秋と霖

・利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

 事前報告で教えてほしい内容、配信媒体などにおけるクレジット表記の決まりなどに関して書いてあります。

登場人物

・女:20代半ば~。男と同じバス停を使っている。

・男:30代半ば~。女と同じバス停を使っている。

*台本自体の注意事項

 利用規約とは別に秋と霖に関する注意事項です。

 ・題名は「あきとながあめ」と読みます。

 ・話の内容的に演じるのであれば、一度前読みしたうえで演じることをお勧めします。

  また、人物に関してあとがきで掘り下げていますので、読んでくださると嬉しいです。

『秋と霖』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/7257087/page_202309121402

女:

男:

本文

(雨がしとしとと降る午後16時頃。

 バス停で女は小さなスケッチブックに絵を描いている)


女:「……」


男:「どうも」


女:「あ……、どうも……」


男:「偶然ですね。休日にバス停でお会いするなんて」


女:「そうですね」


男:「……なにをされているんですか?」


女:「絵を描いているんです」


(男に絵を見せる女)

 

男:「……」


女:「あまり上手ではないんですけどね」


男:「こんなところで?」


女:「バスが来るまで時間がありそうだったので、簡単なものなら描けるかな、と」


男:「いつも道具を持ち歩いているんですか?」


女:「小さなスケッチブックと色鉛筆だけ。そんなに嵩張るものでもないですから」


男:「絵を描かれるのがお好きなんですね」


女:「まあ……、そうですね」


男:「……」


女:「今日はお出かけですか?」

 

