感じた。


「とんがっているところがあるから握ると危ないですよ。」


そう言い、私の手を抑え私の顔を見つめてきた。


「なにか当ててみてください。」


その声がどことなく得意げなものだったのが面白く、笑いそうになる。


とんがっているもの。

手のひらから感じる質感。

嬉しそうな声。

秋。

 

ああ、これはきっと栗だ。

毬(いが)から取った後の栗だろう。

この敷地のどこかに栗の木があったのか、それともどこからか落ちてきたのか。

いずれにしても驚きだ。

人の子は相変わらずこちらをじっと見ている。

すぐに分かってしまったが、あまりにも得意そうな人の子にすぐ答えてしまうのは何だか忍びない。


「・・・これは何だろうか?」


「分かりませんか?」 


「ああ。他にも何か手掛かりが欲しいな。」


そう言うと仕方ないですね、と楽しそうな人の子の声が聞こえてきて気付かれないように面布の下で微かに笑う。


「秋に関係するものです。」


「秋か。」


「そして、食べられるものです。」


「食べられるのか。一体、なんだろうか。」


わざとらしい言い方にはなってしまったが人の子は何も気にしていない様子だ。

もうそろそろ答えても良いだろう。


「・・・ああ、分かったぞ。これは栗か。」


「当たりです!」


娘はそう声を上げると手の平にさらにいくつか乗せてきた。

どうやら豊作のようだ。


「境内の奥の方で拾ったんですよ。夕神様、知っていましたか?」


「いや、知らなかったな。」


「実は今日のお昼ごろに拾って、栗ご飯の支度をしていたんです。でも、その時に全部は拾えなかったから今拾ってきて。

 ふふっ、今日の夕餉はご馳走ですね。」


人の子は私の手のひらにのっけた栗をかごの中に戻す。


「明日、姉さまの墓前にお供えしても良いですか?」


「・・・ああ、構わない。」


その返答に娘が柔らかく微笑んだのが分かった。

 

「ありがとうございます。

姉さまも栗が好きだったんです。昔、少し遠かったのですが栗の木があって。秋になると姉さまと拾ったんですよ。」


人の子は亡くなった姉の話をするときに幸せそうに話す。

あの晩、姉との思い出がつらい苦しいものから、幸せなものへと変わったのだろうか。

それなら良い。

夕神の祟りにより、燃やされた村。

自身のせいで死んだと思った姉があの火事を生き抜き、ここで穏やかに死んでいったと知ることができて救われたのなら。

嘘も方便とはよく言ったものだ。


「夕神様も今度は一緒に行きましょう。来年もきっとたくさんありますよ。」


「・・・。」


楽し気な声で発せられた“来年”という言葉に一瞬、息ができなくなった。

言葉が重たく心の中に沈む。

季節が巡り再び秋が訪れた頃、私はここにいないだろう。

少なくとも、この人の子はここにいてはいけない。

 

娘の不安げな視線を感じ、なにか適当に口にしようとすると、娘が小さく、あっ と声を上げた。


「夕神様、目が見えないから栗拾えませんよね。

あ、でも夕神様だから……」


黙っているのをどう勘違いしたのか、何やらぶつぶつと呟く娘に堪えきれずに笑ってしまう。

 

「どうして笑うんですか?」


「いや、なんでもない。

そうだな。栗拾いは難しいかもしれない。」


「夕神様でも?」


くつくつと笑いながらそう言えば、訝しむような声音でそう返ってきた。


「ああ。さすがに目が見えぬ私には難しいだろうな。」

訝しむような表情からどこか気落ちしたような雰囲気に変わった人の子の肩に手をのっける。


「だが、栗拾いを楽しむお前を見ることはできるぞ。」


「見えないのに?」


「ああ。お前は分かりやすいからな。怒っているのか、笑っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか。目が見えなくとも手を取るように分かる。」

 

