暗愁

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毎度のことながら話がややこしいです。

読んだうえで後書きを読むことをおすすめします。

登場人物

・女:20代前半。15年前に母親をある男に殺された。

・男:30代。胡散臭いスーツの男。

『暗愁』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/6655426/page_202212032222

女:

男:

本文

男:「俺が殺したんだ。」


女M:「そう言った男のことを私はよく覚えている。

小さな田舎町の神社の境内。

血を流し事切れた母の前で、暗い影のような目をした男はそう言った。


15年経った今でも、私はあの男の目だけは鮮明に思い出せる。

あの暗闇に何かが隠されている気がして、私は記憶の中で何度も見つめた。

でも、途中で苦しくなって見つめるのを止めてしまうのだ。


だから、私はこの町に戻ってきた。

母を殺したあの男に会いたくて。

あの暗闇の奥に何があるのか知りたくて。


それなのに」 


男:「こんばんは、初めまして。ああ・・・、今はこんにちはの方が良いのでしょうか。」


女M:「あの日のことなど全て忘れ去ったかのように、男は胡散臭い笑顔を浮かべてそこに立っていた。」



================================


(夕方、廃神社。)


女:「え・・・?」


男:「夕方になるとややこしいですね。どちらだと思います?」

 

女:「・・・。」


男:「驚かせてしまいましたか?これは失礼。

でも、なにをされているんです?こんな何もない場所で。」


女:「どうして・・・」


男:「はい?」


女:「あ、あの・・・っ」


男:「なんですか?」


女:「あ・・・、その、すいません。

なんでも、ありません。探している人と似てて、それで・・・。」


男:「探している人、ですか?」


女:「・・・はい。」


男:「何やら訳ありのようですが、女性が一人でこんなところにいるのは感心しませんね。この場所でなくてはならない理由でも?」


女:「名前も顔もよく分からない人だからどう探せばいいのか分からなくて。

・・・でもここで待っていたら会えるような気がするんです。」


男:「こんな寂れた廃神社の前で?」


女:「・・・そうです。」


男:「おかしなことを言いますね。普通ならこんなところ、誰も寄り付きませんよ。」


女:「じゃあ、貴方はどうして?」


男:「ちょっと休憩にね。こちらの話で恐縮ですが、これからが稼ぎ時でして、その前に一度休んでおこうかと。

ここには誰も来ませんし、誰にも見つかりませんから。うってつけの場所なんですよ。

・・・裏を返せば、ここは危険な場所ってことです。

もしここでよからぬ輩に襲われたとしても、誰も助けになんて来やしない。」


女:「・・・っ。」


男:「ふっ、そう怯えないでください。別に私がそうだってわけじゃありません。

ただ、本当に気を付けた方が良い。この町はおかしいんですから。」


女:「知っています。・・・住んでいましたから。」


男:「これは失礼。でもそれを承知なら、なおさら変わってらっしゃいますね。」


女:「・・・。」


男:「この町にはいつ頃まで住んでたんです?」


女:「・・・もう、15年も前です。」


男:「それはまた、ずいぶんとご無沙汰ですね。

私は生まれてずっとこの町で暮らしていますが、治安は悪くなる一方ですよ。

警察は見て見ぬふりで、相も変わらず裏社会が幅を利かせていますし、それにこの町には」


女:「麻薬、ですよね。」


男:「それも、ご存知でしたか。」


女:「母が・・・。」


男:「はい?」


女:「・・・母が使っていたので。」


男:「それはご愁傷さまです。大変だったでしょう?あの薬物、依存性が強いですから。」


女:「・・・。」


男:「初期の段階で動悸や呼吸困難なども出てきますが、それでも止めることができない。

最終的には凶暴性が高まって気が狂ってしまい、・・・その後、程なくして死に至る。」


女:「・・・。」


男:「やっている本人たちも苦しいのでしょうね。それこそ死にたくなるぐらいに。

なら止めたらいいだけの話ですが、そうは思っても、苦しみから逃れるためにまた求めてしまう。

・・・あのクスリが買えるのはこの町だけです。他じゃ手に入りません。

裏の人間の大半がこのシノギで儲けています。」


女:「・・・貴方はどちら側なんですか?」


男:「さて、どちらだと思います?」


女:「・・・。」


男:「個人的なことを初対面の相手に教えることなんてできませんよ。私からすれば貴女だって十分に怪しい人だ。」


女:「そんな、私は」


男:「そのくらい警戒してても、足りないんですよ。この町での暮らしはね。」


女:「・・・分かっていますよ。そんなこと。」


男:「そうでしょうか。失礼ですが、結構危ういと思いますよ。

尋ね人を私と見間違えるぐらいですから。」


女:「そんな簡単に間違えません。」

 

男:「それほど似ているんですか?貴女が探している方と。」


女:「似てないです。似てないんです。全く。でも・・・」


男:「でも?」


女:「・・・。」


男:「・・・なんです?」


女:「目が似ているんです。」


男:「それは、何だか口説かれているような気がしてきますね。」


女:「え?」


男:「冗談です。貴女がそう思うのは自由ですが、多分人違いでしょう。

・・・はやく見つかると良いですね。」


女:「・・・。」


男:「さて、私はそろそろ失礼します。常連さんがお待ちでしてね。

貴女ももう帰った方がいいでしょう。日が沈むのも早いですから。」


女:「私は・・・もうしばらくしたら帰ります。」


男:「帰って、それで明日もここに来るつもりなんですか?」


女:「・・・はい。」


男:「なら、今後も会うことがあるでしょうね。せっかくだから、仲良くしましょうか。

こんな廃神社に足繫く通う物好きなんてそうはいないですから、もしかすれば気が合うかもしれません。

・・・では。」


女:「あ、あの」


男:「はい?」


女:「・・・最後に一つだけ」


男:「なんでしょう。」


女:「・・・貴方は、人を殺したことがありますか?」


男:「物騒な質問ですね。」


女:「・・・。」


男:「・・・いいえ、ありませんよ。人を殺したことなんて。」



女M:「男は青白い顔に笑みを浮かべながらそう答えた。

眩しいのにどこか薄暗い陽光の中、黒いスーツがやたら目立つ男の背を見送る。


あの男が15年前の男だという確信はない。

私の知っている男はあんな笑顔を浮かべてにこやかに話す人間ではなかった。

もしかしたら本当に違うのかもしれない。


でも、それでも何の感情も映していない、あの目だけは同じだから。

あの暗闇の奥に何があるのか。

それを知ることができれば私はきっと楽になれるから。


その晩、夢を見た。母の夢だ。

母が好物のハンバーグをつくってくれたのが嬉しくて、思わず母に抱き着くと綺麗な手で私を撫でてくれるそんな夢。

そのあと、母は私にこう言うはずだ。

「良い子ね。ママも大好きよ。」と。

でも、その声を聞く前にいつも目を覚ましてしまうのだ。

唯一の私物である、母が買ってくれたクマのぬいぐるみを抱きしめる。

母のぬくもりが残っている気がして、少しだけ幸せな気持ちになった。」

 

