王と死神 -SideStory-
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side story1 「ロビン・オルグレン」
革命から20年経ったライナス・スレードと本編には出て来ない、ライナスの側近であるロビン・オルグレンのお話です。
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ロビン・オルグレンにとって、ライナス・スレードは英雄そのものであった。
原因不明の熱病で多くの国民が命を落とす中、国王はアルス共和国と同盟を結び、グレイスアーノルド帝国との戦いに参戦。
戦争でも多くの命が犠牲となった。
貧しい暮らしを強いられている国民を救うべく、王族に仕えてきたフェリア家当主ジルデーテと共に、彼は死の女王によって苦しめられるこの国を変えようと革命を起こす。
ログーラという田舎町の出身であるにも関わらず、彼は革命の顔とも言える存在になっていき、英雄とまで称えられるようになったのだ。
その英雄の姿をロビンはずっと傍で見てきた。
王族を処刑し、更には城に留まり続けた女王の従者の処刑を終え、
そして、死の女王と呼ばれ恐れられていた第12代国王アリア・シェーラ・ベルアシアの処刑により革命は終わりを迎えることになる。
しかし王族の粛清後、新たな争いが勃発した。
新たな王を置いてシェーラヴィルグ王国を継続すべきだと主張するジルデーテ派と、君主を置かない共和国にすべきだと主張するライナス派が衝突したのだ。
この争いはある事件の首謀者としてジルデーテが処刑されるまで落ち着くことはなかった。
その後、ライナスらが中心となり、王国は新たにシェーラヴィルグ共和国として生まれ変わった。
それから早20年。大きな争いもなく、平和な日々が続いている。
首都の議会にあるライナスの執務室にて、ロビンは書類を片付けながら窓の外を眺めた。
麗らかな春の日。
そんな日には決まって革命のことを思い出してしまうのだ。
「ロビン。」
過去の記憶に飲み込まれそうになっているとライナスに声をかけられた。
「なんでしょうか?」
革命の後、国の主導権を実質握ることになったライナスは今日に至るまで休むことなく働き続けてきた。
もう、若くないのだからといくら言ったところで休もうとはせず、ロビンはほとほと困り果てていた。
ライナスの方を見ると、やはり隠しきれていない疲労が顔に表れている。
その視線に気づいていないのか、ライナスは手を動かしたままロビンに問いかけた。
「お前はあの革命が間違っていたと思うか?」
その問いにロビンはそんなことはない、と即答することができなかった。
今までライナス自らが革命の話をすることがなかったため驚いたということもある。
しかし、それよりも心のどこかで後悔している自分が答えを上手く言えないでいるのだ。
「・・・いえ、そんなことはありません。」
やっとの思いで返した声は面白いぐらいに震えていた。
「別に無理して否定しなくてもいい。」
ライナスはロビンを見ることも、手を止めることもなくそう返す。
一方のロビンはライナスから視線を外すこともできず、手も動かせずにいた。
すると、ライナスはやはりこちらを見ないまま口を開いた。
「どこが間違っていたと思う?」
その問いにはっと息を呑む。
「こんな春の日は嫌でも思い出すからな。」
ライナスはそう続けると、また新たな書類を手繰り寄せた。
ロビンは冷めた紅茶を飲むでもなく唇を湿らせると、息を吐く。
嘘を言ったところで、隠したところで、この人の前では無駄だろうと諦めたかのように重たい口を開いた。
「・・・間違っていたとは思いません。実際にあの頃と比べて国民の暮らしは良いものになりました。
ですが・・・、ずっと頭の中に響いているんです。女王に仕えていた従者の声が。」
「声?」
「はい。
・・・僕、不思議に思っていたんです。城から去る従者が多かったのに、なぜあの従者たちは最期まで城に留まり女王に仕えたのか。
何らかの罰が与えられると分かっていたはずなのに。」
ライナスは無言で手を動かしていたが、続きを催促するようにロビンを見た。
