アストランティアに願いを

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登場人物

クレア(♀)

10代前半の路地裏に住む少女


リゼ(♀)

10代前半の裕福な家の娘

「アストランティアに願いを」は「アストロメリアにさよならを」の二年後を舞台にしたお話です。

「アストロメリアにさよならを」を読んでから、こちらを読んでいただきますようお願いいたします。

『アストランティアに願いを』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/7451302/page_202311301545

クレア(♀):

リゼ(♀):

本文

(とある廃屋へ入るクレア)

 

クレア:「……灯り?どうして……。ここ空き家なのに」


リゼ:「っ!」


クレア:「誰かいるの?」


リゼ:「ご、ごめんなさい……!」


クレア:「え?」


リゼ:「ここ、貴女のお家だったのね。ごめんなさい、勝手に入ってしまって。別に何か悪いことをしようと思って入ったわけじゃないの。ただ少し休みたくて。まさか誰かが住んでいるとは思っていなかったの、あ、だめね。今のは失礼だわ。私の感覚で話してはだめよね。ああ、どうしましょう、どうお詫びしたら」


クレア:「お、落ち着いてください。別に私も怒っているわけではありませんから」


リゼ:「え?」


クレア:「それにここは私の家ではありません。今は誰も住んでいない空き家です」


リゼ:「そ、そうなの」


クレア:「そんなことよりも、貴女みたいな方がこんなところにいたらだめですよ……!」


リゼ::「どうして?」


クレア:「裕福な家の方は危ないんです! こんなところを歩いていたら捕まってしまいますよ……!」


リゼ:「どうして裕福って分かるの?」


クレア:「雰囲気と身に着けているものから分かります。私だけじゃなくて、ここにいる人たちならすぐに分かりますよ」


リゼ:「まあ、そうなのね。すごいわ」


クレア:「感心している場合じゃありません! 特に貴女みたいな女の子は簡単に売り飛ばされてしまうんですから……!」


(リゼの手を握って引っ張るクレア)


リゼ:「ちょ、ちょっと、そんなに手を引っ張らなくても良いでしょう?」

 

クレア:「……! ご、ごめんなさい」


リゼ:「あ」


(パッと手を離すクレア)

 

クレア:「失礼でしたよね……。見ず知らずの方の手を引っ張るだなんて」


リゼ:「離しちゃうの?」


クレア:「その、私の手汚いかもしれないし……」


リゼ:「どこも汚くなんてないわよ」


(クレアの手を取り、まじまじと見つめるリゼ)

 

クレア:「そんな見なくても……」


リゼ:「それに手を離されたら、このままどこかに行ってしまうかもしれないわ。どうしましょう。私、逃げ足は速いのよ」


クレア:「それは困りますけど」


リゼ:「貴女が手を握ってくれるなら特別に帰ってあげてもいいわ」


クレア:「で、でも」


リゼ:「ほら、いいから繋いでちょうだい」


クレア:「……分かりました」


(手をつなぐクレア)


リゼ:「ふふっ。それで、どこに行くんでしたっけ?」


クレア:「帰るんですよ……! えっと……、どちらから来たんですか?」

 

リゼ:「それはね……」


クレア:「それは……?」


リゼ:「い、言えないわ。内緒よ」


クレア:「もう……! とりあえず大通りまではお送りしますね」

 

(リゼの手を引いてあるくクレア)


リゼ:「嫌だわ。まだ帰りたくないのに」


クレア:「そんなこと言っても駄目です!」


リゼ:「分かっているわよ。ちゃんと帰るわ」


クレア:「逃げませんか?」


リゼ:「逃げたりなんてしないわよ」


クレア:「……」


リゼ:「……本当よ?」


クレア:「分かりました。ついて来てください。 持ってきたランタンもちゃんと持ちました?」


リゼ:「持ったわ」


クレア:「そこの段差に気を付けてくださいね」


リゼ:「ええ」


クレア:「……」


リゼ:「……ねえ」


クレア:「どうかしましたか?」


リゼ:「あそこ、貴女のお家じゃないのでしょう?だったら何で入ってきたの?」


クレア:「ああ……、星を見に来たんです」


リゼ:「星?」


クレア:「よく見えるんですよ。周りよりも高い場所にあるし、裏通りに住んでいる人もあまり来ない場所だから静かだし」


リゼ:「でも、貴女も女の子でしょう? だったら危ないわよ」


クレア:「私は路地裏の住人ですから、あまり価値はありません。それに私は」


リゼ:「……なあに?」


クレア:「いいえ、なんでもありません……。とりあえず価値なんてないんです」

 