================================



(三日後、神社にて。)


男:「ああ、また会いましたね。」


女:「あ・・・、こんにちは。」


男:「尋ね人には会えましたか?」


女:「・・・。」


男:「その様子だと、まだみたいですね。」


女:「・・・今日もまたお仕事ですか?」


男:「ええ。まあ、忙しいのはこれからですがね。お客さんも夜のほうが活発なので。」


女:「夜、ですか。」


男:「はい。

・・・それにしても、今日は冷えますね。」


女:「そうですね。もう秋もお終いなのかもしれません。」


男:「はやいもんですね。つい最近まで冬だなんてまだまだ先のことだと思っていたんですが。」


女:「・・・。」


男:「・・・本当に毎日、ここにいるんですね。」


女:「そう、ですね。」


男:「お仕事は?」


女:「今は働いていません。」


男:「ご家族はいらっしゃるんですか?」


女:「家族・・・?」


男:「ええ。この町に来ることを伝えているなら心配なさるんじゃないですか。」


女:「・・・どうでしょう。分かりません。」


男:「・・・まるで、全部捨ててきたような言い方ですね。」


女:「それで合っていますから。

・・・荷物も何もかも置いてきたんです。」


男:「・・・。」


女:「何にもないんです。テレビも携帯も。だから今は明日の天気さえも分かりません。」


男:「それは、不便な暮らしですね。」


女:「あ、でも、一つだけ。くまのぬいぐるみだけは一緒に連れて来たんです。」


男:「・・・ぬいぐるみ?」


女:「母が、麻薬に手を出す前に買ってくれたんです。少し大きめの子だから、お外には連れていけなかったけど、家にいる時はずっと一緒にいました。」


男:「・・・。」


女:「もしかしたら、お詫びの品だったのかもしれませんね。」


男:「お詫び、ですか。」

 

女:「あの子を買ってからすぐのことでしたから。

・・・母は優しかったんですよ。とっても。」


男:「優しい?クスリをやるような人間がですか?」


女:「母は違うんです。

母は・・・仕方がなかったんです。

・・・母を苦しめたのは私のせいでもあるから。」


男:「・・・。」


女:「私がまだ小さかったころ、父が不倫して家を出て行ってしまったんです。

それでも母は一人で私を育ててくれました。頼れる人もなく、ずっと一人で・・・それで、クスリに手を出してしまったんです。

以来、母は段々と変わっていきました。食欲がなくなって、痩せて、胸が痛いって苦しむようになったと思ったら、人が違ったみたいに暴力的になりました。

お前がいるから不幸なんだ、お前がいるから父は不倫したんだって。どうして産んだんだか分からない、とか。

・・・母も苦しかったんだと思います。」


男:「だから、仕方がなかったと?

・・・面白いことを言いますね。」


女:「え?」


男:「自業自得なんですよ。アレをやる人はみんな。」


女:「自業自得?」


男:「そうでしょう?

どんな理由があるにせよ、結局自分が楽になるため、逃げるために手を出すんです。それ以外のことには目も向けずにね。

同情する余地なんてありません。貴女も庇うことなんてないんですよ。実の親だろうと何だろうと。」


女:「そんなこと・・・。」


男:「では、貴女のお母様はなぜ麻薬に手を出されたんですか?」


女:「それは・・・っ」


男:「なぜ子供への愛情があるにも関わらず、クスリに逃げたんですか?」


女:「お母さんは私をちゃんと愛してくれました・・・っ!」


男:「・・・。」


女:「・・・。」


男:「失礼、少々立ち入りすぎましたね。」


女:「・・・どうして、貴方はそう思うんですか?」


男:「・・・しょっちゅう見てるからですよ。そんな親の姿をね。

まあ・・・おかげで商売が成り立っているわけなので、ありがたい限りですが。」


女:「え・・・。」


男:「そういうことです。驚かれました?」


女:「・・・いえ、何となくそんな感じがしたから。」


男:「そうですか。だとしても、意外にあっさりした反応ですね。

私に対して恨み言の一つや二つ、ぶつけていてもおかしくないでしょうに。」


女:「恨み言・・・?」


男:「貴女の大事なお母様を壊してしまったクスリを捌いて、金を儲けてるんです。憎いとは思わないんですか?」


女:「憎い・・・?」


男:「殺したいほどに憎んで当然でしょう。好きなだけ恨んでいただいて構いませんよ。」


女:「・・・なんで・・・?」


男:「どうかしました?」


女:「どうして、私は貴方のことを恨めないんでしょう・・・?」


男:「それは・・・私に聞かれても返答に困りますね。」


女:「・・・。」


男:「・・・そういうわけで、お先に失礼します。今日も忙しいので。」


女M:「相変わらず真っ黒な目をした男の背中が遠ざかる中、冷たい石畳に座り込んで、止まっていた息を吐きだした。


あの男が母を殺した男だったとして。

なぜ、私はあの男のことを恨めないのだろうか。

分からない。

ぐちゃぐちゃになった感情で喉が塞がれる。


優しい母が殺された。

大好きだった母が殺されたのに。

それなのにどうして。

一瞬、何かが頭をよぎったが私はそれから目を逸らした。


母が死んだときも、それ以降も泣くことのなかった乾いた目に空を映す。

この世から切り離されたような静けさのなか、ただただ色が少しずつ混ざってどんどん暗くなっていく空が広がっていた。」



================================


(数日後)