「・・・だから聞いてしまったんです。なぜ、最期まで城に留まったのかと。
そうしたら、若い女は女王に救われたからと言ったんです。家族を喪い、働き口も見つからなかった女を女王が使用人として雇ってくれたのだと・・・。
僕、意味が分からなくて。あんな恐ろしい、国民の命さえも玩具のように思っている女王が人を救うはずなんてないじゃないですか。
それだけじゃありません。他の従者も口々に話すんです。女王様はお優しい方だったと。確かに困った我儘を言う方だったが、年頃の少女のような可愛らしい方だったと。
中には純真だったからこそこうなってしまったんだと、そんな風に言う者もいました。」
そこで一息つき、ロビンはゆっくりと言葉を発した。
「・・・アリア女王は本当はどんな方だったんでしょうか。」
その言葉にライナスは動かしていた手を止めた。
一瞬の静寂が部屋を包む。
再び、ライナスはペンをさらさらと動かし始めた。しかし、その動きは先程と比べて随分と緩やかである。
「さあな。
だが、例え女王がその話通りの人物だったとしても、多くの国民の命を奪った死の女王だということに変わりはない。」
そう言うと、ライナスは自嘲じみた笑みをうっすらと浮かべてこう続けた。
「それは俺も変わらないけどな。」
その言葉に弾かれたようにロビンはライナスを見た。
そんなロビンの様子にライナスは小さく乾いた笑い声を漏らした。
「そんな驚くこともないだろう。
俺も多くの命を奪ったのだから。」
顔を上げたライナスの頬を暖かな陽光が照らす。
「従者の処刑も、王族の処刑も何人殺したのかなんて数え出したらキリがない。」
「ですがそれは革命軍全員で決めたことです。ライナス様の独断ではありません。」
「では、ジルデーテの処刑は?」
その問いにロビンは言葉を詰まらせた。
ライナス派とジルデーテ派の争いはある事件が起こったことで終わりを迎えたのだ。
ある夜、ライナス派の若者がジルデーテの側近に殺害された。
犯人の男は終わりの見えないライナス派との争いに苛立ちを募らせて、たまたま人気のない道を歩く若者を手にかけたと拷問の末白状した。
しかし、それでもライナスはじりじりとその男を痛めつけ、最終的に男にある取引を持ちかけたのだ。
“このまま苦しんで死にたくないのであれば、ジルデーテに殺害を指示されたと皆の前で発言しろ”と。
男はその取引に乗っかり、議会でそう発言した。
最終的にジルデーテは身に覚えのない罪により処刑されたのだ。また、ジルデーテを擁護する者も処刑された。
この頃から、ライナスは冷酷な死の革命者だと囁かれるようになったのだ。
「ジルデーテには悪いことをしたが、俺はどうしてもシェーラヴィルグ王国を継続させたくはなかったんだ。
王など置いたところでまた繰り返すだけだろうからな。」
そうライナスは言うが、それだけではないということにロビンは気づいていた。
元々ライナスは賢いからこそ、冷徹な一面を持ち合わせていた。いつも合理的な手段を選んでいたのだ。王への恨みや憎しみははあったものの、怒りから動くような人物ではなかった。
だからこそ、ライナスの元には人が集まったのだ。
だが、ジルデーテの時はそうではなかった。
もっと合理的な手段もあっただろうに、ライナスは怒りを隠すこともなくジルデーテを最も早く消し去る手段を選んだ。
誰の目から見てもライナスがジルデーテを排除しようとしているのは明らかで、ジルデーテの処刑に裏があるということに皆も気づいていたのだろう。
ライナスについていけないからと仲間が何人も去っていった。
しかし、去るだけで誰も彼の行動を止めようとはしなかった。
それ程までに、ライナスがジルデーテに抱いていた怒りは凄まじいものだったのだ。
「あの男もそうだ。指示されたとおりに発言した後、殺されたのだから。」
「・・・そうでしたね。」
「生かしておくわけにはいかなかったからな。
だが、苦しまずに楽にあの世に逝かせてやったんだ。約束通りに。」
冷めきった紅茶を飲み干し、ライナスはまた先程と同じような乾いた笑みを浮かべる。
「死の革命者という呼び名もあながち間違っていないな。」
その言葉にロビンは慌てて口を開いた。
「ですが、そのおかげで今の平和があるんですよ。
