君、朝顔、夏の夢 -SideStory-

こちらは「君、朝顔、夏の夢」のサイドストーリーのページになります。

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優海が亡くなってから一年半後、卒業式を前日に控えた爽子のお話です。

SideStory1 「爽子」

まだまだ寒い3月。

薄い雲が覆う空の下で墓石の前で手を合わせる。

花受けには既に綺麗な花が供えられていて、久びりに持ってきた花束は持ち帰る羽目になりそうだ。

きっと優海の両親が頻繁に来ているのだろう。いつ来ても綺麗な花に彩られている。


「あ・・・」


少し遠くから聞き覚えのある声が聞こえて、反射的に顔を向ける。


「爽子ちゃん、こんにちは。」


「あ・・・、こんにちは。」


そこに立っていたのは、優海のお母さんだった。

花束を抱える手に力を込める。

優海のお母さんとお父さんと会うのはいつだって怖い。

犯した罪がじわじわと迫ってくるから。

こちらへ向かって歩いてくる優海のお母さんは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

その顔がどことなく優海と似ていて、ああ・・・やっぱり優海のお母さんなんだと改めて実感する。


「また来てくれたんだ。ありがとうね。」


「い、いえ・・・。」


もごもごと答える私に優海のお母さんはにこにこと墓石の前まで来ると、私が抱えていた花束に視線を向ける。


「そのお花は供えないの?」


「綺麗な花がもうあったから、どうしようかと思って・・・。」


そう言うと、優海のお母さんはちょっと待ってね、と花受けの花を手に取った。

その場から立ち去るための良い理由も思い浮かばず、優海のお母さんの隣で大人しく待つしかなかった。

花束がカサカサと音を立てる。


「だったら供えてあげて。ぎゅうぎゅうだけどまだ入るから。」


お礼を言って優海のお母さんが作ってくれた隙間に、花屋さんで買った花を差し込んでいく。

優海が好きそうな可愛い花だ。少し高かったが買ってよかった。


「きっと喜んでるよ。あの子、お花好きだったから。」


「そう、ですかね・・・。」


ぎこちなく響いた声に、どうしようもなく自分の後悔を感じて顔を伏せる。


「もう3年生になるんだよね・・・。明日、卒業式でしょう?」


「あ・・・、はい。そうです。」


ちらっと隣に佇む優海のお母さんの顔を覗き見る。

微笑んでいるようにも、泣いているようにも見える表情を浮かべながら、目の前の墓石を見つめている。


「卒業したらどうするの?進学?」


「はい。・・・隣町の大学に通います。」


「そう・・・。ねえ、爽子ちゃん」


優海のお母さんは墓石からこちらに視線を向けた。

きっと私はものすごく情けない表情を浮かべているだろう。そんな私に優海のお母さんは優しく笑いかけてくる。


「優海が亡くなって1年半。私も夫も前に進めないままなの。後ろばかり見ちゃう。あの子の思い出に縋りながら生きていくしかないの。」


どうしてそんな優しい顔をするの。


「どうして気づけなかったんだろうって・・・。ずっと後悔するしかなくて・・・。

あの子、学校のことを話してはくれない子だったから、もっと聞いてあげればよかったって・・・。

でもね、爽子ちゃんのことだけは楽しそうに話してくれてね。」


ああ、やめて。


「頭が良くて、優しくて、すごい素敵な子っなんだって。まるで、あの子自身の自慢みたいに言うものだから面白くて。」


そんなことを言われるような人間じゃないのに。