男:「ええ。旧友と会うことになって」


女:「私も友人と夕飯の約束をしてて」


男:「そうでしたか」


女:「じゃあ、今日は駅方面ですか?」


男:「いえ。公園の方です」


女:「でしたら惜しかったですね。少し前にバスが行ってしまったんですよ」


男:「そうみたいですね……。雨が降っているし、遅れてるだろうから乗れるかもしれないと思ったんですが、残念ながら外れてしまいました」


女:「あと30分ぐらいは待ちそうですね」


男:「あなたも随分と早いですね」


女:「じっとしていられないときってありませんか?家で待っていればいいのは分かるんですけれど、外に出たくなるときみたいな。

 ……すいません。あまり上手な説明ができなくて」


男:「いえ……、まあ、なんとなく分かりますよ」


女:「とは言っても、もう少し本数を増やしてくれると助かるんですけどね」


男:「難しいでしょうね。使っている人もあまりいませんし、駅からそこまで離れているわけじゃないですが、ここまで来ると田舎ですからね。

 あなたは今日どちらへ?」


女:「私は駅の方です」


男:「じゃあお互い、いつも通りですね」


女:「そうですね。

 そういえば、駅にできた新しいお店、知っていますか?」


男:「ああ……、広報誌かなにかで見た気がします」


女:「そこに行くんです。チーズの専門店みたいですよ」


男:「チーズですか」


女:「駅前も随分変りましたよね。びっくりしました。戻って来た時」


男:「しばらく離れてらしたんですか?」


女:「就職するのと同時に離れたんです。でも、事あるごとに帰ってきてはいたので長く離れていたというのも違うかもしれません。

でも……、少し離れただけでも変わるものですね」


男:「そういった変化は離れている人間のほうが気付くのかもしれません」


女:「あなたは気づかなかったんですか?」


男:「あまり。言われてみればそうだなと思う程度で、なにか思うことはありませんでした」


女:「ずっとここで暮らしているんですね」


男:「この辺りに越してきたのは数年前ですが、市内から出て生活したことはないです」


女:「そうですか」


男:「……」


女:「……雨、止むと良いですね」


男:「予報では夕方には止むと言っていましたが……。小雨になっただけでも良かったです。

 帰りには止んでるといいんですが」


女:「もう、結構肌寒いですし、風邪をひかないように気を付けないと」


男:「秋になりつつあるんでしょうね」


女:「まだまだ夏だと思っていたんですけど、あっという間ですね」


男:「そのうち、すぐに冬になりますよ」


女:「でも、夏より冬の方がいいです」


男:「暑いのは嫌ですか」


女:「嫌ですね。子どものときは夏が一番楽しかったんですけどね」


男:「大人になったってことですよ」


女:「大人、ですか」


男:「ええ」


女:「暑さに耐えられないので、衰えは感じますね」


男:「まだそんなことを言ってはいけませんよ。だいぶ、お若いでしょうに」


女:「実際にそう思うんです。

 でも、好き嫌いで言ったら昔から秋が好きです」


男:「良い季節ですよね」


女:「食べ物もおいしいですしね。

それに、秋になると絵を描きたくなるんです」


男:「芸術の秋ですね」


女:「そうですね」


男:「そういえば手を止めさせてしまってすいません」


女:「え?」


男:「続き、お描きになっても大丈夫ですよ。見られていると描きにくいのであれば無理にとは言いませんが」


女:「ああ……、すいません。ありがとうございます」


男:「いえ」


女:「……」


男:「バス停を描いているんですか?」


女:「はい」


男:「目の前の風景を描いているわけではないんですね」


女:「もうずっと使っているバス停ですし、昔も何度か描いたことがあるので見なくても描けるんです」


男:「……」


女:「この絵と似ている絵を知りませんか?」


男:「……どうでしょう。もしかしたら見たことがあるかもしれません。

 僕も絵を描いていた時期があるので」


女:「え?」


男:「美大生だったんですよ。もう10年も昔の話ですが」


女:「すごいですね」


男:「そんなすごいものでもありません。

あなたはいつから絵を描かれているんですか?」


女:「中学で美術部に入ってからです」


男:「では、高校も美術部に?」


女:「はい。あなたも美術部だったんですか?」


男:「僕は部活には入っていませんでした」


女:「じゃあ、絵はどこで?」


男:「子供のときから教室に通っていたんです。

親が芸術関係の仕事についていたのもあって楽器も習っていました」


女:「楽器ですか」


男:「ええ。ピアノとヴァイオリンを。でもあまり長続きはしませんでしたね。元々、飽き性なので」


女:「でも、絵は続いたんですね」


男:「珍しくね。ですが、それももう続いていません」


女:「もう描かれていないんですか?」


男:「ええ」


女:「……あの」


男:「なんですか?」


女:「どうして描くのをやめたんですか?」


男:「才能がないからですよ」


女:「え、でも」


男:「そんなにおかしいですかね?美大まで行って絵を描かないことが」


女:「だって……」


男:「なんです?」


女:「……」


男:「関係ないんですよ。才能の有無なんて」


女:「……すいません」


男:「謝ることではありません」


女:「……」