男:「こんばんは。」


女:「・・・こんばんは。」


男:「・・・。」


女:「・・・今日は“こんばんは“なんですね。」


男:「ああ・・・。いつもより暗いので。」


女:「・・・今日もクスリを売りに行くんですか?」


男:「ええ。最近は特に忙しいですね。」


女:「ちゃんと寝てますか?」


男:「ええ、まあ。寝てないように見えますか?」


女:「・・・顔色が悪いような気がして。」


男:「元々でしょう。

まあ、確かに疲れているせいもあるかもしれません。寒くなってくるとクスリの売れ行きが良いんです。なぜでしょうね?」


女:「・・・気が滅入るからですかね。

あと、何だか心臓がぎゅっとしませんか?」


男:「どういうことです?」


女:「秋から冬にかけての空って。

特に色が混ざって暗くなっていくのを見ていると。

・・・私にもよく分からないけれど。」


男:「ふっ、なんですか、それ。

・・・まあ、そういう人がいるから売れるのかもしれません。」


女:「・・・。」


男:「この辺りは大丈夫でしょうが、貴方みたいな普通のお嬢さんは早く帰ったほうがいい。暗くなると危ないですよ。

大通りはまだしも、裏通りには行くべきではありません。」


女:「大通り・・・。」


男:「はい?」


女:「あまりこの町は変わっていないけど、大通りは変わりましたね。」


男:「ああ・・・。

数年前にこの町を変えようと頑張ったお偉いさんたちがいるんです。その時に駅前から大通りかけて大分変わりました。」


女:「綺麗になっていてびっくりしました。流行りのお店とかもあって。」


男:「一見、いい町に見えますよね。

ですが、努力の甲斐も虚しく他はそのままです。」


女:「でも、懐かしい場所もたくさん残ってて少し嬉しいです。」


男:「そんな風に思う場所があるんですか?」


女:「大通りのファミレスとか・・・。

昔、父と母と3人で行ったことがあるんです。」


男:「ファミレス?」


女:「父は元々あまり家に帰ってくるような人じゃなかったし、結局不倫して出て行っちゃったから。

それが唯一覚えている、家族3人での思い出なんです。」


男:「ろくでもない父親ですね。」


女:「でも、母が亡くなった後、私を引き取ってくれたんです。

・・・新しい家族もいたのに申し訳ないことをしました。」


男:「・・・。」


女:「もちろん、母を裏切ったのは許せません。でも、感謝はしているんです。

普通の暮らしを送ることができましたし、衣食住に困ることなく恵まれた環境に置いてもらえたから。」


男:「・・・そうですか。」


女:「思い出の場所と言えば・・・、この神社もそうです。」


男:「もう神社としては存在できていませんけどね。」


女:「・・・この神社はいつから廃墟に?」


男:「10年ほど前かと。参拝客もいなくなって管理人も失踪し、朽ちてこの有様です。」


女:「子供の頃よく来たんです。日が沈むぎりぎりまでここにいました。」


男:「そんなに楽しい場所だとは思えませんが。」


女:「ただ時間を潰せればそれでよかったから。よく落ち葉で動物を作ったりして遊んでいました。

ここ、綺麗な色の落ち葉がたくさんあるから。」


男:「・・・。」


女:「・・・怖い人たちがクスリを売りに来た時とか、母がおかしくなってしまった時とかに来てはずっとつくっていました。」


男:「・・・なぜ、ここだったんですか?」


女:「え?」


男:「時間を潰すなら他にも良い場所があったでしょう?」


女:「・・・神様が守ってくれるんじゃないかって。」


男:「神様、ですか。」


女:「母がおかしくなってからは毎日来てたんです。神様がどうにかしてくれるってそう思って。

・・・もういなくなっちゃったでしょうね。こんな有様じゃ。」


男:「・・・いたら困りますね。そんなもの。」


女:「どうしてですか?」


男:「嫌いだからです。」


女:「嫌い?」


男:「だって、見ているだけでしょ。貴女ははあるんですか?神に救われた経験でも。」


女:「・・・。」


男:「・・・そもそもそんなもの、いるはずがないんですがね。」



女M:「何の感情も読み取れない小さな小さな声がぼそりと耳をうつ。

私は秋深くなっていくにつれてどんどん遠く、暗くなっていく空を見上げることしかできなかった。

橙と紺が混ざった淡い暗い冷たい空。


この日の夜、私はいつもと違う夢を見た。

私は神社にいて、目の前には母が立っている。

いつもの優しい笑顔を浮かべているのに、母は私に何かを必死に伝えようと口を動かしていた。

その不釣り合いな表情と動作が怖くて、でも母の願い事を叶えたくて耳を澄ますのに何を言っているのか聞こえないのだ。


聞こえない?

本当に?

聞きたくないから私は」


女:「・・・っ!!」


女:「そこで目を覚ました。

激しい動悸を抑えるように背中を丸める。

悲しいのか、苦しいのか、怒っているのか。ぐちゃぐちゃになった感情で目の前が滲む。

よろよろと洗面所に向かい顔を洗う。

鏡に映った自分と目が合った瞬間、私はどうしようなく泣きたくなった。


このまま、ここにいたらだめだ。


簡単なものに着替えて外に出る。

ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、歩き出した。

少しだけ、少しだけ散歩したら帰ろう。

でも、それが間違いだったのだとすぐに気づいた。」


男:「お客さん、いい加減にしてくださいよ。」


女M:「細い路地から聞き覚えのある声が聞こえてきた。」


男:「それを返すか、お代を払うかのどちらかしかないんですよ。わかりませんか?

私、話の通じない人間がこの世で一番嫌いなんです。なんなら言葉よりももっとわかりやすいモノをお見せしましょうか。」


(銃を相手の額に押し付ける。)


女:「・・・っ!!」


男:「どうでしょう。ご理解いただけましたか?これでも理解できなければ、そのクスリに浸りきった頭、いりませんよね?

・・・たしかに頂戴しました。毎度ありがとうございます。それでは。」


女:「あ・・・っ」


(男は銃をしまうと踵を返しこちらへと向かってきた。

咄嗟に逃げようとしたが体は動かず、足がもつれ派手に転んでしまう。)


男:「・・・。」


女:「いた・・・っ」


男:「・・・なにをしているんですか?」


女:「え、あ・・・」


男:「とりあえず、どうぞ。そのままそこに座り込んでいるわけにもいかないでしょう。」


女:「・・・っ。」


男:「どうぞ。」


女:「・・・ありがとうございます。」


男:「こんなところで何をしていたんですか?」


女:「あ、あの、眠れなくなってしまって・・・。少し散歩を。」


男:「散歩、ですか。いいですね。」


女:「は、はい。」


男:「と、でも言うと思ったか?」


女:「・・・っ。」


男:「なにが散歩だ。ああ!?この町はあぶねえっつったろうが!!

てめえの暢気のせいで死ぬような目に遭っても誰も助けちゃくれねえんだぞ!!

神様が救ってくれるとでも本気で思ってんのかてめえは!?」


女:「・・・っ!!