「優海と仲良くしてくれてありがとうね。あの子に友達がいるって知れてよかった。

・・・・・・だから、もう良いんだよ。」


その一言で、ひゅっと気道が狭くなった。


「優海のことで爽子ちゃんが責任を感じることはないし、」


違う。違うんだ。だって。

私が、優海を一人ぼっちで行かせてしまったんだから。


「それに・・・、忘れてとまでは言わないけど、爽子ちゃんは前に進むべきだから。

きっとあの子もそう思っているはず。」


上手に呼吸ができない。呼吸の仕方が分からない。

そんな様子に優海のお母さんは気づくことなく、穏やかに言葉をつづける。


「でも、たまに思い出してくれたら嬉しいな。」


何か言葉にしようとしても何も出て来ない。

つっかえて、つっかえて、喉に穴が開きそうだ。

何も言えない私の手を、優海のお母さんはそっと握る。

温かい手だった。


「卒業おめでとう。

・・・本当にありがとうね。」


私はこんなにもあたたかくて優しい人から、あの子を奪ってしまったんだ。



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明日に卒業式を控えた学校は静かだった。

今日は午前中までで、今残っているのは明日の用意をする在校生と、部活に励む生徒ぐらいだろうか。

そう考えるとそこまで静かではないはずなのだが、なぜかいつもより寂しげに見える。


あの後、ろくに言葉も交わせないまま優海のお母さんと別れ、ぼんやりとした頭のまま、ケーキを二個買って、それからふらふらと学校に戻ってきた。

人気のない少し薄暗い廊下を歩き、屋上へ続く階段を上る。

あの後、立ち入り禁止という紙が貼られて塞がれるようになった。

また、屋上の扉の鍵に関しても以前より厳重管理になり、前の様に簡単に行ける場所ではなくなってしまったのだ。


だが、今日は開いている。

頼み込んだかいがあった。

少し卑怯だが、優海のことを持ち出し、最後にあの子の思い出に浸りたいだなんて。


あの先生、ばれてなきゃいいけど。

そんなことを思いながら、少し重たい扉を開ける。

扉がぎっぎっと嫌な音を立てた。


冷たい風を受ける頬が痛い。

あの夏の真っ青な空ではなく、薄い雲に覆われた空が広がっていた。


「優海。」


なんとなく名前を呼ぶ。

ひょこっと顔を出して、さわちゃんと呼んでくれるあの子はもういなくて、聞こえるのは遠くから聞こえる生徒の声と、風の音だけだ。

いつも通り、フェンスの前の段差に座って箱からケーキを取り出す。

一つはチーズケーキ。もう一つはショートケーキ。

チーズケーキは自分の膝の上に置いて、ショートケーキは隣に置く。

優海が好きなケーキが分からなくて、無難にショートケーキにしてしまった。

一緒にあのカフェに行っていたら、何が好きなのか分かっていたのだろうか。

カフェに行かないかと誘ったときの優海の声を思い出す。

申し訳なさそうな声。


“無理しなくてもいいんだよ、さわちゃん。”


“いじめられてる子と仲がいいって思われるなんて、そんなのみーんな嫌だよ。当たり前。”


“さわちゃんが家でひどいことされてても助けられてないし。だから、さわちゃんも何もしなくていいの。”


“そうじゃないと・・・、つり合いが取れないからさ。”


それに、私なんて返したんだっけ。

こんな下手くそな笑顔を浮かべてる優海に、私


“ごめん”


ただ、そう謝っただけだった。

あの時、そんなの気にしないで無理やりにでも手を引いて一緒に行っていたら、優海は一緒にいてくれたのだろうか。


“爽子ちゃんは前に進むべきだから。”


