Loulou -SideStory-
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SideStory1 「私は」
本編にて、ルルが魔女の部屋に入り、記憶を取り戻した次の日の朝。
ルルが自分で前髪を切るときの短いお話です。
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私は鏡の前で鋏を持って立っていた。
鏡の中の私の前髪は、真っすぐに切り揃えられている。
思ったよりも綺麗に揃えられたことに嬉しさはなく、なぜか小さな小さな息が漏れた。
ばらばらと落ちた髪を集める。
魔女さんが朝ご飯をつくっているのか、この部屋にもいい匂いが運ばれくる。
窓の向こうの薄いヴェールを被ったような青空に目を向けてから、もう一度鏡の中の私を見る。
この前髪を見たら、魔女さんは何て言うんだろうか。
「私は・・・」
昨日、魔女さんの部屋で見た文字が頭に浮かび、空っぽのお腹がきしきしと痛んだ。
何かが這い出てきそうな感覚に、思わず口元を覆う。
山木雪
A18190
それは紛れもなく、私のもう一つの名前だった。
「私は・・・」
もう一度小さく呟く。
山木雪
A18190
鏡の中の私が問いかける。
「私は、誰・・・?」
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私は孤児院で育った。
両親は私が幼いころに亡くなったらしい。
理由は分からないが、私を一人遺して二人して自ら命を絶ったのだと聞かされた。
私が育った孤児院は職員がかなり厳しく、少しでも何かを間違えたり失敗したりするとすぐに手を上げた。
殴られて泣く子供に先生は、これは君たちのためなんだと繰り返し言い聞かせ、殴った。
物心つく前からそんな場所にいたからか、それが当たり前のことなんだと当時は思っていた。
間違えなければ痛い思いはしないで済むし、間違えた自分が悪いんだから仕方のないことなんだと。
もしかしたら、そう言い聞かせていただけなのかもしれないが、幼いながらに諦めがついていた。
当時の私は口数も少なく、表情も乏しい子どもだったので可愛げがなかったのだろう。
先生からは嫌われていた。
そのせいで、他の子よりも厳しい目で見られていたが、それも仕方のないことなんだと諦めて、せめて間違えないように良い子でいようと毎日を必死に生きていた。
そして8つになったある日、私は何も教えられずに大人に囲まれて、孤児院よりもずっと大きな建物に連れていかれた。
先生に良い子にするようにと言われ、私は何が何だか分らなかったが、言われるまま大人しくしていた。
小さな窓が一個だけある部屋で私は、白い服を着た大人に囲まれた。
着ていた服を脱がされ、痣だらけの体を晒す。
一人だけ、悲しそうな顔をした大人がいたが、どうしてそんな顔をするんだろうと不思議に思ったことを良く覚えている。
その後は白い服を着させられ、いろんな機械を付けて何かを測ったりするぐらいで、痛いことは何もされなかった。
針を刺して血を採られたりはしたが、痛みには慣れていたし、殴られるよりは全然痛くなかった。
最初は辛いことなんて何もなかったのだ。
ご飯だって孤児院で出ていたものよりも良いものを食べることができた。
でも、ここは地獄でしかなかった。
どんどん注射が増えていき、もがき苦しむしかない日々が続いた。
骨が削られるような痛みや、どうしようもない吐き気、頭痛。いろんな場所が同時だったり、かわりばんこに痛くなる。
それが終わったと思えば、次はまた違う注射が続きまたもがき苦しむ。
痛いとも、もう止めてとも最初は言わずにただただ大人しくしていた。
きっとそれが良い子だと思ったから。
でも、もうそれも我慢できなくなり、私は叫ぶようになった。
喉が引き攣り、声が枯れるまで一日泣き叫んだ。
やがてそれはすすり泣くような声に変わり、掠れた呼吸に変わり、最終的には無音になった。
ご飯も固形物から液体、最終的には点滴に変わり、私は動かなくなった。
白い服を着た大人たちも段々と物を扱うかのように乱雑に扱うようになり、私は本当にお人形のようにただそこに居るだけ。
視界も伸びた髪の毛で真っ暗になり、私はその暗闇の中でただひたすらに願っていた。
はやくはやく終わりますように。
はやくはやく死ねますように。
でも、いくら願ってもそんな日は来なかった。
ある日、そんな暗闇に光が差した。
そこには、白い服をきた大人が一人だけいた。
その大人は珍しいことに他の大人と違って、私に何か話しかけてきた。
薬の影響で返事を返せない私に、悲しそうに笑いながらその前髪を切り始めた。
前髪を切り揃えたその大人はそのまま、私の髪を梳かしたり、注射やら何やらで痣になった場所に薬を塗る。
その大人は私の髪を撫でると、笑いながら何か言った。
やっぱり何も返すことのできない私にまた悲しそうな顔をして、もう一度頭を撫でると部屋から出て行った。
私は切り揃えられた前髪を撫でながら、目を閉じる。