リゼ:「価値だなんて。そんなの誰が決めたのよ」


クレア:「分かりません。誰なんでしょうね」


リゼ:「なによ、それ。変ね」


クレア:「……」


リゼ:「あ、ねえ、見て。今日はお月様が綺麗ね」


クレア:「……本当だ」


リゼ:「ここの方が綺麗に見えるわ。灯りがないからかしら」


クレア:「そうかもしれません」


リゼ:「大通りの方は夜でも明るいもの。こっちのほうがいいわね」


クレア:「上ばかり見ていたら転びますよ」


リゼ:「大丈夫よ。貴女が手を引いてくれているんだもの。ふふっ、私ね初めて誰かと手を繋いで歩いたの。いいものね、お友達みたいで」


クレア:「友達だなんてそんな……」


リゼ:「……さっきかた気になっていたんだけど、どうして貴女はそんなに堅苦しいの?」


クレア:「それは……、私は路地裏の住人ですし、貴女はきっと良いご身分の方だと思いますし……」


リゼ:「嫌だわ、気にしないでいいのよ。そんなこと。見たところ、私たち歳が近いもの。ね? 友人だと思って接してちょうだい」


クレア:「友人だなんて言われてもそんなの分かりません……」


リゼ:「分からないの?」


クレア:「……友達がいないので」


リゼ:「あら、そうなの。ふふっ」


クレア:「え?」


リゼ:「いいえ、ごめんなさい。でも、そう。そうなのね」


クレア:「な、なんですか……?」


リゼ:「いいえ。あら、もう大通りに出るの?」


クレア:「え、ああ、はい」


リゼ:「すごいわ。思っていたよりも近いのね。さっきはすごい歩いたのに」


クレア:「ここは迷路みたいに入り組んでいるから、分からない人が入ると出られなくなるんです。

なので、住人たちはそれぞれ近道を見つけているんですよ」


リゼ:「じゃあ、もしかしたら違う近道もあるかもしれないのね」


クレア:「一番近いのは屋根の上を歩くことです」


リゼ:「屋根の上を歩くの?」


クレア:「はい。危ないので私はやりませんが、男の子たちはよく走っていますね」


リゼ:「そう……。すごいわね。私も登ってみたいわ」


クレア:「駄目ですよ……! ほら、ここを降りればもう大通りです。大通りからは帰れますか?」


リゼ:「ええ、大丈夫よ。ありがとうね。助かったわ」


クレア:「いえ。でも、もうここに来てはいけませんからね」


リゼ:「ふふっ、気を付けるわ。それじゃあ、失礼するわね」


クレア:「ええ。お気をつけて」


(遠ざかっていくリゼの背中を見送るクレア)


クレア:「……変わった人だなあ。お金持ちなのに汚いって思わないなんて」

 


==========



(翌日。廃屋の窓から星空を見上げているクレア)


クレア:「今日も星がよく見える……。明日も晴れそう」


(ノック音)


クレア:「……っ。な、なに?」


リゼ:「あら……、いらっしゃらないのかしら?」


(ノック音)


クレア:「ど、どうして……?!」


(ドアを開ける)


リゼ:「ああ、いらしたのね! よかったわ!」


クレア:「な、なんでまた来たんですか……!? あんなに言ったのに!」


リゼ:「でも私、分かったわだなんて言っていないわ。気を付けるとは言ったけれど」


クレア:「……」


リゼ:「そんな顔しないでちょうだいよ」


クレア:「(ため息を吐く)……お入りください」


リゼ:「あら、案外話が分かるのね」


クレア:「一度言ってもだめなら、何度言ってもだめだって知っているんです」


リゼ:「素敵な考えね。お父様やお母様に教えてさしあげたいわ」


クレア:「……中、あまり綺麗じゃありませんよ。ソファなんてありませんし、埃だらけですよ」


リゼ:「知っているわ。前も見たもの」


クレア:「……じゃあ、どうぞ」


リゼ:「ええ」


クレア:「あ、暗いですよね。ごめんなさい。いま蝋燭を付けますから」


リゼ:「ありがとう」

 

クレア:「……それで、えっとどうしてここへ?」


リゼ:「貴女に素敵なお誘いをしにきたの」


クレア:「お誘い?」


リゼ:「私と一緒にお茶会をしてくださらない?」


クレア:「……どういうことでしょう?」


リゼ:「ここで、お茶会をしましょう。星空を見ながらするお茶会だなんて素敵じゃない?」


クレア:「お茶会と言われても、お菓子なんてどこにもありませんよ」


リゼ:「それは私が用意するわ」

 

クレア:「お茶も出せませんよ」


リゼ:「ないの?」


クレア:「あ、雨水なら」


リゼ:「雨って飲めるのね……」


クレア:「で、でも、普通の人がそんなもの飲んだらお腹を壊してしまうと思います」


リゼ:「……まあ、それならお茶はいいわ。そうしたらお菓子会でいいのかしら。どちらにせよ素敵よね。ね?」


クレア:「そ、そうですね……。でも、どうして急に」


リゼ:「私ね、お友達とお茶会をしてみたかったの」


クレア:「え?」


リゼ:「あら、私ったら大切なことを忘れていたわ。まずはお友達にならないといけないのに」


クレア:「は、はあ……」


リゼ:「私とお友達になってくださらない?」


クレア:「えっと……」


リゼ:「今日は決めてるの。貴女がお友達になってくれるまで、手を引っ張られても絶対に帰らないって」


クレア:「そんな、でも」


リゼ:「断っても無駄よ。

一度言ってもだめなら、何度言ってもだめだって貴女も言っていたじゃない」


クレア:「……」


リゼ:「ね? 私とお友達になって?」


クレア:「わ、分かりました……」


リゼ:「ふふっ、それでいいわ。

貴女のお名前を聞いてもいいかしら?」


クレア:「クレア、です」


リゼ:「クレアね。美しい名前だわ。

私はね、リゼ。リゼ・ヴァーノンよ」


クレア:「リゼ、さん」


リゼ:「さんはいらないわ」


クレア:「わ、分かりました」


リゼ:「敬語もやめて。お友達なんだから」


クレア:「……分かったよ。リゼ」


リゼ:「完璧だわ」


クレア:「あ、あの……、お茶会をするっていうことはまた来るの?」


リゼ:「当たり前でしょう」


クレア:「夜に?」


リゼ:「ええ。夜しか来れないんだもの。ああ、理由は内緒よ」


クレア:「内緒って……」


リゼ:「だめなの?」


クレア:「……あのね、ここは本当に危ないところなの」


リゼ:「……」


クレア:「二年前、領主……レディントン伯の家で起こった暴動を覚えてる?」


リゼ:「え、ええ」


クレア:「元々、レディントン伯は私たちみたいな貧しい人間が嫌いでね、路地裏に関することは放置されていたんだ。

でも、あの暴動の後、レディントン伯の体調が悪くなって退いてからは、少しずつ良くはなってきているの。

人身売買も、黒魔術に関わっている売人もうんと減った。

でもね、それでも危ないの」


リゼ:「なにが危ないの?」


クレア:「路地裏の住人には、まだ多いんだ。……裕福な人たちに良い感情を抱いていない人が」


リゼ:「あ……」


クレア:「ここにいる人たちはみんな、貴族やお金のある家から虐げられてきたから」

  