さっきの優海のお母さんの言葉を思い出す。

そんなのできっこないんだ。

だって、もう前が分からないんだから。

忘れてもいい。

そんなのできっこないじゃない。

あなたが幸せに生きることがあの子の幸せじゃないかだなんて、優しい言葉を投げかけられても。

そんなの無理だ。

だって、私がこれから先、友達をつくって、彼氏をつくって、家族をつくっても。

優海は何もつくれないんだから。

私が持てるわけないじゃない。

チーズケーキを口に運ぶ。

どんどん口に運んでも、隣のショートケーキは減らない。

それが嫌で嫌で、隣を見ないようにチーズケーキを黙々と食べる。


寒い。


食べ終わって、膝を抱えて座る。

こんなにも寒かったっけ。


ねえ、優海。

ケーキ買ってきたんだから食べてよ。


返事があるわけもなく、ケーキが減るわけもなく、私は膝に顔をうずめて目をぎゅっと瞑った。

優海の思い出に縋りたくて。

そう、今日みたいに寒い日のこと。

一年生の三学期。

初めて声をかけてから、そんなに経っていない寒い寒い朝を思い出した。



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「優海、おはよう。」


「あ、さ、さわちゃん、おはよう・・・。」


違うクラスでいじめられている子がいる。

そんな話をクラスの友達から聞いたのは、三学期に入ってからだ。

校舎が違うのもあって、そのクラスのことはよく分からなかったし、言ってしまえば自分とは関係のないことだったから、適当に返事して聞き流していた。

本当に興味のない話だなって。

ある日、家から早く逃げたくて、朝早くに学校に来た時のこと。

まだ校内は静かで、帰宅部では一番最初に着いた自信があったのだが、こそこそと歩いている女子生徒の後姿を見かけた。

何となく気になって、後ろをついていく。

きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いているのに、私に気がつかないのがなんだか面白い。

その子は一度立ち止まってからまたきょろきょろと辺りを確認して、一気に階段を駆け上っていく。

屋上の扉が控えめに開けられて、閉められる音が微かに響いた。

その後ろを追って屋上へ出ると、その子が目を真ん丸にしてこちらを見ていた。

それが違うクラスでいじめられている子で、屋上でなぜか花を育てている子で、優海だった。

私を見て三年生だと思ったとか、口早にいうその子が何だか変で面白くて私は、いつの間にか毎朝ここで優海と話すことを日課にしていた。

ただ、面白かったから。

それだけなのに、なぜか特別で。

その理由は分からなかったけど、とにかく特別だったのだ。

優海はもそもそとあいさつを口にすると、私をじっと見つめる。


「なに?」


「あ、あの、寒くないのかなって。上着とかマフラーとか手袋もしてないから。」


コートにマフラーに手袋ともこもこな優海に反して、私は制服だけだ。


「寒くないわけじゃないんだけど。

去年しまい込んで、どこにやったのか分からなくてさ。」


「お母さんとかに聞いても分からないの?」


あ・・・、と意図せず小さな声が漏れた。

その疑問は当たり前だ。

とっさに上手く“分からないんだって。どこに行ったんだろうね。”って言えたら良かったものの、期待通りに口は動かず、やっと出てきた言葉は


「・・・まあね。」


だけだった。

知らないんだから仕方がない。まだ、誰にも言ったことないんだから。

私が家族から家族だと思われていなくて、一人ぼっちだなんて知らないんだから。

優海のあったかそうな格好と、私の寒そうな格好が何だか家族の愛みたいなものを表しているような気がして目をそらす。

優海は何かを察したのか、そうなんだとしか言わず、何も聞いてはこなかった。


「でも、今日は特に寒いね。」


少し変な雰囲気になったような気がしてごまかすために、へらっと笑ってそう言った。

それを聞いた優海もへらっと笑うだけだと思ったら、急にコートを脱ぎ始めたのだ。

何しているの?と聞く間もなく、優海はコートを私に差し出してきた。


「これ、着ていいよ・・・!」


「え?」


何を言われたのか分からなくて、受け取ることもなく固まっていると、優海は何を思ったのかなぜかマフラーまで外しはじめた。


「ちょ、ちょっと何やってるの?!」


やっとでた声は少し大きくて、優海はびくっと動きを止めた。


「だ、だって、寒そうだし・・・」


「でも、それ脱いだら優海も寒くなるでしょ?」


優海は何度かぱちぱちっと瞬きをしてから、“あ、そっか・・・”と小さな声でそう言った。