何を言っているのかは聞き取れなかったが、あの優しい音を思い出しているうちに、いつもより少しだけ眠ることができた。
その後もその大人は、私の元に一人でやって来る。
その大人は優しく笑いながら、私の前髪を切ってくれて、おとぎ話など色々なお話を聞かせてくれた。
なにも返せなかったけれど、私は前髪を切ってもらえるこの時間がすごく幸せだったのだ。
いつか、いつかこの人と二人だけの世界があって、そこで幸せに過ごせたらいいのにって。
本当に、私の人生唯一の幸せだった。
それから少し経って、白い服を着た大人たちの歓声が聞こえてきた。
なにが起きたかは知らないが、もしかしたらこの研究の成果が出たのかな、もう終わるのかなと少しだけ希望を抱きながらその声に耳を傾けていた。
でも、やっぱりそんなことはなかった。
ある日、あの人の大きな声が聞こえた。
「もう、終わりでいいじゃないですか!!これ以上すればあの子は・・・っ!!」
相手の声は聞こえなかったが、やっぱり終わらないのかと冷静にそう思った。
私は諦めるのが上手なのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は痛む体を縮こませて目を瞑る。
どのくらい経ったか、あの人がやってきていつものように薬を塗り始め、おとぎ話の続きを話し始める。
お姫様を魔女が攫ってしまうお話。
話しに耳を傾けていると、声が途切れ、急に温かい雫が腕に落ちてきた。
ゆっくりと顔に視線を向けると、その人は顔を歪ませながら泣いていた。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・。」
何度もそう謝るその人に私はやっぱり何も返せなかった。
大丈夫だよ、と。もう痛いのも苦しいのも平気だよと返したかったのに。
もしも、そう返すことができればこの人は笑ってくれるのかな。
でも、何度言おうとしても出てくるのは掠れた空気だけだ。
もしかしたら、私がこの人を泣かせてしまったのかもしれない。
私が死んだらこの人は泣き止んでくれるのかな。
私、死んでも大丈夫だよ。泣き止んでくれるのなら私、貴女に殺されてもいいよ。
でも、出てくるのはやっぱり掠れた空気だけ。
泣き続けるその人の手を力の入らない手で何とか握る。
はっと顔をあげたその人に私は笑いかける。
動かない表情筋に必死に動いてと願いながら作った笑顔は、きっとこの人が見せてくれた笑顔よりもずっと下手くそなんだろう。
それでも、この人に笑って欲しくて頑張って顔に力を入れる。
その下手くそであろう笑顔を見たその人は、一度くしゃっと顔を歪ませたが何か心に決めたのか、小さく大丈夫と呟き、私を抱きしめてこう言った。
「一緒に逃げましょう。どこか遠くに。」
そして、その三日後。
たくさんの音が鳴り響く中、私とその人はそこから逃げ出した。
車に乗り、途中で乗り捨て歩いて歩いて。
遠い遠い場所に逃げようと二人で歩き続けた。
そして、山奥にある大きな館にたどり着いた。
埃っぽい室内に朝陽が差し込んでいる。
「もう大丈夫よ。」
その声に安心して大きく息を吐き、私はぐにゃりと倒れ込んだ。
必死になっていたからか道中では疲れも何も感じなかったが、体力のない体にはかなりの負担だったのだろう。
もう全く力が入らない身体を、慌てて駆け寄ったあの人が抱き起した。
遠のく意識の中で、また辛そうな顔をしているその人に言いたいことがたくさん浮かんだが、どれも声にならない。
大丈夫だよ。
痛いのも苦しいのも平気だよ。
ごめんね。
私、死んでも大丈夫だよ。
泣き止んでくれるのなら私、貴女に殺されてもいいよ。
私、本当は痛いのに疲れちゃったから、
「殺して。」
それだけが微かな声となって口から出てきた。
驚いたあと、さらに顔を歪ませたその人に慌てて一番言いたいことを言おうと口を開く。
でも、私。
貴女と一緒にいられるのなら生きたいの。
それは声になることはなく、私の意識はそこでぷつりと切れた。
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あれからもう5年が経った。
もう一度、問いかけてくる鏡の中の私を見つめる。
「私は・・・」
山木雪?
A18190?
「私は・・・」
この5年間、私は幸せでしかなかった。
本当に、本当に幸せでしかなかった。
“ルル”
魔女さんの優しい声が聞こえる。
もうそろそろ朝ご飯なのだろう。
“ルル”
“私の可愛い子”
ああ、私。
諦めるのが上手なんだと思っていたけれど、そんなことなかったみたいだわ。
私は知らないの。
全てを思い出してしまったけれど、私は知らないのよ。
外の世界のことも、ぜんぶぜんぶ。
だって、私にとっての世界は魔女さんと二人だけの世界なんだから。
朝陽が柔く部屋を照らし始める。
深く深く息を吸い、もう一度鋏を手に取ると切り揃えた前髪をギザギザと切り落とす。
そして、笑った。
それはそれは幸せそうに。
そして、鏡の中の私にこう答える。
「だって私、ルルだもの。」
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