「何だかずるいですね。

・・・私は夕神様が何を考えているのか分かりません。」


山の向こうでに日が沈むぞと鳴く烏の声がやけに響いて聞こえる。

顔を照らす夕日が眩しい。


「私は人の子ではないからな。」

そう答えた声は冷たくも温かくもない響きを持っており、目の前の人の子が息を呑んだのが分かった。

見えもしないのに、取り繕うように人の子に笑いかける。


「そういえばお前に伝えなくてはいけないことがあった。」


「・・・何ですか?」


「明日、村長たちが来ることになった。」


何度となくしてきた会話のはずが、今日ばかりは言葉にするのに時間がかかってしまった。


「分かりました。その間、本殿には近づかないようにしますね。」


人の子はいつものようにそう口にする。

いつもと変わらず話せているようだ。

胸が痛い。

こんなことがあってはならないのだ。

私は人ではない。

こんな姿を見せてはいけない。

はやく一人になりたくて、もうすぐ日が沈むだろうからと中に入るよう促す。

栗の入ったかごを背負う人の子。

夕暮れの中、栗を拾いにいったときの嬉しそうな笑顔を思い出す。


あの笑顔は誰のものだ。

かごを背負えないほどに小さかったあの幼子は誰だ。

目の前にいる人の子は


「・・・夕神様?」


咄嗟に人の子の腕をつかんでいた。

いつの間にか冷え切った手にじんわりと温もりが伝わってきて、それがどうしようもなく悲しかった。


「すまない。」


悲しいとは馬鹿らしい。

これは誰の感情なのだろう。

この人の子を愛おしく思うのは誰の感情なのだろう。

これ以上はだめだ。

頭が何かに混ぜられているかのように、自分が何なのか分からなくなる。


「どうかしましたか?」


手を離し、こちらを気遣うような声音に何でもないと答え、中に入るよう促す。

人の子は慌ててかごを背負うと、頭を下げてその場を去ろうとする。


「りん。」


早く一人になりたいと思い急かしたのに人の子の名が口から零れ落ちた。

恐らく不思議そうな顔をしている人の子に静かにこう続ける。


「栗ご飯、きっとお前の姉も喜ぶことだろう。」


よく言ったものだ。

方便だろうが嘘は嘘だろうに。

夕日が眩しい。

目が見えないのに眩しいと思うから不思議だ。

遠ざかる人の子の背にぴしゃりと襖を閉めた。


=================


りん。

夕神に生贄として捧げられた娘。

その名を聞いた時、僅かに心が震えた。

だが、それだけだった。


りんが妹であると確信したあの晩でさえ、心が大きく揺れることはなかった。

覚えてはいるのだ。

妹がいるということも、どれだけ大切に思っていたのかも覚えている。

ただ感情が伴わず、過去にあったこととして頭の中に残っているだけ。

まるで他人の出来事で、遠いことのように思えた。

それでも、この人の子の痛みを少しでも和らげてやりたいと思ったのだ。

りんがどれだけ苦しい思いをして生きてきたのかは想像に難くない。

今、目の前で涙を流す人の子に寄り添ってやりたかった。


可哀そうで愛おしい人の子。

これは夕神としての感情だ。

何と冷たいことだろう。


「・・・私は人の子ではなくなってしまったのだろうな。」


目が見えずとも分かる、ころころと変わるりんの表情は人の子らしく、好ましく思う。

りんは私のことを人間らしいと評したが、りんを見ていると嫌でもこう思うのだ。

私はもう人間には戻れない、と。

 

半端な存在に成り果ててしまった。

夕餉の栗ご飯は美味しかったが、それでも心が弾むことはなかった。

それが悲しいことのはずなのに、どうとも思えないのが虚しかった。

全てが薄布に覆われているように感じるのだ。


“薄布で覆っているのはお前だろうに。”


そんな嘲笑う声が聞こえるような気がして耳を塞ぐ。


“薄布を取り払えばいいだろうに。近くで見ればいいだろうに。”


止めろと耳を塞ぐ手に力を込めた。

あの子を愛おしんでいるのは誰の感情なのか。


よくない。

これ以上、考えるのはだめだ。

夕神として在り続けられなくなってしまう。

やはり人の子の感情など手に余るだけだ。

最終的に身を蝕み、苦しくて仕方がなくなる。


「・・・私は、りんの近くにいすぎた。」


前任の夕神が贄としてここにきた私を遠ざけていたのは、これを恐れていたからかもしれない。

前任は今の私とそう変わらない女だった。

物静かで、こちらの問いかけには答えるがむこうから話しかけられることもなく、話したとしても感情を宿さない声で話していた。

だが、一度だけ彼女の感情に触れたことがある。


“ごめんなさい。”


前任の細い今にも消えそうな声が蘇る。

神らしくもない、ただの人の子のようなか細い声。


蝋燭で照らされたうす暗い本殿。

こちらを見るいくつもの冷たい視線。

愉快そうな村長の顔。

押さえつけられる身体。

叫んでも叫んでも届かない声。

これは思い出してはいけない記憶だ。

女が、炎が近づいてくる。 

     

“ごめんなさい。”  


「・・・っ!」


咄嗟に手近にあった椀を力任せに投げつけた。


「思い出すな・・・。思い出すな・・・。」


しんと静かな夜の中、呼吸するたびに喉がおかしな音を立てる。

焼かれて爛れて歪んで閉ざされた目が痛い。


あの日、私は人ではなくなってしまった。

もう、りんが求めている姉はどこにもいないのだ。

何度も人としての感情が芽生えるたびに踏みつぶす。

私が殺した。

私が殺して、何度も殺して埋めた。

結局、りんに話した言葉に嘘はないのだ。

 