・・・ごめんなさい。」


男:「(ため息を吐く)

 すいません、言い過ぎました。」


女:「・・・。」


男:「でもこれで本当に分かったでしょう?」


女:「・・・はい。」


男:「・・・それで、眠れないんでしたよね?」


女:「え、あ、はい。」


男:「なら、少し付き合ってくれませんか?」


女:「どこに・・・?」


男:「腹が、減ったんです。」



================================


(真夜中の神社の境内)


女:「・・・。」


男:「・・・なんですか?不思議そうな顔をして。」


女:「なんだかそういったものを食べているのが不思議で。」


男:「そうですか?ただのおにぎりですよ。コンビニの。」


女:「そうなんですが・・・。」


男:「・・・すいませんね。またいつもの神社にお連れしてしまって。

本当はどこか店に入ることができれば良かったんですが、この時間に開いている店で碌なところが思いつかなくて。

大通りのファミレスでもいいかと思ったんですが、私と一緒だと居心地が悪いでしょうから。」


女:「別にそんな・・・。

・・・それだけで足りるんですか?」


男:「あまり食べたいわけでもないので。」


女:「でも、さっきお腹が空いたって。」


男:「もともとそんなに食べる方じゃないんですよ。

ああ、こちらどうぞ。先ほどのお詫びです。」


女:「え、これ・・・」


男:「気に食わなかったですか?甘いものなら喜ぶかと思ったんですが。ああ、でも少し子どもっぽかったですかね。」


女:「違うんです。これ、子供のときから好きなお菓子で・・・。

あ、でも、大丈夫です。お詫びだなんて私が悪かったんですから。」


男:「まあ、夜中にのこのこ散歩してたのは感心しませんが、余計に目を覚まさせてしまったでしょうし。」


女:「え?」


男:「寝付けなくて歩いていたのに、あんな目に遭ったんですから。

あんな場面に居合わせたのも、私に怒鳴られたのも怖かったでしょう?」


女:「それは、怖かったですけど・・・。

でも、貴方が怒ったのを見て少し安心、したんです。」


男:「・・・どういう意味です?」


女:「なんというか、言葉にするのは難しいのですが、何の感情も持っていなさそうだから。」


男:「心外ですね。私、人と話すときはにこやかでいようと心がけているつもりなのですが。」


女:「目」


男:「目?」


女:「何も映っていない影みたいな目だから。」


男:「・・・なかなか言ってくれますね。」


女:「・・・。」


男:「・・・。」


女:「その・・・眠れなくなったのは母の夢を見たからなんです。」


男:「夢、ですか?」


女:「この神社に母が立っているんです。ちょうど・・・この辺り。境内の真ん中ぐらいに。

・・・15年前、母が殺された場所です。」


男:「・・・。」


女:「それで、私に何かを必死に伝えてくるんです。でも、私には何も聞こえなくて。

・・・何て言っているんでしょうね。」


男:「・・・知りませんよ。そんなこと。」


女:「殺したのは、母にクスリを売りに来きていた若い男の人でした。

一言も喋らなくて、無表情で、何を考えているのか分からない人。

いつも、大きなおじさんと二人で来るんですけど、その人は暗い目をしたまま後ろに立っているだけなんです。」


男:「・・・それで?」


女:「・・・母が亡くなった時のことを私はあまり覚えていないけど、その人の目だけは覚えているんです。

・・・恨むことも、忘れることもできなかった。

いつからか、あの暗闇の中に何か隠されているような気がして、記憶の中で何度も見つめて探すようになりました。

思い出すと苦しくて、苦しくて仕方がなくなるのに。でも、それでも私は見つけたかったんです。

・・・そうしたら、楽になれる気がするから。どうして苦しいのかも分からないのに。」


男:「・・・無いんですよ。きっと何にも。ずっと見つかってないんでしょう?」


女:「でも、私は」


男:「貴女も、何か恨むことができれば楽でしょうにね。」


女:「・・・。」


男:「私は恨んでますよ。あの麻薬に関わる人間全員。

売人も、この町も。クスリに手を染めた両親も。」


女:「え・・・?」


男:「あのクスリに手を出せば、必ず死ぬ。

それを承知の上でなお、手を出すんですよ。残される側のことなんて何も考えずに。

・・・さっきの客にだって、子供がいるんです。あれでもね。」


女:「・・・。」


男:「子供のことを考えれば、そんな親が死んで良かったとも言えるかもしれません。

ですが、こんな町で拠り所を失った子供が、真っ当に生きて行くのは難しいでしょう。

・・・貴女はどうか知りませんが、そんな子供を私は何人も見てきました。」


女:「貴女の親もクスリを・・・?」


男:「ええ。もう何十年も前の話ですが。」


女:「じゃあ、そんな貴方がどうして」


男:「生きるためですよ。」


女:「生きるため・・・?」


男:「そのために裏社会に足を踏み入れたんです。

私には親戚もいなかったので、しばらくは施設で暮らしましたが、あまり居心地のいい場所ではなかったものですから。」


女:「・・・。」


男:「・・・何です?」


女:「辛かっただろうなって・・・。」


男:「・・・まるで他人事ですね。」


女:「私は辛くなんてないです。」


男:「・・・そうですか。」


女:「確かに引き取られた先に居場所も愛情なんてものもなかっただろうけど、恵まれた環境で苦労なく大人になることができました。

それに・・・、私は母に愛されていた思い出がちゃんと残ってたから。

だから幸せな方なんだと思います。きっと。」


男:「幸せ、ですか。」


女:「はい。

でも・・・だからこそ、分からないんです。

苦しいなんておかしいのに、私は暗闇から何をみつけて、楽になろうとしているんだろうって。」


男:「・・・なら、よく見てみますか。」


女:「え?」


男:「私の目でよければ、ですが。」


女:「・・・。」


男:「・・・なにか見つけられそうですか?」


女:「・・・分かりません。でも」


男:「でも?」


女:「なんだか泣きたくなります。」


男:「・・・。」


女:「・・・。」


男:「貴女はお母さんに愛されていたんですよね。」


女:「・・・はい。」


男:「どんな人だったんですか?」


女:「料理上手で、優しい自慢のお母さんです。」


男:「そうですか。」


女:「特にハンバーグが好きでした。

・・・食べたいな。お母さんのハンバーグ。」


男:「・・・。」


女:「・・・。」


男:「・・・”幸せになってね。”」


女:「え?」


男:「夢の中で、お母さんはそう言ってたんじゃないですか。」


女:「幸せに・・・?」


男:「所詮夢は夢ですし、実際のとこは分かりませんが。」


女:「・・・。」


男:「でも、貴女のお母さんは貴女のことを愛していたんでしょう?