男:「子供の時には才能があったのかもしれません。親が大きな期待を寄せているのも分かっていました。

 ですが、底をつきて今はこの様(ざま)です。親には申し訳なく思いますが、仕方がないことですからね」


女:「趣味とか、ちょっとしたものでも描かないんですか?」


男:「ええ、全く。もう興味もありません。先程も言いましたが、やはり飽き性なのもあるのかもしれませんね」


女:「……才能がないって、どうしてそう思ったんですか?」


男:「描けなくなったんですよ。自分の絵を描けなくなったんです」


女:「……じゃあ、同じですね」


男:「同じ?」


女:「私も絵が描けなくなったんです。

私の場合はずっと才能なんてものはありませんでしたけど」


男:「でも、あなたはそれでもずっと描かれているんですね。それは才能ですよ」


女:「いえ、そういうわけではないんです。

高校の時に一度絵はやめましたから。

今もそこまで描いているわけではありません。今描いているのもすごく久しぶりです」


男:「あなたはどうして描けなくなったんですか?」


女:「……どうしようもなく子供だったんです」


男:「中学生も高校生も子供には変わりありませんよ」


女:「……そんなものじゃないんです。本当にどうしようもなく子供だったんです。

 欲しいものがもらえなくて、手が届かなくて、嫌になってやめたんですから」


男:「欲しいものですか?」


女:「そうです」


男:「才能、ですか?」


女:「……いいえ、違います。

でも、才能があればもらえていたものだったのかもしれません」


男:「難しいですね」


女:「……才能なんてなくても中学の時はそれでもいっかって思っていたんです。

絵を描くのは好きだからこれでいいって。

賞なんかとれなくても、誰にも褒められなくてもそれでいいんだって。

でも……、そう思おうとしていただけで、心の中は周りへの妬みみたいなどろどろでいっぱいでした」


男:「でも、お好きだったんですね。絵を描くこと自体は」


女:「その時はそうですね。

 でも、高校に入ってから変わりました」


男:「……」


女:「才能のない私は、とにかく勉強しました。練習本を読み漁って、それを自分の物にできるように描いて描いて、たくさん描いたんです。

 顧問の先生にも迷惑をかけましたが、一番迷惑をかけたのは美大生の方だと思います」


男:「美大生?」


女:「高校の美術部には、数カ月に一度くらい美大生の方々が教えに来てくれることがあったんです」


男:「ああ、そういうのもありましたね。僕も何回か行ったことがあります」


女:「……熱心すぎる子って、めんどくさくありませんでしたか?」


男:「めんどくさい、ですか?」


女:「作品を毎回すごい見せてきたり、アドバイスをすごい求めてきたり、学校外でも会おうとしたりとか」


男:「……そう思うこともあったかもしれません。

 僕はそこまで熱心ではなかったですから」


女:「……そうですよね」

 

男:「それがどうかしたんですか?」


女:「私はきっとそういう子だったんです」


男:「ああ……」


女:「ある美大生の方に私はまとわりつきました。

作品を見せてはアドバイスを求めて、美大生の方々も参加している地域の絵画教室にわざわざ偶然を装って足を運んだり。

まるで自分がどれだけ頑張っているのかを見せつけるように」


男:「……行き過ぎたものでも努力すること自体は悪いことではありませんよ」

 

女:「それが絵の為なら良かったのかもしれません。

 でも、私は違ったから」


男:「……」


女:「さっき、絵を描くのは好きかって聞きましたよね?」


男:「ええ」


女:「私は絵を描くことが好きで頑張っていたわけではないんです。

 ただ、その人に褒められたくてやっていただけなんですよ」

 

男:「それだけですか?」


女:「……美大生のなかの一人に私の絵を見て、好きだなって言ってくれた人がいたんです。

その時の絵もこのバス停の絵でした。なんで描いたのかは覚えていないけれど、多分今みたいになんとなく描いたんだと思います」


男:「……それで?」


女:「それが本当に本当に嬉しかったんです。ああ、この人は私の絵を好きだと思ってくれたんだ。褒めてくれたんだって。

 同級生のなかにも才能あふれる子たちがいて、もちろん先輩方の絵もすごくて。

 絵だけじゃなくて、部員のみんなは明るくて、可愛くて。

 そのなかで、その人は私の絵にそう言ってくれたんです。こんな地味で目立たない私が描いた作品を見つけて、そう言ってくれたんです。

 今までそんなことを言われたことのない私には、簡単な言葉でもすごい威力がありました。考え方も行動もなにもかも変えてしまうほどの」


男:「そんなちっぽけな言葉だけで?」


女:「そうです」


男:「お世辞だったかもしれませんよ」


女:「それでもです」


男:「……」


女:「厳しくて、不愛想な人でした。だけど、聞けばたくさん教えてくれる優しい人だったんです。

でも、他の部員の子たちは怖がって近寄らなくて。それもあって、ずっと1対1みたいな感じで教えてもらっていました。

私がずっとまとわりついていたから、仕方なく教えてくれていたのかもしれませんけどね。

それでもその状況を、本当は優しいことを知っているのが自分だけのような状況を、嬉しいとさえ思っていました」


男:「……随分と懐いていたんですね」


女:「そんな可愛いものじゃありません」


男:「……」

 