りんのことを誇りに思っているということも、りんのことを大切に思っているということも。

姉が死んだということも。


人の子として、姉としてあの子を愛おしむにはこの身は不自由すぎる。

想おうとすれば、夕神として私はまた自分自身を殺すのだから。  


それでも、あの子に抱く想いは最期まで大切にしていたい。

神としてなら良いだろう。


“きっと夕神様は優しい神様になりますよ。”


あの子が望む優しい神は人の子を愛おしむだろうから。


季節が巡り再び秋が訪れた頃、私はここにいるのだろうか。 

りんをここから逃がすことができれば、まだいるかもしれない。


明日、村長が来る。

どうにかして、あの子をここから逃がすために道をつくらなければ。



=================



村長は覚えのない気配を引き連れて本殿へと訪れた。

面布の下で顔を顰(しか)める。

嫌な気配だ。 

 

ここに集う者全員が頭を垂れているのが分かる。

村長までも頭を垂れるとは、どうやら事情の知らない者がこの場にいるらしい。

夕神が実在する神であると、その者に知らしめなくてはならない理由があるのだろう。

だとしたら、またとない機会だ。


「・・・よく来たな。人の子よ。」


村長たちはこの場で私に逆らえないはず。

それを利用すれば、りんを逃すことができるかもしれない。

こいつらなら贄の代えをそこまで苦労せずに用意できるはずだ。


「私が知らない者がいるな。」


村長の隣から息を呑む音がして、顔を向ける。

顔を向けた先にいるはずの人間からは何かを言おうとしている息遣いだけが聞こえる。

恐ろしい神を目の前にしているのだ。生きた心地もしないだろう。


「この者は宇藤村の長でございます。」


夕神村の村長がそう答えた。


「宇藤の・・・?」


宇藤村は夕神村から少し離れた村で、深い親交があるわけでもない。


「宇藤の長がなぜここへ来た?」


視線を宇藤の長に戻すが、相変わらず言葉は聞こえてこない。

静けさが本殿を包み込む。

枯れて落ちてゆく葉の音が一つ一つ聞こえてきそうだ。


「ある村を祟ってほしいのです。」


やっと聞こえてきた情けない男の声に言葉を失くす。


「・・・どういうことだ?」


夕神は夕神村を守るために他所の村を祟るのだ。

実際には祟りではなく、人の手によるものだが何も知らぬ人々はそう信じ込んでいる。

村長がこの場を設けたということは、きっとまた一つ村が消えることになるのだろう。

だが、それをなぜ他所の村の長の願いで行うのか。


「私は夕神村を守る神だ。

なぜ、お前の願いを叶える必要がある?」


「それは・・・」


「夕神村のためでもあるのです。」


狼狽える宇藤の長の横で村長が落ち着き払った声でそう言った。


「宇藤と夕神で新たな村をつくり、この辺り一帯を掌握したいと考えております。

・・・私たちにはそれだけの力があるのですから。」


村長が笑みを浮かべながらそう口にすると、宇藤の長も続けて


「夕神様のお力をお貸しください、」


と早口で続けた。

そこまで聞いて、この状況がどういったものなのか理解が追いついた。

夕神村は宇藤村と結託し、新たな村をつくる。

その後、宇藤よりも優位に村を動かせるようにするべくこの場を設けたのだ。

この村は神に守られているのだと分からせるために。

そして恐らく、村が燃やされるのは今晩のはずだ。


「・・・ふふっ。」


ああ、どこまでいっても醜悪な人間だ。

こんなことを言うとは予想もしていなかった。

りんが言う優しい神ならここで止めるように諭すのだろう。

私にはその愚行を止める力はない。

祟ることしかできない、愚かしい神だ。


「分かった。お前たちの願いを聞き届けよう。

・・・しかし、一つ条件がある。」


村長の気配が揺らいだのを感じる。


「新たな贄をここへ寄こせ。」


「今の贄はどうするおつもりで?」


村長が食い気味にそう言った。

思い通りに動くはずの私が予想だにしていないことを言って、驚いているのか、怒っているのか。


「今の贄は気に食わぬ。私が喰うにも足らぬ小娘だ。山から去ればそれでよい。

新たな贄を迎え、今の贄をお前らに返す際、宇藤の長も居合わせてもらおう。」


「そうすれば、叶えていただけるのですね?」


ああ、と答えると宇藤の長は何度も礼を口にした。


宇藤の長が贄であるりんをどうしようと、りんが生きて帰ることは難しいだろう。

だが、これが上手くいけば私はここにい続けられるはずだ。

宇藤の長がいる手前、新たな贄を迎え、りんを手放す際に隙をつくることなど造作もない。

新たな贄を迎えようとも、これまでと変わらず繰り返すだけだろう。