リゼ:「……知っているわ、そんなこと。

でも、私は」


クレア:「だからね、よく晴れた日にして」


リゼ:「え?」


クレア:「きっと言っても無駄だろうから。だから、せめて約束してほしいの。ここに来るのは晴れている日。星や月が綺麗な日にして」


リゼ:「どうして?」


クレア:「月や星が綺麗に出ている日はね、大体なにも起きないの。でも、天気の悪い暗い夜は、なにかしら騒ぎが起こることが多い気がする。

 ……もしかしたら私の勘違いかもしれないけれど」


リゼ:「……分かったわ。約束する。お友達のお願いだもの。ちゃんと守るわ」


クレア:「ありがとう」


リゼ:「それじゃあ、また、星が綺麗に見える日に来るわ。ああ、一人でちゃんと帰れるから安心してちょうだい」


クレア:「道はもう覚えたの?」


リゼ:「ええ。私ね、難しいことは嫌いだけど、好きなことはよく覚えられるのよ」


クレア:「ふふっ、そうなの」


リゼ:「じゃあ、また来るわ。

またね、クレア」


クレア:「うん。またね」


(帰るリゼ)


クレア:「……リゼ。友達なんて初めてできた。なんだか変な感じ。

……くすぐったいな」



==========



(次の夜) 


(部屋の掃除をしているクレア)


クレア:「この辺りはこれでいいでしょう……。うん、埃は残ってないみたい。

床に座らせるのは良くないと思って、せめて綺麗目の布を引いてみたけど……。あまり意味はないかな」

 

(ノック音)


クレア:「あ……! 今、開けるね」

 

リゼ:「こんばんは、クレア! 今日が良い天気でよかったわ! しばらく会えなかったら忘れてしまうんじゃないかって心配だったの」


クレア:「こんばんは、リゼ」


リゼ:「あら! 昨日、来た時よりも片付いているわ」


クレア:「一応、お掃除してみたの。元々、ぼろぼろの家だからそこまで綺麗にならなかったけど」


リゼ:「そんなことないわよ。あ、床も昨日と違うわ。ふふっ、クレアも楽しみにしてくれていたのね」


クレア:「う、うん。……友達と約束するの初めてだったから」


リゼ:「私もよ」


クレア:「あ、あの、あまり居心地はよくないかもしれないけれど、そこに座って」


リゼ:「ええ」


クレア:「ごめんね。なにか椅子でも用意出来たらよかったんだけど」


リゼ:「気にしないでちょうだい。

ほら、クレアも座って。お菓子、さっそく食べましょう」


クレア:「うん。随分とたくさん持ってきたんだね」


リゼ:「全部、いただきものなのよ。一人じゃ食べ切れなくて困っているところだったから、遠慮せず召し上がってちょうだいね。

そうね……、私のおすすめはこれよ」


クレア:「これ、お菓子なの?」


リゼ:「そうよ。チョコレートなの。綺麗よね」


クレア:「きらきらしてる」


リゼ:「ふふっ、金が入っているんですって」


クレア:「金?!」


リゼ:「そんなに驚くことかしら」


クレア:「お、驚くよ。そんなの……。ねえ、本当に食べられるの?」


リゼ:「食べられるわよ。味は美味しいチョコレートですもの」


(チョコレートを食べるクレア)

 

クレア:「……あ」


リゼ:「どう?」


クレア:「美味しい……」


リゼ:「そうでしょう! 美味しいわよね!