・・・それにライナス様だけではありません。僕だって同じでしょう。」
あの時の自分たちの行動により、今の平和がある。
それはロビンがずっと自分に言い聞かせてきた言葉であった。
自分たちが意味のない処刑を、殺人を犯したわけではないとそう思うために。
ライナスは不意に立ち上がると、どかりとロビンの向かい側に腰を下ろした。
「あの革命が間違っていたと思うかと聞いたが、言い方を変えよう。
・・・お前は革命を起こしたことを後悔しているか?」
ロビンはその問いに少し考えてから首を振った。
「革命を起こしたこと自体には後悔していません。
ただ、革命の中に点々とした後悔はあります。
・・・やはり僕たちは人を殺しすぎましたから。」
深く息を吸い、ロビンはライナスを見る。
「死の女王を処刑し、その女王に洗脳された従者らを処刑したことは正しいことだ、と今でもそう自分に言い聞かせています。
決して、優しい女王とその女王を慕っていた従者を殺したわけではないのだと。
ですが、やはりあの従者たちの声が響くんです。
あの時の、あの従者たちの声は本当に、本当に真っすぐで・・・。
・・・もしかしたら、自分たちは何か大きなことを見落としていたんじゃないかってそう思わさせる声なんです。」
ロビンの脳裏に再び処刑されていく従者たちの姿が浮かび上がる。
女王に感謝する若い女。
女王が幼い頃の話を牢獄には似つかわしくない笑みで話す年老いた男。
こちらを睨みつける男も、女王を憐れむ老婆も、女王の年頃の少女らしい一面を穏やかに話す女もいた。
そして、処刑台に立ち暴言を浴びせられながらも最期まで微笑んでいた死の女王の姿。
その姿を振り払おうと頭を振る。
ロビンの様子を黙って見ていたライナスがゆっくりと口を開いた。
「先ほど、本当の女王はどんな人物だったのかと聞いたな。」
「・・・はい。」
ライナスは窓の方に目をやりながら話し始めた。
「少なくとも、処刑されたことを恨むような人物ではないさ。あの女王様は。」
その言葉にロビンは首を傾げた。
そんなロビンの様子には気づかずにライナスは話を続ける。
「思い出してみろ。処刑の時のこと。」
処刑の日、女王は王族らしからぬ質素な服装で現れた。
そんな女王を見て、ジルデーテは愉快そうに“どんなお気持ちですかな?”と聞いた。
それに対し女王は華やかな笑みを浮かべながらこう返したのだ
“嬉しいわね。こんなに国民が集まってくれるだなんて。私、注目を浴びるのが好きなの。”
国民にどれだけ暴言を浴びせられても女王はその笑みを崩すことはなかった。
最期まで、微笑みを浮かべていたのだ。
そして、金糸のような髪をなびかせ、青空のような瞳を輝かせながら第12代国王アリア・シェーラ・ベルアシアは処刑された。
「あの女王は最期まで謝ることもなかった。泣き叫び許しを請うこともしなかった。
従者の話も真実なのだろう。
だが、女王は死の女王として処刑されることを選んだ。」
それは女王にしか分からないことなのだが、なぜかライナスの言葉にはそれが本当だと思わさざるを得ない力が込められていた。
「だから、これ以上を引きずるな。もう20年も前のことだ。
それに、未だに死の女王を恨んでいる奴も多い。あまり外でそんなこと言うなよ。」
その言葉にロビンは頷くしかできなかった。そして小さく呟く。
「・・・20年も経つんですね。」
「ああ。
20年以上もよく付き合ってくれたな。」
「本当に。僕もよく生きてここにいるなと思いますよ。」
そう言うとライナスも小さく笑みを浮かべた。
「俺もお前も歳を取ったな。俺ももう40代も半ばだ。お前ももう40か。信じられないな。
・・・もうそろそろ休んでもいいのかもしれない。」
その言葉に何か嫌なものを感じて、ロビンはやめてくださいよ、とやんわりとした言葉を発した。
「別に死ぬつもりはないさ。だが、死んだら地獄に堕ちるだろうな、俺は。」
なぜかライナスの声音は楽し気で、ロビンも僕もそうなのかもしれませんねと緩やかに返した。
「もしも、死んだらあとはお前に任せるよ。墓は首都のそこら辺にでも建てといてくれ。」
「ログーラではないのですか?」
その言葉にライナスは緩やかに首を振り、こう言った。