女:「とにかく、私は誰よりも褒めてもらえるようにと頑張りました。周りの子よりも誰よりも見てほしくて頑張りをみせつけました。

だけど、私は褒めてもらえるような絵が描けなくなっていたんです」


男:「アドバイスをもらい過ぎて、自身の作品を見失ったんでしょう?」


女:「よく分かりましたね」


男:「僕も覚えがありますから」


女:「じゃあ、あなたが描けなくなったのも?」


男:「似ていますが、少し違います。

 ……それで、あなたはどうしたんですか?」

 

女:「……また、好きって言ってもらえたときの絵みたいに、自分の絵が描けるように努力しました。

 自分の絵をたくさん見て、教えてもらったことをどうやって生かせるのか、自分らしさとはなんなのかたくさん考えて描いて。

 それで、高校二年生の終わりごろに展示会があったので、そのために一つ作品を描き上げようとしたんです。

 でも……、結局完成することはありませんでした」


男:「……」


女:「完成前に美大生の方々に見てもらう日があったんです。

私はどきどきしながら待っていました。

でも、あの人は他の子の作品を見てこう言ったんです。すごい努力したんだねって。なかなかできないことだよって。

それを聞いた時、頭が真っ白になりました。その子とたくさん話していて、他の子の作品もよく描けているねって褒めていたのに。

私はほんの少しだけ見て、君らしい作品だねとしか言われなかった。

私は、欲しかった特別をもらえなかったんです」


男:「……そうだったんですか」

 

女:「その日を境に、みんなもその人に声をかけるようになりました。

明るくて才能があって、素敵なかわいい子たちに混ざる勇気なんて無くて、私は逃げるしかありませんでした」


男:「才能と外見や人となりは関係ないと思いますよ」


女:「……そう考えることもできないほどに、私はひねくれてしまっていたんです。

 いま、考えるとどうしようもない子供ですよね。

 一人を特別視だなんて、指導者としては間違っているのに。あってはならないのに。

 でも、私は特別が欲しかったんです。他の子と違う特別が欲しくて、褒めてもらいたかった」


男:「特別でなかったから、絵を描くのをやめたんですか?」


女:「それも理由の一つかもしれませんが、それだけじゃありません。

最終的なきっかけは、あの人が描いた絵でした」


男:「……」


女:「この絵と似ている絵を見たことがあるんです。

 ある美大で展示された絵で、そのなかでも賞をとった絵です」


男:「……」


女:「分からなくてもおかしくありません。この絵とは似ているけれど、比べ物にならないほど綺麗な絵だったから」


男:「……そんないいものではないと思いますよ。あの絵は」


女:「そんなことありません」


男:「……」


女:「……色遣いや、描き方や、構図が私の絵と似ているんです。でも、似ているだけで全然違くて、すごく綺麗で、私がどう頑張っても手が届かないような絵が展示されていたんです」