ここのはお気に入りなの。お父様やお母様もよく召し上がっているわ。クレアも気に入った?」


クレア:「うん。とても綺麗で素敵」


リゼ:「だったら、私の一番お気に入りのお菓子も気に入ると思うわ。宝石みたいなキャンディーなの」


クレア:「宝石?」


リゼ:「ええ。とっても綺麗なのよ。いつか食べてもらいたいわ。さあ、これも食べて」


クレア:「あ、ありがとう」


リゼ:「それにしても、お菓子多すぎたかしら」


クレア:「ね、ねえ」


リゼ:「どうしたの?」


クレア:「もしも余ったら少しだけもらってもいい?」


リゼ:「やだ、少しじゃなくて全部あげるわ」


クレア:「いいの?」


リゼ:「ええ」


クレア:「ありがとう。みんな喜ぶと思う」


リゼ:「みんなって?」


クレア:「私ね、孤児のみんなと一緒に暮らしているの」


リゼ:「孤児って……。じゃあ、クレアも?」


クレア:「うん」


リゼ:「そうだったのね」


クレア:「そんな悲しそうな顔をしないで。みんなで支え合って暮らしているし、私にとってはみんがが家族みたいなものなの。

だから寂しくないよ」


リゼ:「……」


クレア:「でもね、私が一番年上なんだけど、みんなやんちゃで危ないことばかりして困っちゃうんだ」


リゼ:「前言ってた、一度言っても分からない子は何度言っても分からないって……」


クレア:「ふふっ、みんなが教えてくれたことだよ」


リゼ:「そうだったのね」


クレア:「リゼには兄弟や姉妹はいるの?」


リゼ:「ええ、兄と弟がいるわ。でも、弟は私よりもしっかりしているのよ。私が一番末っ子だとよく間違えられるの」


クレア:「なんとなく分かる」


リゼ:「あら、失礼ね。

あ、ねえ、あそこの蝋燭をもう少し近づけてもいい?」


クレア:「ごめんね。見づらかった?」


リゼ:「大丈夫よ。

……なにかしらこれ?」


クレア:「ああ、それは新聞の切れ端だよ」


リゼ:「ここにもあるわ。あら、こっちにも。

随分とあるのね……。なにに使うの?」


クレア:「読んでいるの」


リゼ:「これを?」


クレア:「少しだけだけど、この領地や国でなにが起こっているかは大体分かるんだ」


リゼ:「すごいわ……」


クレア:「え?」


リゼ:「クレアは文字が読めるのね!」


クレア:「う、うん。リゼは読めないの?」


リゼ:「まったく読めないわ」


クレア:「そうなの?」


リゼ:「読めると思った?」


クレア:「だって、お金持ちのお嬢様なら学校にだって行けるだろうし」


リゼ:「行ったことないわ」


クレア:「じゃ、じゃあお家で先生がついてやるんじゃ」


リゼ:「やったことないわよ、お勉強なんて」


クレア:「……文字を読みたいと思ったことは?」


リゼ:「そうねぇ……。自分で読んでみたいと思ったことはあるわ。だから、お父様に言ってみたことはあるんだけど、だめだって言われてしまったの」


クレア:「そう……」


リゼ:「でも、文字を読む必要がなかったから困ることもなかったわ。絵本だってなんだって周りの人が読んでくれたから」 

 

クレア:「……ねえ」


リゼ:「なあに?」


クレア:「その……、お節介だったらごめんね。文字の読み書きを勉強したいなら、私が教えようか……?」


リゼ:「クレアが?」


クレア:「教えるの上手じゃないかもしれないけど……。あ、あのね、嫌だったらいいの。いらないお世話かもしれないし」


リゼ:「いいえ! ぜひ教えてちょうだい!」


クレア:「ほ、本当にいいの?」


リゼ:「だって、楽しそうじゃない」


クレア:「でも、勉強は嫌いじゃ」


リゼ:「クレアなら別だわ」


クレア:「そ、そう? じゃあ、また今度来た時から少しずつやってみようかな」


リゼ:「ええ。ねえ、……こういった場合はクレア先生と呼ぶべきかしら」


クレア:「や、やめてよ……!」


リゼ:「ふふっ。クレア先生」


クレア:「いやだよ、友達なのに先生だなんて……。その、恥ずかしいし……」


リゼ:「そうね。私たち、友達だものね」


(顔を見合わせて二人で笑う)

 

リゼ:「ああ、次も楽しみだわ」 



==============


 

(何度目かの夜)


リゼ:「ねえ、これで合ってる?」


クレア:「うん、合ってるよ。あとは、ここかな」


リゼ:「えっと……。ああ、これ逆だわ。だから、きっとこうね。ふふっ、前に教えてもらったから覚えているの」


(答案を書き直すリゼ)


クレア:「そう! この二つは形が似ているから間違えやすいの。でも、そうやって気づけたなら大丈夫。もう完璧だね」


リゼ:「クレアの教え方がいいんだわ」


クレア:「そうかな……」


リゼ:「そうよ。もっと自信をもって」


クレア:「ありがとう」


リゼ:「ああ……、でも少し疲れたわね」


クレア:「随分と頑張っていたもの。お菓子、食べる?」


リゼ:「私はもういいわ」


クレア:「本当にいいの? ぜんぜん食べてないけど」


リゼ:「お腹がいっぱいなの」


クレア:「そう」


リゼ:「……ねえ、どうしてクレアは文字が読めるの?」


クレア:「教えてもらったんだ」


リゼ:「誰に?」


クレア:「いっしょに暮していた、私よりも年上の……、兄みたいな人に。

今はね、私がみんなに教えているの」


リゼ:「だから、教え上手なのね」


クレア:「上手かどうかは分からないけれど……。でも、できる限り頑張って教えたいなって思っているんだ。

文字を読めればいつかあの子たちも悪いことをしないで、何かしらの仕事に就いて、真っ当に生きていけるかもしれないから。

……歳を重ねても、文字を読めない人たちが困っているのを何度も見ているの」


リゼ:「……」


クレア:「でも、みんな元気いっぱいで、ちゃんと聞いているのか分からないんだけどね」 


リゼ:「聞いてるわよ。私、楽しかったもの」


クレア:「……ありがとうね」


リゼ:「ねえ、この前の新聞、読んでもみてもいいかしら?」


クレア:「うん」


リゼ:「えっと……、これにしてみるわ。

そうねぇ……、これは……」


クレア:「ふふっ、どう?」


リゼ:「あ! 少し分かるわ。でも、まだ駄目ね」


クレア:「少し分かるだけでもすごいよ」


リゼ:「ありがとう。

いつか私も全部読めるようになるのかしら。他の新聞は……、あら? なにかしら、この本。随分と立派な本ね」


クレア:「ああ、それはね、兄からもらったの」

 