だったら、伝えたいことなんて大体そんなもんですよ。」


女:「・・・そっか。」


男:「ええ。

お母さんからもらった愛情を胸に今まで生きてきたのなら、これからも生きていけますよ。

こんな町からはとっとと離れて、幸せに生きていくべきだと思います。お母さんの為にも。」


女:「・・・お菓子。」


男:「はい?」


女:「・・・貴方が買ってくれたそのお菓子を、お母さんもよく買ってくれたんです。」


男:「そうでしたか。」


女:「・・・やっぱりもらってもいいですか?」


男:「ええ、どうぞ。」


女:「ありがとうございます。これ、開けるとおみくじが入っているんですよ。」


男:「知っています。ずっと昔からあるお菓子ですから。」


女:「・・・開けてもいいですか?」


男:「どうぞ。」


女:「あ、みてください。」


男:「大吉ですか。」


女:「ふふっ、ちょっと嬉しいですね。

子供の時は、大吉がでますようにってお願いしながら開けていました。

ただのおみくじだから何かあるわけじゃないけど、何だか神様が大丈夫だよって言ってくれている気がして。」


男:「分かりますよ。」


女:「え?」


男:「・・・私も昔は、神頼みばかりしていた子供でしたから。」



女M:「そういった男の目に少しだけ揺れる感情が見えた気がして息を呑む。

でもそれは一瞬で消えて、また暗闇の中へと沈んでいった。


この男は裏社会の人間である。

母を殺した男である。

そんなことよりも、この人も麻薬で親を亡くしたんだという事実に、どうしようもない繋がりを感じて手繰り寄せたくなった。


冬の匂いを運んでくる冷たい風が通り過ぎる。


一体私はこの人の目の中に何を見ているのだろうか。

分からない。

だから、私はまだこの町から離れるわけには行かない。

簡単に千切れそうなこの繋がりを結んで離してはいけない。


夜明け前に再び眠りについたとき、また母の夢を見た。

何度も見る夢。

母が好物のハンバーグをつくってくれたのが嬉しくて、思わず母に抱き着くと綺麗な手で私を撫でてくれるそんな夢。

でもやっぱり、「良い子ね。ママも大好きよ。」という言葉は聞けなかった。

それでも母は頭を撫でてくれた。ふわふわとしたぬいぐるみみたいな手だった。」


================================


(数日後)


男:「こんばんは。」


女:「あ、こんばんは・・・。」


男:「そんなところにしゃがみこんで、なにをしているんですか?」


女:「あ、あの・・・、あまり上手じゃないけど・・・。」


男:「・・・落ち葉?ああ、前に言っていた・・・」


女:「子供のとき以来だったけど、やり始めたら結構楽しくて。

画用紙とかじゃなくて地面でごめんなさい。見づらいですよね。」


男:「・・・色々とつくったんですね。」


女:「なにをつくったか分かりますか?」


男:「そうですね・・・。」


女:「あ、これとか分かりやすいかもしれません。」


男:「・・・魚?」


女:「そうです。この子は上手につくれたんですよ。」


男:「こっちは何ですかね・・・。カニ?」


女:「正解です。」


男:「これは・・・猫、ですか?」


女:「これは狐です。」


男:「狐、ですか。」


女:「見えませんか?」


男:「言われてみればそう見えるような気もします。

でも、猫にもウサギにも見えますね。」


女:「うさぎ・・・。ああ・・・、確かにそうですね。」


男:「この耳の部分をこちらに変えてみたらいいんじゃないですか?」


女:「どうやって?」


男:「これを・・・こうして、ああでもこっちのほうがいいか・・・。」


女:「あ、じゃあ、ここの葉っぱをこれに変えてみるのは?」


男:「ああ、いいですね。それで・・・。あ、見てください。・・・もう少し傾けて、ほら。」


女:「あ、狐になった・・・。」


男:「ええ。」


女:「・・・ふふっ。」


男:「どうされました?」


女:「楽しいですね。誰かと一緒につくるのは・・・。いつも一人だったから。」


男:「楽しい、ですか。」


女:「はい。」


男:「・・・そうですね。楽しいのかもしれません。」


女:「・・・。」


男:「・・・。」


女:「お母さんともやったことがないんです。ここにも一度しか来たことがないし。」


男:「・・・。」


女:「いつも通りここにいたら、お母さんが急に来たんです。今まで来たことなんてなかったのに。

でも、なんだか優しくて。笑っていてそれで・・・、それで私に」


男:「そういえば」


女:「・・・っ。」


男:「来週あたり真冬並みに寒くなるらしいですよ。」


女:「そうなんですか?

・・・知りませんでした。」


男:「でしょうね。だから、教えてさしあげたんです。

・・・いつまでもここにいては体を壊しますよ。」


女:「でも、私は丈夫ですから。」


男:「そうですか。」


女:「・・・冬には雪が降ったりもするんですかね。」


男:「さあ、どうでしょう。」


女:「雪が降ったときは、ここで雪ウサギもつくっていました。」


男:「雪ウサギですか。」


女:「はい。

南天の実があるから目もばっちりつくれるんですよ。」


男:「そうなんですね。

・・・っ!」


女:「・・・どうかしました?」


男:「いえ・・・。そういえば、作ったことがないと思って・・・。(若干苦しそう)」


女:「いつか一緒に作れたらいいですね。」


男:「・・・は、はは。それは楽しそうですね・・・。」


女:「あ、あの・・・、どうしたんですか?」


男:「い、いえ。すいません。少し・・・」


女:「・・・胸が痛いんですか?」


男:「・・・だめですね。疲れがでてきたみたいで。もう若くはないってことなのかもしれません。」


女:「本当に・・・?本当にそれだけですか?」


男:「大丈夫ですよ。もうなんともありませんから。」


女:「でも、その苦しみ方は」


男:「違いますよ。」


女:「違うって・・・」


男:「すみません、もう行かないといけないんです。今日も忙しいので。」


女:「待ってください・・・!」


男:「貴方は見なくていいんですよ。」


女:「え・・・?」


男:「・・・見なくていいんです。貴女は何も。」


女:「・・・。」


男:「私はこの通り、なんともありませんので。

貴女もはやく帰った方が良いですよ。

・・・もうここにいる意味もないでしょうし。」


女:「そんなことありません。だって、私はまだ・・・」



女M:「貴方の目に何があるのか分かっていないのだから。

貴方との繋がりを手放したくないのだから。


そんな言い訳じみた言葉を口にすることはできなかった。

母と同じ苦しみ方をする男に私は何も言えなかった。


私はまた見たくないものから目を背けて、なかったことにするんだろうか。」



================================



男:「こんばんは。」


女:「・・・こんばんは。」



女M:「その後も男は何事もないように、いつも通りこの場所に来ては去っていく。

どんどんと弱っていく男には気付かないように、私はまた目を背け続けた。


でも、夢だけは違った。

夢だけは目を背けることを許してはくれなかったのだ。

母が頭を撫でてくれる夢も。

夕暮れの部屋の中、母が呪詛のように呟き続けている夢からも。


”お前がいるから不幸なんだ”

”お前がいるから父は不倫したんだ”

”どうしてお前みたいなのを産んでしまったのか。”