男:「盗作だとは思わなかったんですか?」


女:「思いませんでした。ただただ、才能がない私がどれだけ頑張っても意味がないんだって思わされただけで」


男:「……」


女:「意味がないだけならよかった。でも、あの人は私の絵を好きだと言ってくれることはないだろうって思ってしまったんです。

 すごい不釣り合いなことをしていたんだって。私のことを、私の絵を特別見てくれることなんてないのにって。

 そう思ってみると、私の絵は汚い。ただただあの人に褒めてほしくて頑張って描いた絵だなんて気持ち悪くて仕方がない……。

 その日から私は、絵が描けなくなったんです。だから、結局あの絵も完成させられなかった」


男:「……今も自分が描いた絵を見てそう思いますか?」」


女:「思いますよ。とても」


男:「……」


女:「歪だなって」


男:「そうですね。すごい歪です。

でも……、僕もそうなのかもしれません」


女:「え……?」


男:「僕は絵が楽しいと思ったことはありませんでした」


女:「……」


男:「長続きしたのは才能があったからです。それなりに賞もとりましたしね。

 でも、それだけです。

 描きたいと思うこともなく、描かないといけないから描いていただけです。

 それでも、僕は評価されていましたし満足していました。

 他人の絵を見ても何か思うことはありませんでした。

 適当に当たり障りのない感想を言えば周りは喜んでいましたし、他人の絵を見ること自体、退屈とさえ思っていましたね。

 それでよかったんです。

 それなのに……、僕は見たくないものを見てしまった」


女:「……」


男:「……僕が描けなくなったのは、自分が描きたいと思った絵を、その理想図を見てしまったからなんですよ」


女:「え?」


男:「それも、自分よりも格下の人間が描いた絵を見てそう思ったんです。

 ショックでした。

 誰にも評価されていない絵を見てなぜそう思ったのか考えても分からず、忘れようとしていました。

 でも、あの絵は脳裏にこびりついたまま。そして、あろうことかその人間はかなりしつこく自分の周りをうろついていました。

 僕が全く持ち合わせていない熱心さが余計に腹立たしかった。

 ……本当に目障りなことこのうえない」


女:「……」


男:「認めたくありませんでした。あんなものよりも優れた絵ならそこらじゅうにあるのに。

 あの絵をいいと思ってしまった自分も、それを描いた人間も。

 でも、やっぱり忘れられなくて、気づけば似た絵ばかり描くようになりました。

 そしていつしか、真似事の絵しか描けなくなった。

 描きたくもないのに。

 ……ね、歪でしょう?」


女:「……だから、描くのをやめたんですか?」


男:「そうですよ。僕はもう描けないんです」


女:「……」


男:「嫌になりますよね。あの絵さえ見なければ、僕はもしかしたらまだ描けていたのかもしれません。

 でも、もう描けません。

 描けば思い出して、苦しくなりますし、なによりもう自分の絵を見失ってしまったので」

 

女:「……私も苦しくなります」


男:「そうですか」


女:「絵を描いているとよく分かるんです。心にぽっかり空いた穴のこと。

欲しかったものが手に入らなくて空いた穴です。

どうしたら見てくれたんだろう、どうしたらよかったんだろうって。

あの時、あの人に抱いていたよく分からない感情を思い出して、ぜんぶ嫌になるんです」


男:「その感情に名前はないんですか?」


女:「……つけられないんです。

最初は年上の人への憧れもあって、淡い恋心みたいなものだったのかもしれません。

でも、そんな良いものではなくなってしまいました。

もっと暗くて、重たくて。

恋だったら、あんなこともあったなって思えたかもしれないのに。

……そんなことだから、今も引きずっているんでしょうね」

 

男:「歪ですね」


女:「そうですね。本当に」


男:「……」


女:「……」


男:「雨、やみましたね」


女:「本当だ……」


男:「もうそろそろバスも来る頃でしょうか」


女:「……一つ、お願いしてもいいですか?」

 

男:「なんですか?」


女:「今描いていた絵が出来上がったんです。見てもらえませんか?」


男:「……」


女:「それで、褒めてはもらえませんか?一言だけでもいいので」


男:「……分かりました」


(女から絵を受け取る)

 

女:「……」


男:「……いい色遣いですね。とても綺麗です」


女:「……」


男:「……僕はこの絵、好きですよ。とても」


女:「……ありがとうございます」


男:「ちょうどですね。駅方面のバスですよ」


女:「……」


男:「……」


女:「私、また引っ越すんです。今度は遠くに。だから、このバス停でお会いすることはないと思います」


男:「……そうでしたか」


女:「その絵は差し上げます。いらなかったら捨ててください。

 最後に褒めてくれてありがとうございました」


男:「穴は埋まりましたか?」


女:「いいえ。もう、埋まることはないんだと思います。

……あの言葉が欲しかったのは、あの時の私だから」


男:「そうですか」


女:「……それじゃあ、さようなら。お元気で」


男:「ええ。

 ……さようなら、お元気で」



 (遠ざかっていくバス)



男:「……女性は変わるもんだな。絵を見るまで気づけなかった。

……でも、絵は変わってない。

 

……執着していたのは僕もそう変わらないんですよ。

それがどうにも癪で、僕はあなたを見ないようにしていたんですから。


穴は埋まらないか……。

……ふふっ、それは良かった」 


読んでくださってありがとうございます。

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