リゼ:「さっき言っていたお兄さま?」


クレア:「そう。一緒に暮らしていた孤児の一人でね、実際に血の繋がりはないんだけど、兄のように思っていたの」


リゼ:「そうなのね。お会いしてみたいわ、そのお兄さまと。今はどちらにいらっしゃるの?」


クレア:「違う国でやってみたいことがあるんだって、遠いところに行っちゃった」


リゼ:「え?」


クレア:「二年前にね、”楽しいことを思いついたから、急だけどここを出て行くことにしたんだ”って言って、そのままいなくなっちゃったの」


リゼ:「あら……」


クレア:「でもね、たぶんあれは嘘」


リゼ:「どうしてそう思うの?」

 

クレア:「……なんとなく。少し悲しそうな顔をしていたから。

……分かるんだから、正直に言えばよかったのにね。本当におバカさんなんだから」

 

リゼ:「クレア……」


クレア:「だけど、楽しそうな顔もしてたんだ。まるで、友達と待ち合わせして遊びに行くみたいな、そんな楽しそうな顔。だから、全部が全部嘘ではないんだろうけどね」


リゼ:「……」


クレア:「兄はね、明るくて、楽しいことが大好きな人だったの。だから、兄のことを知っている人には、兄が言った通りにそのまま伝えているの。

みんな、少し寂しそうだったけど、兄らしいって笑ってくれた。

それだけが救いかな。みんな、悲しまなくて良かったって」


リゼ:「良くないわ! ぜんぜん良くないじゃない!」


クレア:「え?」


リゼ:「だって、クレアは悲しいままだわ。なにも良くないじゃない」


クレア:「……ふふっ」


リゼ:「クレア……?」


クレア:「そうだよね、本当に酷い話。急に一番年上になって、みんなの世話をして、勉強を教えて、大変だったんだから。みんな兄の真似をして屋根の上を走って怪我して騒ぐし、路地裏の人たちがお酒で酔って暴れるのをなだめるのは兄の役割だったのに、私に回ってくるし。兄がいなくて少し路地裏が暗くなったような気がするし、寂しいし……。

本当に……、本当にお馬鹿さんなんだから。テオは」


リゼ:「素敵なお兄様なのね」


クレア:「……うん」


リゼ:「それじゃあ、この本は宝物ね」


クレア:「そうなの。

あ、でも、この本は、兄の友達がくれたものなんだって」

 

リゼ:「すごいわね。なかなかのものじゃない。装飾も凝っているわ」


クレア:「ね。私も貰った時、驚いちゃった。その人ね、本だけじゃなくてお菓子もたまにくれたの。リゼが持ってきてくれたお菓子を食べたときに懐かしくなっちゃった」


リゼ:「そのお友達にお会いしたことはないの?」


クレア:「うん。会ってみたいんだけどね。

兄のことをなにか知っているかもしれないし、それにお礼も伝えたいから」


リゼ:「いつかきっと会えるわよ」


クレア:「そうだね。

 ……ありがとう、リゼ」

 


=======================



(三日後の夜)


クレア:「今日は晴れてよかった。三日間、雨だったから……。でも、今日は寒いなあ。

……リゼ、今日は来るのかな」


(ノック音)


クレア:「あ、来たみたい。

 ……今、開けるね」


リゼ:「お久しぶりね、クレア。三日しか空いてないのに、随分と久しぶりな気がするわ」


クレア:「リゼ、大丈夫? その格好だと寒くない?」


リゼ:「大丈夫よ。私、こう見えて丈夫なんだから。(言い終える前に咳き込みはじめる)」


クレア:「大丈夫……!?」


リゼ:「(咳をしながら)ごめんなさい……。ここ数日寒かったから風邪を引いたのかしら」


クレア:「具合悪かったら寝てないとだめでしょう? 今日はもう帰った方がいいよ」


リゼ:「嫌よ、帰らないわ」


クレア:「そんなこと言われても……。ここには暖炉もないし、隙間風も入ってくるしで、もっと具合が悪くなっちゃうよ。家まで送るから一緒に」


リゼ:「お願い。もう少しだけここにいさせて」


クレア:「リゼ……?」


リゼ:「お願い……、クレア」


クレア:「……分かった。でも……、どうしようかな。なにか温かくできそうなもの……、あ、この毛布なら大丈夫かな。つい最近、洗ったんだ」


リゼ:「ありがとう」


クレア:「ううん」


リゼ:「ねえ、クレアも一緒に入らない? そっちの方がきっと温かいわ」


クレア:「私は今日、身体も洗えてないし汚いから」


リゼ:「そんなこと気にしないわ。それに私はクレアのことを汚いだなんて思ったことないもの。だから、ね。」


クレア:「……分かった。あの、嫌になったら言ってね」


リゼ:「言わないわよ、そんなこと」


クレア:「……」


リゼ:「ほら、こっちの方が絶対にあったかいわ」


クレア:「そうだね。……あ、ごめんね。暗いままだったね。蝋燭つけないと」


リゼ:「このままでいいわ。ほら見て。星が綺麗に見える」


クレア:「……」


リゼ:「ねえ、クレアはここに星を見に来ていたんでしょう?」


クレア:「うん」


リゼ:「なにを思いながら見ていたの?」


クレア:「……願い事をしていたの」


リゼ:「願い事?」


クレア:「そう。叶いそうにもない願い事」


リゼ:「例えば?」


クレア:「兄に会いたいとか」


リゼ:「……」


クレア:「みんなが怪我をすることもなく、飢えることもなく、元気でいられますようにとか……。ここで暮らしていたら難しい話なんだけどね。

あとね、……学校ができたらいいなって」


リゼ:「学校?」


クレア:「貧富の差も、性別も、年齢も関係なく、みんなが通える場所ができたらいいなって。そうしたら、ここの人たちも勉強できて良いなって思うの」

 