でも、納得はしてないのか、コートをさらに私に押し付けてくる。


「でも、風邪ひいちゃうよ!私、手袋あるし大丈夫!」


この子。優しい通り越して、馬鹿なのかもしれない。


「いいよ。私、寒さに強いし。」


「で、でも・・・」


もごもご言っているが、納得したのかコートを押し付けるのを止めた。

だが、なぜか手袋まで脱ぎ始めたのだ。


「じゃあ、私もさわちゃんと一緒にする。」


「は?」


何を言っているんだろう、この子。

優海はなぜか勝ち誇ったような、“どうだ!”みたいな顔でこっちを見てくる。


「なんで?」


「だって、さわちゃん着てくれないから・・・。

も、もしも、私まで風邪をひいたら、さわちゃんのせいだからね・・・!」


そう言うとまたしても、自信満々の表情でこちらをじっと見てくる。

はあ・・・と深いため息が口から洩れる。

そのため息に優海は一瞬、体を強張らせたが負けじとこっちを見つめたまま、動かない。


「・・・分かったよ。借りる。」


「え、ほんと?じゃあ」


コートを渡そうとする優海を止めて、言葉をつづける。


「でも、コートはいい。手袋かマフラー貸して。」


「じゃあ、マフラーと手袋どっちも貸してあげる!」


優海はふわふわの手袋を私に押し付けてから、マフラーをせっせと私の首に巻き始めた。


「マフラーと手袋はセットでしか、お貸ししてないので・・・!」


どこか嬉しそうな声音でそう言う優海が面白くて、私はこらえきれず笑ってしまった。


「どうしたの・・・?」


急に笑い出した私に驚いたのか、優海は手を止めてこちらの顔を覗き込んできた。

冷たい風にさらされた頬も鼻も赤い。

私はその鼻をきゅっと摘まむ。


「さ、さわちゃん・・・?」


不思議そうな顔をする優海に私はまた笑う。


ああ、変なの。

引っ込み思案だと思いきや、押しが強くて、馬鹿で、優しくて。


「なんでもないよ。馬鹿だなって思って。」


色々思った中から、馬鹿だけ拾い上げてそう言うと、優海はむっとして私のほっぺたを摘まんだ。

その顔も面白くてまた笑ってしまう。

こんな風に笑ったのはいつぶりだろう。

もう何年も昔のような気がする。

雰囲気や誰かに合わせて笑ったりじゃなくて、こうやって吹き出してしまうのは。

ふわふわの手袋に包まれた手と、マフラーに包まれた首元があったかい。

でも、それだけじゃなくて。

なんだかぽかぽかするのだ。

春だって、夏だってこんな風に思ったことはなかったのに。


ああ、楽しい。

すごく楽しい。

今だけは一人ぼっちじゃない。

だって、優海が一緒なんだもん。

だから、二人ぼっちでしょう。


「ねえ、さわちゃん。」


優海がそう声をかけると同時に、ぐにゃりと背景が歪んだ。

寒空はどこにもなく、青い空の下に夏服を着た優海が立っていた。


“実はねぇ・・・、今日から朝顔を育てたいと思います!”


優海がにこにことそう言ったと思ったら、また景色が歪む。


“よしっ、白い花でありますように。ほら、さわちゃんもっ。”


どんどん景色が歪んでは変わっていく。

ああ、だめだ。

止まって。

このまま行ったら優海は、


“・・・ねえ、さわちゃん。逃げちゃおっか。”


目の前には、へにゃりと下手な笑みを浮かべている優海がいる。

お願い。

お願いだからいいよって頷いて。

約束したじゃん。優海が行きたいところに付き合うって。

はやくいいよって言ってあげて。私、なんでもするから。優海と一緒にいるから。だから・・・。

でも、そんな願いなんて叶うわけなかった。

口は勝手にこう動く。


“無理だよ。”


その声はあまりにも冷たく響いた。

優海は固まって、見たことがないくらいに悲しそうな顔をしてから、必死に笑顔を作って立ち去る。

私はその場に佇んだまま、遠ざかるその背中を見送るしかできなかった。

はやく走れよ!はやく手を握ってあげて!

なんで動かないの!!!

どんなに声を荒げても、私の足は動かない。


どうして・・・、どうして、どうして!、どうして!!


なんで、手を離したの。

なんで、一人で行かせちゃったの。

そんな声は届かず、また景色が歪む。

ぐにゃり、ぐにゃりと。


眩しいくらいに青い夏空の下、優海が下手くそな笑顔を浮かべていた。


「さわちゃん。さわちゃんは約束を守ってくれたんだよ。」


ああ、これはいつかの夏の夢だ。

不思議で切なくて、幸せで、空が青くて、夏の匂いがする、そんな夢。


「私、朝顔を見ながらお喋りして、たくさん笑って、息がしやすいそんな場所に行きたいって書いたでしょ?