私は何も言わずその言葉を聴いている。

いつも一緒だったクマのぬいぐるみの姿はそこになかった。


目を覚ました時、私は決まってあの人に会いたくなる。

居心地が良すぎたのだ。

神様さえもいない神社で、あの人と一緒にいるのは。

だから、私は千切れそうな繋がりから手を離すことができなかった。

本当は離すべきなのに、それすらも気づかないふりをして。」



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男:「・・・こんばんは。」


女:「こんばんは・・・。

・・・どうしたんですか?その怪我」


男:「寄らないでください。」


女:「・・・っ。」


男:「これ、私の血ではないんです。少し客に腹が立ってしまって。」


女:「え・・・?」


男:「・・・どうしても、感情がコントロールできなくなるんです。」


女:「・・・。」


男:「こうなったら、もう駄目でしょうね。」


女:「どうして・・・」


男:「本当は貴方には知られたくなかったんですよ。

でも・・・、もう無理でしょう?」


女:「・・・何がですか?さっきから何の話をしているんですか?」


男:「こればっかりは見てくれないと困りますよ。」


女:「・・・っ。」


男:「私も勝手なことを言っていますよね。見なくていいと言ったり、見ろと言ったり・・・。」


女:「・・・いつから?」


男:「貴女と会う前からです。」


女:「顔色が悪かったのも、食欲がなかったのもぜんぶクスリのせいだったんですか・・・?」


男:「ええ。」


女:「なんで・・・、なんでそんなことをしたんですか?」


男:「・・・私も楽になりたかったのかもしれません。」


女:「楽に・・・?」


男:「深い理由なんてないんですよ。

・・・滑稽ですよね。

私も結局、あんなにも恨んでいた両親と同じことをしているんですから。

・・・・貴女ははやくこの町から出て行ったほうがいい。今の私のようになる前に。」


女:「・・・いいんです。」


男:「・・・。」


女:「それでもいい。貴方がここにいてくれるなら何でもいい。」


男:「・・・なにを言っているんです?」


女:「貴方の傍は居心地がいいんです。

・・・同じだから。」


男:「同じ、ですか。」


女:「・・・はい。」


男:「同じなわけないでしょう?」


女:「・・・っ」


男:「貴女はまだ戻れます。

・・・言ったでしょう。貴女のお母さんだってそれを望んでいるはずだと。」


女:「・・・。」


男:「多いんですよ、悲しいことに。親だけではなく、その子供まで麻薬に手を染めてしまうことって。

・・・特にこの町に居続けているとね。

貴女までそうなったら、お母さんが悲しみますよ。大切なお母さんなんでしょう?」


女:「大切・・・?」


男:「・・・私の場合、こうなったところで悲しむ親もいませんし、それに今はやってよかったとも思っています。」


女:「・・・。」


男:「ずっと気になっていたんです。

あの時、両親はどんなふうに死んだんだろうかって。」


女:「え・・・?」


男:「私は誰かの手を借りるつもりはありませんが、どんなに苦しんで死んでいったのか知りたかったんです。

だから後悔はしていないですよ。」


女:「・・・。」


男:「・・・そう悪い人生でもなかったですしね。」


女:「・・・。」


男:「・・・なにを泣きそうな顔をしているんですか?親を殺した男に見せる顔じゃないでしょう。」


女:「貴方だって、どうしてそんな悲しそうな目をしているんですか?」


男:「・・・。」


女:「どうしてそんなに悲しそうで、寂しそうな目をしているんですか・・・?」


男:「・・・気のせいですよ。」


女:「・・・。」


男:「私は貴方に会うことも、ここに来ることも、もう二度とありません。

・・・さすがに昔殺した女の娘まで手にかけたくありません。」


女:「・・・っ。」


男:「あり得る話でしょう?

・・・はやくここから出て行ってください。

貴女は私とは違う。

幸せになってと、願ってくれている人がいるんですから。」


女:「・・・いません。」


男:「・・・。」


女:「そんな人なんていません。だって私のお母さんは・・・」


男:「・・・。」


女:「私は・・・、私のお母さんは・・・。

分からない。どうして私・・・」


男:「・・・貴女はちゃんと物事を見るのが下手くそだから、良いことを教えてあげます。」


女:「え・・・?」


男:「貴女のお母さんは貴方をちゃんと愛していました。」


女:「・・・。」


男:「だけど、辛いことがあって私たちに付け込まれ、クスリに手を出してしまった。

最終的に金を払えず、幼い貴女の前で私に殺された。

けれど、今も貴女のお母さんは貴女の幸せを願っています。」


女:「・・・っ。」


男:「これが貴女が見るべき事実です。貴女は私を恨んでいい。

そうしたら・・・、きっと楽になれますよ。」


女:「・・・。」


男:「・・・もう行きますね。

・・・さようなら、どうかお元気で。」



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女M:「こうして、手繰り寄せた繋がりはいとも簡単に千切れたのだ。

あの日以来、男は本当に姿をみせなくなった。


毎日、繰り返し繰り返し、男の言葉を呟く。

私はお母さんに愛されていた。

そうだ。だからきっと私は幸せ者なんだ。

私はお母さんを殺した男を恨むべきなんだ。

ほら、大丈夫。

見たくないものから目を背けるのは私の特技だから。

こうやって私はまた逃げるんだ。

本当は分かっているのに。


急に息ができなくなる。

顔を上げると、鏡の自分と目が合った。

それは男と同じ暗闇のような、寂しそうな悲しそうな目だった。


目を背けそうになるのを堪える。


どうしてそんな目をしているの?

私はあの人と違うのに。あの人よりも幸せなのに。

寂しくなんてない。だって私はお母さんに愛されていたんだから。

ほら、お母さんも良く言ってたでしょう。」


女:「・・・良い子ね。ママも大好きよ。」


女M:「そんな言葉が自分の口から零れ落ちたとき、私はぜんぶ見てしまった。

苦しい。

呼吸が上手にできない。

でも、身体は勝手に動く。

傾き始めた陽光に照らされる暗い町をただただ走ってあの人を探す。


あの人に会わないと。

会って謝らないと。

15年前、とてつもないものを背負わせてしまったことを。」



女:「(息を切らして走ってる)

ここにもいない・・・。どこにいるの・・・。」


男:「・・・。」


女:「あ・・・、やっと見つけた・・・っ。

・・・っ!!」


(男の目の前には倒れたまま動かない人の姿。

男は拳銃を向けている。)


男:「・・・なんで、まだここにいるんですか?」


女:「なにを、しているんですか?」


男:「見て分かるでしょう?このお得意さんを殺すんですよ。

こいつを弾けば終いです。・・・結構簡単なんですよ、人を殺すのって。」


女:「・・・っ。」


男:「まあこの客は殴り続けてもなかなか死なないんで少し骨が折れましたが・・・。」


女:「どうしてそんな・・・」


男:「どうして・・・?だってこうすれば、少しは楽になれる気がするでしょう。」


女:「え?」


男:「この客にも子供がいるんですよ。」


女:「・・・。」


男:「ずるいですよね。・・・こんなモノに手え出して、てめえが楽になることだけ考えてるんですよ。

残された方はどこにも逃げ場なんてなくて、だから必死に縋るしかない、求めるしかないってのに・・・。」


女:「・・・。」


男:「恨もうが求めようがどうしようもない。あいつらは先に逃げたんだ・・・!