リゼ:「クレアらしいわね」


クレア:「でも、これもきっと無理だろうから」


リゼ:「どうして……?」


クレア:「叶えられないこともあるんだ。どんなに願っていても。

だから、黒魔術なんてやってしまう人がいるんだと思うの。

良くないことだけど……、でもきっと何を賭けても、叶えたいことがあるなら手を出してしまうのも分かるから」


リゼ:「……」


クレア:「叶わないからこそ、星に願っているんだ」


リゼ:「……どうしてそんな風に諦めるの?」


クレア:「え?」


リゼ:「せっかく生きているのにどうして諦められるの?」


クレア:「リゼ……?」


リゼ:「おかしいわ。叶わないなんて言ってはだめよ。そんな悲しいことを言わないで」

 

クレア:「悲しいことって……」


リゼ:「私は諦めたくないの」


クレア:「……っ」


リゼ:「諦めなかったから、私はクレアっていう初めてのお友達ができたんだもの……! 私だって……!!(咳き込む)」


クレア:「リゼ……っ!?」


リゼ:「(咳き込む)」


クレア:「大丈夫……? ごめんね、私が変なことを言ったから」


リゼ:「ちがうの……。ごめんなさい、私の方こそ」


クレア:「大丈夫だよ。もう苦しくない? 落ち着いた?」

 

リゼ:「え、ええ……」


クレア:「……額が熱いよ。熱が出てるのかもしれない」


リゼ:「……」


クレア:「リゼ……?」


リゼ:「……熱なら大丈夫。いつものことだもの」


クレア:「え?」


リゼ:「ねえ、クレア。

諦めないことって難しいわよね」


クレア:「……」


リゼ:「クレアにはあんなこと言ったけれど、私も分かっているのよ。

私も叶わない願い事を持っているんだもの。

……生きたいっていう願い事」


クレア:「……っ」


リゼ:「……私、生まれつき体が弱いの。

お医者様には10歳まで生きられないって言われてたのに。それなのに、通り越して生きているのよ。すごいでしょう?」


クレア:「リゼ……」


リゼ:「そんなだから、生まれたときからずっと病院にいてね、なにもできなかった。

お父様もお母様も心配してぜんぶ取り上げるし、友達もできなかったわ。

でも、絶対に友達がほしいって思っていたの。

諦めたくなかった。

いつ死んでもおかしくないって言われながら、生きるのは難しいことだわ。どうしようもないんだもの。死んでしまうのは仕方のないことだから。

それでも友達がいないまま死ぬのは嫌だったの」


クレア:「……」


リゼ:「だから、何度も死にそうになって、何とか今まで生きてきたのよ。がんばった方だとは思わない?

そうやって諦めなかったら、ほら」


クレア:「……っ」

 

リゼ:「とっても素敵なお友達ができたのよ」 


クレア:「リゼ……」


リゼ:「夢だったお茶会もできた。ふふっ、お菓子会になってしまったけれど、それでも充分だわ。

私は叶えられる願い事を叶えられたの。もうこれで思い残すことはないわ」


クレア:「い、いやだよ……!」


リゼ:「なあに?」


クレア:「そんな、もう死んでもいいみたいな……っ」


リゼ:「あら、泣いているの?」


クレア:「だって、リゼが悲しいことを言うから……」


リゼ:「……生きていればなんでもできるわ。

だから、クレアは諦めないで。

せっかくこの世に生まれたんだもの。生きているうちは諦めちゃだめよ」


クレア:「……っ」


リゼ:「(咳き込む)」


クレア:「リゼ……!」


リゼ:「大丈夫よ……。

ごめんなさい。 今日はもう帰るわね」


クレア:「私も一緒に行くよ」


リゼ:「いいえ、大丈夫」


クレア:「でも」


リゼ:「今はね、少し一人でいたいの」


クレア:「リゼ……」


リゼ:「私、明日からしばらくここに来られなくなると思うわ」


クレア:「え……」


リゼ:「心配しないで。多分、すぐに良くなるから。私ね、自分の身体のことはよく分かっているの。今日はまだ体力があるけれど、明日からはきっとしばらく動けなくなるって。

だから、今日無理してきちゃったのよ。クレアと会えば頑張れる気がしたから」


クレア:「私が会いにいくのはだめなの……?」


リゼ:「だめよ。見つかったら大変だわ。見張りもいるし、危ないもの」


クレア:「……また、会えるよね?」

 

リゼ:「ええ」

 

クレア:「……」

 

リゼ:「それじゃあ、またね」


クレア:「うん。……またね」


(出て行くリゼ)

  

クレア:「叶わない願い事を叶えるにはどうしたらいいの?

……どうかどうかリゼが元気になりますようにって願うしかないの?

それとも黒魔術に手を出せばいいの?

どうしたらいいの……? 教えてよ、テオ。

 

また、会えるのかな。

また、ここに来てくれるのかな。

その前に死んでしまったらどうしよう……っ。

嫌だよ……。嫌だ……っ。

……諦めたくない。

私は……。

私は、友達に会いたい」

 


=================



(2週間後)

(病院の一室で看護師と話すリゼ)

 

リゼ:「なあに? お薬ならちゃんと飲んだわよ。

飲まないと先生が怒るんだもの。

明後日でしょう?知っているわ。

あ、ねえ。

明日、紙とペンを用意してくださらない?