ちゃーんと守ってくれたじゃん。ありがとう、この夏の夢まで・・・、最期まで付き合ってくれてありがとう。二人ぼっちでいてくれてありがとう。

・・・ばいばい、さわちゃん。だーいすき。

どうかどうか、」


あの日、聞き取れなかった願い事に耳を澄ます。

優海は下手くそな下手くそな笑顔を浮かべて、確かにこう言っていた。


“さわちゃんが一人ぼっちになりませんように。”



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目を開ける。

ぼたぼたと涙が落ちる。

太陽は傾き、いつの間にか雲の間から夕日が差し込んでいた。

ああ、どうしよう、

どうしよう。

その願い事だけは叶えられないよ。優海。

嗚咽が漏れる。

酸素を求めて、冷たい空気を吸い込む。

その冷たい空気が肺を刺しているかのように痛くて、痛くて、大きな声を上げた。

涙も嗚咽も、何もかも抑えることができなくて。

綺麗に残ったままのショートケーキが、優海が今、この世にいないことを表していてどうしようもなく、どうしようもなく腹が立って、悲しくて、辛くて、苦しくて、私はしゃがみ込む。


“爽子ちゃんは前に進むべきだから。”

“さわちゃんが一人ぼっちになりませんように。”


「そんなの、そんなのできるわけないじゃない・・・っ!!」


私はもう優海の隣でしか笑えないんだから。

これからさきもずっと。


「もう手を離さないって決めてるんだから・・・。優海も離さないでよ・・・!!」


溢れる声はもうぐちゃぐちゃで、どんなに大きな声を出しても、返事もなにもない。

喉が痛くて、呼吸ができなくて、冷たい空気は肺を刺す。

最初から周りの目なんて気にしないで、優海と一緒にいればよかった。

知らないふりなんてしないで、ちゃんと友達だって言えばよかった。

屋上だけじゃなくて、いろんなところに行って、たくさん遊んで。

そしたら、今一緒にいてくれたかもしれない。


優海に会いたい。

さわちゃんって呼んで、いつもみたいに笑ってよ。


優海に会いたいという叶うはずもない願いは、掠れて掠れて、喉を焼いていく。

思い出の中に生きる優海に縋りたくて私はぎゅっと背中を丸めた。

何度だって私はこれからもこうして縋るんだ。

どんなに会いたくても、会えないんだから。

このくらい許してよ。

忘れずに縋ることぐらい許して。


本当は分かっていた。


しっかりと思い出せないのを良いことに、きっと私に一人ぼっちでいてねって言ったんだって、そう思い込んでいた。

あんなに優しい子がそんなこと言うはずないのに。

でもさ、私、優海にそう言ってもらいたかったんだよ。


“さわちゃんだって寂しがり屋さんでしょ?”


優海の言葉を思い出す。

悔しいことにその通りだったから、言い訳ができると思ったのに。

優海に頼まれちゃったからって。

優海に頼まれたから、一人ぼっちで優海と会えるのを待っていたんだって。

でも、もう言い訳できなくなっちゃった。


「ごめんね。優海。

でも私ね、そうやって生きていきたいんだ。」


きっと怒っているだろうな。

優海のふくれっ面を思い出して、小さく笑った。


「それに、朝顔の花も白かったでしょ。」


ああ、そうだ。

次の言い訳はこれにしよう。

固い絆だなんて花言葉の花が咲いたんだからって。

言い訳にならないよって、相変わらずふくれっ面の優海が思い浮かんでまた笑ってしまう。

ほら、私、笑えてるでしょ。

他人からすれば、私は寂しい人なのかもしれない。不幸なのかもしれない。

でも、笑えるんだ。ちゃんと。


また、ぽたりと涙が落ちた。

ごしごしと目を擦る。

夕焼けが目に痛い。

冷たい風が髪を巻き上げる。

泣いて火照った頬には気持ちのいい風だ。


“お返しにぎゅーってしてもらって、生きている間の話をたくさんしてもらうんだ。”


一人ぼっちになりませんようにっていう願い事は叶えられないけど、その願い事は叶えてあげる。

だから、ちゃんと生きるよ。

死んだらたくさん話してあげる。

あの白い朝顔の花を押し花にしたこととか。

今日買った花束もケーキも高かったんだからね、とか。

優海の影響で育て始めた植物の話しとか。

優海が好きそうな映画とかドラマの話しとか。

優海の笑ってくれそうな私の生きている間の話とか。


私がどれだけ優海に会いたいと思っていたのかとか。


きっと怒られるんだろうな。

どれもこれも私のことだらけで、さわちゃんの話がないじゃないって。

でも、私頑張るからさ。



その時は、元気が出るおまじないだよって言って、ぎゅーってしてよね。


ね、優海。



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