楽になりたいからヤクやって、死にたくなったらとっとと死んで・・・。

俺たちは苦しいまま、それでも生きてくしかなかったってのにな!!

挙句に死にてえって願いまでこっちに寄せて、クソみてえなもん背負わせて!!

その前に終わらせてやればよかったんだ・・・!!こいつもそうなる前に」


女:「やめてください・・・!!」


男:「離せ・・・っ。」


女:「嫌です・・・!!」


男:「ならお前が先に死ぬか!?」


女:「それで貴方が救われるならそれでもいいです!でも・・・っ」


男:「・・・。」


女:「でも、だったらどうしてそんなに手が震えているんですか・・・?」


男:「は・・・?」


女:「・・・15年前も貴方は震えていましたよね。」


男:「・・・。」


女:「それなのに、貴方はお母さんを殺してくれました。」


男:「・・・っ。」


女:「これ以上そんなもの背負わないでください…。

・・・それに、今その人を殺しても楽になんてなれませんよ。きっと。」


男:「だったら・・・俺たちはどうすりゃ楽になれる・・・?」


女:「・・・分かりません。

でも、苦しくて仕方ないのは・・・きっとなくならないと思います。」


男:「・・・。」


女:「・・・寂しいですよね。

・・・苦しいですよね。」


男:「・・・。」


女:「・・・私もお母さんとお父さんに愛されたかった。」


男:「・・・っ。」


(膝をつく男)


女:「大丈夫ですか・・・?」


男:「はは・・・っ、思ってたよりも、苦しいもんだ・・・。

・・・すいませんね。感情の抑えが利かなくって・・・。」


女:「・・・。」


男:「お願いがあるんです。」


女:「・・・はい。」


男:「あの神社に一緒に来てもらえませんか?」


女:「・・・いいですよ。」


男:「そこで・・・、」


女:「・・・。」


男:「・・・俺を、殺してください。」



女M:「それは15年前のあの日、お母さんから言われた本当の言葉だった。」



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(夕暮れ時の神社)