それでも、りんを逃がすことができるのであればすべての罪を私は抱えるつもりだ。


今頃、りんは何をしているのだろう。

姉の墓に栗ご飯を供えて、他愛もない話を言って聞かせているのだろうか。


「・・・宇藤の長を外にお連れしろ。私は夕神様とまだ話がある。」


低く、おぞましいほどに怒りに満ちた声。

その声に背筋が凍る。

宇藤の長は一度頭を深々と下げると数人とこの場を後にした。

これから何が起こるのか、私は知っている。


重たい扉ががちゃりと閉まる。


ああ、やはり近づいてきた。

歯を食いしばる。

頭に大きな衝撃を受け、床に倒れ込んだ。


「私の命に背くとは何事だ!!」


怒声が響く。


「どうした?いつからそんなに偉くなったんだ?本当の神にでもなったつもりか?」


胸ぐらを掴まれ無理やり上半身を起こされたと思ったら、顔を手で固定される。


「お前はただの惨めな人間だ。忘れたのか?」


「神の名を借りなければ動けぬ臆病者に言われたくはないな・・・。」


「黙れ!!!」


村長は小刀をとると、私の腕を切りつけ、面布の下の爛れた目元に爪を立てた。


やめてくれ、やめてくれ。

せっかく人の子のために動けるようになったのだ。

人の子への想いを大切にできるようになったのだ。

あの子への想いへの言い訳を並べられるようになったのだ。


痛みは恐ろしい。

また、私は自分を殺してしまう。


「・・・そうか、お前はあの娘に情がうつってしまったのか。」


その言葉に身をかたくする。

村長は愉快そうに笑うと、さらに爪を喰い込ませた。


「あれはお前の妹だもんなあ。」


「・・・っ!」


なぜ、こいつがそのことを知っている。


「あの娘が贄に名乗り出た時から知っていた。寄崎村を燃やす前からお前らに目を付けていたんだからな。」


そう言うと村長は私の頭を床に叩きつけた。


「だがまさか、あそこまでやって人に情を移すとは思わなかった。妹だろうとあり得ないことだと思っていたんだがなぁ。

次の夕神はあの娘だ。お前はあの娘の目を焼かなくてはならない。」


あの日ことがまた思い出される。


蝋燭で照らされたうす暗い本殿。

こちらを見るいくつもの冷たい視線。

愉快そうな村長の顔。

押さえつけられる身体。

叫んでも叫んでも届かない声。

女が、炎が近づいてくる。 

     

“ごめんなさい。”  


その声が自分のものだと思ったときには、縛られたりんの瞳に炎を押し付けていた。


「やめろ・・・!やめてくれ!!」


そう叫ぶ私の腹を、村長は蹴りとばした。

それでも、今の光景が頭から離れない。


「面白いことを言う。あの娘を逃がすわけにはいかない。あの娘だって面倒なことにお前に懐いているんだ。そう簡単にここから離れられるわけがないだろう。

だが、安心しろ。あの娘が夕神となった暁には全て教えてやろう。お前の正体も全て。」


にたにたと笑う村長に何も言えず、私はただ蹲るほかなかった。

何も言わず、動かなくなった私に満足したのか、村長はもう一度頭を蹴とばすと、残っていた者たちを連れ本殿をでていった。


がちゃりと重たい音が響く。


どこもかしこも痛く、頭の中がいろんなもので溢れかえっている。

姉としての感情が渦を巻いて溢れかえって、苦しくて仕方がない。


「あ・・・、ああ・・・・っ!!」


絞り出した叫び声が響く。


あの子を夕神にするわけにはいかない。

優しいあの子にこんなことをさせるわけにはいかない。


だから、あの子とお別れしなくちゃ。


全て話して、そしてあの子が二度とここを訪れないようにしなくてはいけない。

恨まれることになるだろうが、あの子が自分のことを責めてしまうよりもずっと良い。

あの子は元々、夕神を殺すためにここへ来たのだから。

私も死ぬことは怖くない。

 

「・・・りん、大きくなったね。」


もう伝えられない姉としての言葉がぽろぽろと口から出てくる。


「・・・あんなに寂しがり屋で甘えん坊だったのに、一人でずっと頑張ってきたんだね。」


思いっきり抱きしめたかった。

一人にしたくなかった。

もう悲しい思いをさせたくなかった。

でも、もうどうにもならない。


だからもう終いだ。

今一度、己を殺そう。


「・・・大丈夫。神様はお前のことを愛するだろう。」


せめて、最期まで夕神としてありたい。

人の子として在ってはならない。

私は夕神だ。

人であり、神であり、化け物である半端な存在で、


あの愛おしい”人の子”の幸せを願う存在だ。

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