ありがとう。

ええ、おやすみなさい」


(看護師が出て行く)


リゼ:「少し気分が悪いわ。

(ため息をつく)

……もう2週間、経ったのね。

今日も星を見ているのかしら。

……会いたいわ、クレアに」


(窓を叩く音)


リゼ:「な、なに……? 何の音?

窓からよね……?

木の枝でもあたったのかしら。

……っ!!」


クレア:「リゼ……!」


リゼ:「クレア?!」


クレア:「しー……!」


リゼ:「あ……っ。待ってて、今、窓を開けるから……っ」


(窓を開ける)

 

クレア:「ごめんね、驚かせちゃって」


リゼ:「驚いたわ。本当に驚いたわ。だってここ2階なのよ」


クレア:「こういう時に使えるからって、昔ね兄から木登りを教わったの」


リゼ:「見張っている人もいたでしょう?」


クレア:「うん。でも、あまりちゃんとしていないみたい」


リゼ:「……」


クレア:「リゼ……?」


リゼ:「会いたかったわ、クレア……っ」


(クレアに抱き着くリゼ)


クレア:「あっ。だ、だめだよ。私、木登りして服汚れてるのに」


リゼ:「そんなのどうだっていいわよ。

あら……、ここどうしたの? 顔に傷がついているわ」


クレア:「ああ、ちょっとねドジしちゃって。

ここじゃない病院でこそこそしていたら見つかっちゃったの」


リゼ:「……っ」


クレア:「でも、もう痛くないし大丈夫だよ」


リゼ:「そういう問題じゃないわよ……!!(咳き込む)」


クレア:「大丈夫……?」


リゼ:「……痛かったでしょう?」


クレア:「え? ああ、でもそれよりもリゼに会いたかったんだ。

来られないなら、私から会いにいけば良いって思ったの。

大変だったけど、諦めなかったんだよ。そうしたら、会えたの」


リゼ:「そう……。ありがとう、会いに来てくれて」


クレア:「具合は大丈夫?」


リゼ:「クレアの顔をみたら元気になったわ」


クレア:「本当に?」


リゼ:「ええ。私もね、明日会いに行こうと思っていたの」


クレア:「無理しちゃだめだよ」


リゼ:「無理してでも明日は行くって決めてたわ」


クレア:「どうして?」


リゼ:「私ね、明後日の朝にこの病院から違う場所に移ることになったの」


クレア:「え?」


リゼ:「もっと田舎の方に行くの。空気が綺麗なほうが良いってお医者様が仰ったから」


クレア:「そう……」


リゼ:「だから、最後にどうしても会いたかったのよ」


クレア:「……」


リゼ:「……クレア?」


クレア:「それなら」


リゼ:「……なあに?」


クレア:「それなら、明日は特別素敵なお茶会にしないとね」


リゼ:「……ふふっ、お茶会じゃなくてお菓子会よ」


クレア:「そうだった。 素敵で楽しいお菓子会にしましょう」


(顔を見合わせて二人で笑う)

 

リゼ:「あ! そうだわ。

素敵な日にするとっておきのアイデアを思い付いたの」


クレア:「なあに?」


リゼ:「あのね……」



=================



(次の日の夜)

(路地裏の屋根の上)



リゼ:「わあー! すごいわ!」


クレア:「滑って落ちないようにね」


リゼ:「私、いま屋根の上にいるのよね!?」


クレア:「ふふっ、そうだよ」


リゼ:「すごいわ! こんな日が来るだなんて思わなかったもの」

 

クレア:「私も夜に登ったのは初めてだよ。すごいね、遠くの星まで見える」


リゼ:「ええ。とても綺麗だわ」


クレア:「ほら、お菓子会をするんでしょう?」


リゼ:「分かっているわよ。いつもはね、どれもお見舞いでいただいたものを持ってきていたんだけど、今日は私が頼んで買ってきてもらったのよ」


クレア:「ありがとう。落とさないように気を付けないと」


リゼ:「ちゃんと膝の上に置いておくわ」


クレア:「リゼ、寒くない? 寒かったら毛布もってくるよ」


リゼ:「大丈夫よ。こんなに着ているんだもの」


クレア:「なら良かった」


リゼ:「これだけお星さまがあれば、ひとつぐらい流れ星を見れるかもしれないわね」


クレア:「そうしたら願い事をしないと」


リゼ:「なにを願うの?」


クレア:「……なんだろう?」


リゼ:「あら、この前、いろいろ言っていたじゃない」


クレア:「そうなんだけど、たくさんあるから」


リゼ:「じゃあ、その中でも一番叶えたいことは?」


クレア:「……リゼにまた会いたい」


リゼ:「……」


クレア:「リゼといつかお茶会もしたいし、まだまだいろんなことをおしゃべりしたい」


リゼ:「クレア……」


クレア:「だからね、リゼには生きててほしいの。リゼと一緒にやりたいこともたくさんあるんだから、いなくなったら困っちゃうよ。

リゼが言ったんだよ。諦めちゃだめって」


リゼ:「……っ」


クレア:「……大丈夫だよ。リゼはきっと元気になる。私、ずっと待ってるから」


リゼ:「……私も、またクレアに会いたいわ」


クレア:「うん」


リゼ:「クレアと一緒にたくさんおしゃべりしたい」


クレア:「……うん」


リゼ:「ふふっ、……友達ができたらそれでいいって思っていたのに、だめね。私ったら我儘だから、やりたいことがたくさん出てくるの」 


クレア:「リゼ……」


リゼ:「やっぱり、まだまだ諦められそうにないわ。生きたいなんて願っている場合じゃないわね」

 