「ログーラに住む、母の作るキッシュが好物だった若者はもうどこにもいないんだよ。」
そして、今までに見たことのないほどに穏やかな笑みを浮かべる。
「だが、革命の英雄ももうお終いだ。共和国となった時点で俺の革命は終わっているからな。
お前もお前自身の革命の意味を見出せ。前を向けるような生きる意味を見つけろ。
後悔しないように。」
「ライナス様は後悔していないのですか?」
その問いにライナスはさらに笑みを深めた。
「ああ。後悔などしてない。
堂々と前を向いて背負うさ。」
麗らかな春の日。
暖かな陽光に照らされながら、ライナス・スレードはこう言った。
「俺は一人の人間であり、それ以前に革命の英雄なのだから。」
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あの日から僅か数か月後。
ライナス・スレードは亡くなった。
死因は不明だが、穏やかな表情で眠っている姿を見て、ロビンは心のどこかでやっと彼が穏やかに眠れる日が来たのだと、ほっとしていた。
家族がいないライナスの葬儀や埋葬の全てを取り仕切ったロビンは、そこから休む間も与えられず様々な対応にあたっていた。
そして、やっと落ち着きを取り戻したところで、ロビンはライナスの故郷であるログーラの森の中にいた。
ライナスはああ言っていたが、どうしても彼の一部を彼の故郷に連れてきたかったのだ。
ロビンはそっと布に包まれた彼の遺髪を取り出した。
取り出したところで風に巻き上げられ、高く舞い上がる。
見えなくなっても、ロビンは空を見上げ続けていた。
ああ、もしかしたらライナスに余計なことをするなと言われてしまうかもしれない。
「まだ、死ぬわけにはいかないな・・・。」
そう言いながらロビンは笑った。
そう、まだ死ぬわけにはいかないのだ。
勿論、この国を守るためということもあるが、ロビンにはまだやっておきたいことがあった。
ライナスにも、そして女王にもお叱りを受けそうなことだ。
だが、それでもロビンは遺したかった。
あの革命に関わった人々のことを。
革命の英雄と死の女王の話を。
自分にとっての革命の意味を。
ロビンは深く息を吸うと歩き始めた。
まだまだ仕事は残っている。
革命の英雄の側近として、ロビン・オルグレンはこの国を守らなければならないのだから。
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シェーラヴィルグ共和国の首都にある図書館にある本が展示されていた。
“シェーラヴィルグの革命”
ライナス・スレードの側近として知られるロビン・オルグレンによって、400年前の革命について書かれた本である。
ライナスの死後、ロビンはこの国の主導権を握り、家庭を築くことなく亡くなるまでこの国のために働き続けた。
その功績は今もなお輝いている。
ロビン・オルグレンの視点で描かれたこの本の多くは、ライナスや革命軍に関することなのだが、アリア女王や処刑された従者らに関しても僅かながら記されていた。
そして、この本により新たな事実が明らかになる。
元々、アリア女王は死の女王から連想される冷酷で残酷な人柄ではなかったのではという考察はあるにはあったのだが、確かな証拠がなく今まで考察の域を出ることはなかった。
だが、この本が決定的な証拠となり、考察から事実だと認められることとなったのだ。
400年前、シェーラヴィルグ王国は滅んだ。
死の女王と恐れられ、一方で慕われていた第12代国王アリア・シェーラ・ベルアシア。
革命の英雄であり、死の革命者でもあったライナス・スレード。
英雄の側近として、そして後継者としてこの国の発展に尽くしたロビン・オルグレン。
そして、革命により命を落とした者たち。
彼らは今もこの地に眠っているのだ。
彼らは一体何を考えていたのだろうか。
彼らは今のこの国を見て、何を思うのだろうか。
ロビン・オルグレンによって書かれたこの本はこう締めくくられている。
― すべての者が幸せに生き、安らかに眠れる国をつくることが革命の意味であり、私の生きる意味である。―
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