女:「・・・神社、着きましたね。」


男:「・・・。」


女:「大丈夫ですか・・・?」


男:「・・・。」


女:「・・・座りましょうか。」


男:「・・・すみません。」


女:「辛ければ、私に凭れても大丈夫ですから。」


男:「・・・。」


女:「貴方よりも大分小さいけれど、ないよりは良いでしょう?」


男:「・・・ありがとうございます。」


女:「・・・。」


男:「・・・。」


男:「昔、俺もよく来てたんです。」


女:「・・・。」


男:「どうかお願いします、助けてくださいって、お祈りばかりしてました。」


女:「・・・私もずっとそう願っていました。」


男:「でも、・・・結局助けちゃもらえず、逃げ道を失った俺は、自分の親を手にかけたんです。


貴女と同じように、殺してくれと懇願されてね。」


女:「・・・そうだったんですね。」


男:「両親が麻薬に手を染めたのは、俺が10歳かそこらの時でした。

元から碌でもない人間で、前住んでた町での借金が返せずに、この町まで夜逃げしてきたんです。

それからすぐにクスリをやりはじめて、堕ちて行くのはあっという間でした。

・・・でも、俺はまだどこか期待していたんですよ。

両親の言う通りにすれば、褒めてくれるんじゃないかって。愛してもらえるんじゃないかって。

だから、願いを叶えてあげたんです。・・・馬鹿ですよね。死んだら何にもできないのに。」


女:「・・・分かりますよ。私もそう思っていたから。

でも、私にはできなかった。叶えたいのに、怖くてできなかったんです。」


男:「・・・。」


女:「お母さんは父のことがとにかく大好きだったんです。

ハンバーグも父が好きだったからよく作ってくれただけで、元々私のことなんてどうでもよくて・・・。

父が出て行った後は、クスリをやる以前から暴力を振るわれました。」


男:「・・・。」


女:「・・・クマのぬいぐるみをお母さんに見立ててよくおままごとをしていました。

ハンバーグをお母さんが作ってくれて、嬉しい、ありがとうって抱き着いて、それでぬいぐるみの手を動かして自分の頭を撫でるんです。

“良い子ね、ママも大好きよ”って。

いつか言われたいなって、そう思っていました。

殺すことができれば、言ってくれるんじゃないかって・・・。でも、できなかった。」


男:「・・・」


女:「・・・どうしてあの時、代わりに殺してくれたんですか?」


男:「・・・昔の自分を見ているようだったから。」


女:「・・・。」


男:「15年前はちょうど生きるために組に入って、ヤクに関わり始めた頃でした。

まだ若かった俺は兄貴分に連れられて、貴女の母親に売りに行ったんです。

・・・貴女はいつも飯代わりにお菓子を食べているのか、同じお菓子のゴミに囲まれていつもクマのぬいぐるみと一緒にいました。」


女:「・・・そうですね。懐かしい。」


男:「その時は、よくある光景だとしか思いませんでした。

でも、この神社で見かけてからは、昔の自分と重ねてみるようになったんです。」


女:「あんなに震えていたのは・・・?」


男:「・・・当たり前ですがね。人を殺すのって、恐いことなんですよ。」


女:「・・・。」


男:「親を殺して以来、眠れなくなりました。

眠ろうとすると、その時の記憶が呼び起こされるんですよ。

死に際の両親の顔。

刃物が皮膚に、肉に沈んでいく感覚が。」


女:「・・・っ。」


男:「・・・そんなものを背負ったら、幸せになんてなれないじゃないですか。

だから、貴女がここから離れて、少しでも恵まれた生活を送ることができれば、少しは俺も救われるんじゃないかって思っ

たんですよ。

・・・そんな安っぽい理由で俺は貴女の親を殺したんです。あんなに情けないぐらい震えながら。」


女:「・・・。」


男:「・・・貴女が自分のことを責めないよう、俺が殺したんだということをしっかり伝えたんです。

ふっ・・・まさか貴女まで、そんな真っ黒な目になっているとは思いませんでした。」


女:「お揃いですね。」


男:「嫌なお揃いですよ。

・・・そんなの俺は望んじゃいなかったんですがね。」


女:「・・・ごめんなさい。」


男:「だから、目を背けたままでよかったんですよ。何もかも気づかないまま、どこか遠くで普通に暮らしていれば。

・・・俺には上手くできなかったから。」


女:「え・・・?」


男:「こうしてペラペラしゃべるようになったのも、気味の悪い笑顔を浮かべるのも、自分を守るためです。

俺の場合はそうしていたのが長すぎて、戻せなくなってしまいました。

・・・結局、そんなことで無かったことにできるわけもなかったんですが。」


女:「・・・。」


男:「嫌なことからは逃げて良いんですよ。曲がりなりにも生きていけるなら、それでいいんです。」


女:「・・・っ。」


男:「もう一度だけ言います。・・・今なら、まだ間に合いますよ。」


女:「・・・もうできないですよ。そんなこと。」


男:「・・・。」


女:「私は・・・」


男:「・・・はい。」


女:「貴方を殺したいと思っています。」


男:「・・・本当に良いんですか?そうしたら貴女は」


女:「私も死ぬつもりだったんです。」


男:「は・・・?」


女:「・・・だから全部捨てて、貴方に会いに来たんです。

自分は恵まれているって、口では言ってるのに、無意識にそう思っていたんですよ。

だから全部捨てて、この町に来たんです。

・・・目を背けてきたけど、あったことは消せないし、完璧には忘れられなかったから。」


男:「・・・。」


女:「だから、大丈夫です。もしも、本当に辛くなったら私もすぐに逃げて楽になります。」


男:「・・・分かりました。」


女:「はい。」


男:「・・・立ってください。」


女:「はい。」


男:「・・・これを。」


(安全装置を外した拳銃を差し出す。)


女:「拳銃・・・?」


男:「これなら、引き金を引くだけです。刃物よりもずっとマシなはずですから。

・・・持ってみてください。」


女:「・・・。」


男:「手、失礼しますね。ここを・・・、こうやって持つんです。」


女:「あ・・・。」


男:「ここを引けば撃てます。

それで・・・。この辺りを狙ってもらえれば大丈夫です。」


女:「・・・っ。」


男:「震えていますね。」


女:「貴方も震えていたでしょう?」


男:「確かにそうでした。

・・・それではこうしましょう。」


女:「・・・っ」


男:「こうして腕を抑えときます。」


女:「あ・・・。」


男:「距離が近くてすみませんね。でも、これで安定するでしょうから。」


女:「・・・。」


男:「・・・貴女の好きなタイミングでいいです。できなければ、逃げても大丈夫ですよ。」


女:「・・・っ。」


男:「・・・ああ、見てください。夕焼けが綺麗ですよ。」


女:「・・・そうですね。」


男:「・・・久しぶりだな。綺麗に思えたのは・・・。」


女:「・・・。」


男:「・・・。」


女:「誰かと一緒にこうしてここで夕焼けを見ているのが不思議です。」


男:「俺もです。」


女:「でも・・・、寂しいのも苦しいのも変わらないんですね。」


男:「・・・ええ。」


女:「・・・私、子供の時からこの場所が好きだったんです。」


男:「・・・。」


女:「人が来ることがなかったから、まるで自分だけの場所みたいだって。

だから、たまに他の子たちが遊んでいたりするのが嫌で嫌で仕方がなかったんです。

なんだか傷をえぐられているようなそんな感じにさせられて。

・・・その子たちを見ていると、自分がすごく可哀そうな人間に思えるんです。」


男:「・・・分かりますよ。」


女:「・・・。」


男:「でも、満たされた幸せそうな人の傍で、傷をえぐり続けていれば、いつかその痛みを忘れられたのかもしれません。

・・・同じ傷を背負った人間を見てても忘れられないでしょうから。」


女:「・・・。」


男:「・・・俺も貴女の傍は居心地がよかった。同じだからでしょうね。」


女:「・・・。」


男:「・・・。」


女:「・・・怖くないですか?」


男:「大丈夫ですよ。」


女:「・・・。」


男:「・・・クスリをやったおかげで分かったことがあるんです。」


女:「え・・・?」


男:「本当に死にたいほどに苦しいって。」


女:「・・・。」


男:「後悔しそうになったらこう思ってください。自分は人助けをしたんだって。」


女:「・・・。」


男:「逃げても良いです。忘れても良いです。背負わないでくださいね。」


女:「・・・っ。」



男:「背負わせようとしている俺が言えることではないんですが。」


女:「・・・分かりました。」


男:「・・・。」


女:「最後にいくつかお願いがあるんです。」


男:「なんですか?」


女:「・・・もう一度、目を見せてくれませんか・・・?」


男:「・・・ええ、どうぞ。」


女:「私、貴女の目だけを頼りにここに来たんです。」


男:「・・・。」


女:「自分の感情からも逃げてたから真っ黒な目だと思っていたけれど、そんなことなかったんですね・・・。私が見ようとしていなかっただけで。」


男:「・・・。」


女:「・・・。」


男:「・・・。」


女:「あと・・・、手を握っても良いですか。」


男:「・・・ええ。」


女:「・・・。」


男:「ははっ、・・・人と手をつなぐなんて初めてかもしれません。」


女:「私もずっと昔、父と母といた頃以来かもしれません。」


男:「・・・これで少しは寂しくないですか?」


女:「・・・寂しいですよ。」


男:「・・・。」


女:「私たち、どうしたら幸せになれたんですかね。」


男:「・・・。」


女:「全部思い出して、お母さんのこともお父さんのことも恨んでいるのに、それなのにどうして穴は埋まらないんですか・・・?

どうしてあんな人たちからの愛情を求めてしまうんですか・・・?

・・・どうして私たちだけこんな風になっちゃったんでしょう。」


男:「・・・。」


女:「・・・私たち、どこまでも神様に見放されてますね。」


男:「・・・そうですね。」


女:「寂しいですね。」


男:「ええ・・・。

・・・苦しいですね。」


女:「・・・。」


男:「でも、もう終わるから・・・。」



女M:「男が笑ったのと同時に銃声が鳴り響く。


夕暮れが終わるころと夜が始まる前の真ん中。

橙と青が混ざった空の下、神様がいない神社で男は死んだ。

解けてしまいそうな繋がりを必死に結ぶように私はカサついて冷たい手を握った。


本当にもういなくなってしまったんだ。


私は子供のように大声を上げて泣いた。

母が死んだときも、どんなに悲しくても泣かなかった目から涙がとめどなく零れ落ちる。

冷たい空気に喉を焼かれて痛い。


どうかどうか、彼が苦しむことがありませんように。

どうかどうか、寂しく思うことがありませんように。

彼の罪も何もかも私が背負って生きて行くから。


いるはずのない神様に縋りつく。


痛い。苦しい。寂しい、死んでしまいたい。

でも、この人もそれを背負ってきたんだ。


子供の様な死に顔の男の髪をなでる。

いつかの彼が、逃げられるようにと私に言い聞かせた言葉。

それをもう二度と忘れないように、逃げられないように、刻み込むように口にした。」



女:「私が殺したんだ。」

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