クレア:「うん……!」


リゼ:「ねえ、他にはどんなことを叶えるの?」


クレア:「兄と会って、文句をたくさん言うの」


リゼ:「ふふっ」


クレア:「あとは……、あの本をくれた人と会うこと」


リゼ:「なにかその人について分かることはないの?」


クレア:「兄と同い年だって言ってたかな」


リゼ:「男の人? 女の人?」


クレア:「男の人だったと思う」


リゼ:「そう……」

 

クレア:「どんな人か何度も考えたことがあるんだけど……」

 

リゼ:「どんな人だと思うの?」


クレア:「……きっと優しくて、素敵な人だと思うの」


リゼ「そうなのねぇ」


クレア:「な、なに? どうしてそんなににやにやしているの?」


リゼ:「クレア、その方に恋をしているの?」


クレア:「へ!?」


リゼ:「素敵ねぇ」


クレア:「ち、違うよ!! そんなこと思うはずないじゃない……!! そもそも会ったこともないのに」


リゼ:「あらあら、月の光でも分かってしまうほどに顔が赤いわよ」


クレア:「だって、リゼが変なことを言うから……!!」


リゼ:「ふふっ。で、正直なところどうなの?」


クレア:「だから、会ってもないのに」


リゼ:「そんなのどうでもいいじゃない。物語の王子様を素敵だわって思うのと変わらないわ」


クレア:「……私、可愛くないし」


リゼ:「え?」


クレア:「賢い女は可愛げがないし、面白くないし、価値がないって」


リゼ:「誰よ、そんなこと言ったの……!」


クレア:「でも、仕方ないことだと思うから」


リゼ:「そんなことないわ! クレアは可愛いわよ! とっても可愛くて、しかも賢い素敵な女の子だわ」


クレア:「あ、ありがとう……。リゼもすごく可愛いよ」


リゼ:「ふふっ、ありがとう。

それにしても、本当に失礼しちゃうわね。見る目がないにもほどがあるわ」


クレア:「リ、リゼは?」


リゼ:「私? 私の場合、結婚相手はお父様たちが決めることになるから、恋はしない方がいいの」


クレア:「そうなの……」


リゼ:「でも、私はもちろん素敵な方と恋に落ちる予定よ。

そこまで先のことを考えたことがなかったけれど、今決めたわ」


クレア:「え?」


リゼ:「お金目当てではなくて、私自身を好きになってくれた方がいいわね。

ずっと一緒にいる人ぐらい自分で選びたいわ」


クレア:「ふふっ、リゼらしいね」


リゼ:「ええ。 それも叶えたいことの一つね」


クレア:「リゼならきっと素敵な人と出会えるよ」


リゼ:「ありがとう。クレアも会えたらいいわね」


クレア:「う、うん……!」


リゼ:「ふふっ。あとは何を叶えるの?」


クレア:「あとは……、勉強したい人ならどんな人でも通える学校をつくることかな」


リゼ:「素敵ね」


クレア:「それで、あとは路地裏のみんなが今よりも良い暮らしができるように、幸せに生きられるようにできることをしたい。

兄も……、テオもそう願っていると思うから」


リゼ:「でも、クレアも幸せにならなくちゃだめよ。お兄様だってそう願っているはずだもの」


クレア:「そっか……。そうだね」


リゼ:「ねえ、クレア」


クレア:「なあに?」


リゼ:「私からもお願い。幸せに生きてね」


クレア:「リゼも幸せでいてね」


リゼ:「ええ」


クレア:「あ……! 流れ星……!」


リゼ:「あっ」


クレア:「……」


リゼ:「……」


クレア:「……願い事できた?」


リゼ:「全くできなかったわ」


クレア:「ふふっ」


リゼ:「でも、見れただけでいいわ。だって」


クレア:「願い事は自分で叶えてみせるもんね」


リゼ:「ふふっ」


(二人で笑う)


クレア:「……綺麗だね」


リゼ:「本当に。 今まで見た中で一番綺麗だわ」

  

クレア:「またここで星をみようね」


リゼ:「ええ。 いつかきっと」



========================


 

(翌日の朝)

(廃屋に一人でいるクレア)


 

クレア:「ああ、いい天気だな。今日は暖かくなりそう。

……リゼはもう馬車に乗ったのかな。

あれ、なにか置いてある。忘れものかな……。

なにこれ、キラキラしてる。宝石みたいで綺麗。

あ、紙も入ってる。これは……手紙?

”前に話したキャンディーよ。味わって食べてね。食べると幸せになれるわよ。これから先、ずっとね” 

……ふふっ、上手に書けてるなあ。


また会おうね、リゼ。私の大切な友達」

  


=========================



 (馬車の中)


リゼ:「置いてきたの、見つけてくれたかしら。

ふふっ、上手に書けてるからきっと驚いているでしょうね。


……なあに?

いいえ、なにも言ってないわ。


ねえ、お父様、お母様。

私ね、生きて見せるわ。 元気になって、大切なお友達に会いに行きたいの」



====================



(数日後)

 


 クレア:「よいしょっと。

 なに? ああ、これ?

 勉強に使うの。

 これからは、みんなだけじゃなくて、ほかの路地裏の人にも教えてあげたくて。

 生意気だって怒られちゃうかもしれないけど、それでも学びたい人がいるなら教えたいの。

 

 え?変わった?私が?

 ああ……、ふふっ。

 あのね、考え方が変わったの。

 

 生まれたからには諦めたくないなって」

 



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