落鳥
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登場人物
・女(♀)
10代後半から20代前半。借金のカタとして両親に売られた。
・男(♂)
20代後半から30代前半。堅気ではない。
『落鳥』
作者:なずな
URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/6229932/page_202207011343
女(♀):
男(♂):
サイドストーリーがあります。お読みになる際は本編を読んだ後にお読みください。
本文
(ある古いアパートの一室にて)
男:「あんたにはしばらくここにいてもらう。」
女:「・・・ここ、ですか?」
男:「なんだ?不満でもあるのか?」
女:「いえ、思ったよりも普通のアパートだったので・・・。」
男:「大分、古いとこだがな。売りもんをそこまで雑には扱わねえよ。ああ、荷物は適当に置いとけ。」
女:「・・・分かりました。」
男:「親に売り飛ばされたっていうのに随分と落ち着いているんだな。」
女:「仕方のないことですから・・・。」
男:「暴れて話しにならねえよりはマシだが・・・。
まあ、そんなことはどうだっていい。あんたにはいくつか確認しなきゃならねえことがある。正直に答えろ。良いな?」
女:「・・・はい。」
男:「あんたは、宗教法人”神の家”現代表の娘であり、次期代表の田代綾乃で合ってるな?」
女:「・・・はい。」
男:「10年前、神の家は多額の寄付をしていた支援者が死んだせいで首が回らなくなって解散したはずだったが、秘密裏に活動を続けていた・・・。
で、結局金に困って闇金に手を出したが返せるわけなく、最終的に娘のお前を差し出したと・・・そういうわけだ。」
女:「・・・なぜ、私だったのでしょうか?」
男:「あ?」
女:「そちらが私を指名したと聞きました。
その・・・、父や父の再婚相手の方とか、その連れ子ではなく、なぜ私だったのでしょうか・・・?」
男:「・・・ああ、そういやあんたの父親は再婚したのか。」
女:「はい。信者の方と再婚しました。」
男:「そりゃ、若い女の方が何かと金になるからな。それにあんたはいずれ神の家の代表になる予定だったんだろ?」
女:「・・・はい。」
男:「それが一番の理由だ。あんたらはその宗教では神と同等の立場とみなされている。実際はただの人間だけどな。
その神様をこれから地に堕とせるわけだ。あんたの父親や洗脳された信者たちはどう思うんだろうなあ?」
女:「・・・貴方は神の家を憎んでいるのですか?」
男:「そういうあんたはどう思ってるんだ?一度、聞いてみたかったんだよ。あんたらは神の家のことをどう思っているかって。」
女:「・・・必要だと思います。救われたい者に神の加護を与えるのですから。」
男:「金も自由も全て犠牲にして得られる神の加護は何の意味があるんだ?何をしてくれるんだ?」
女:「・・・・・・。」
男:「だんまりか・・・。じゃあ、俺ほど堕ちた人間でも救ってくれるのか?神の家ってところはよ。」
女:「・・・救います。私たちを、父を信じてくれるのでしたら。」
男:「救う、ね。俺はあんたらが人を救っているところなんて見たことねえがな。
そもそも、俺は人が人を簡単に救えるとは思えねえんだよ。」
女:「貴方だって何かを救いたいと思ったことあるでしょう・・・?」
男:「・・・ねえな。誰かを救えるほど、できた人間じゃないんでね。
俺も堕ちた人間だと思うが、あんたらよりは筋を通して生きている分、まだマシだと思いたいな。」
女:「・・・・・・。」
男:「なんにせよ、貸した金は返してもらわねえとな。
あんただけ売り飛ばされて、父親と再婚相手の女、その連れ子。3人でどうやって生きていくのか楽しみだ。」
女:「・・・案外、幸せに生きていくのかもしれませんよ。3人とも神の加護を授かっていますから。」
男:「じゃあ、あんたは授かってねえのか?」
女:「・・・授かってないんでしょうね。私は自分のことを幸せだとは思えません。」
男:「そうかい。まあ、あんたが幸せだろうと不幸だろうと、金さえ手に入れば何だって良い。
・・・ここは俺が使っているアパートの一つだ。今後のことが決まるまではここにいてもらう。俺もあんたの監視のためにここにいることになるが、大人しくしていれば手荒なことはしねえよ。
それと飯だが、そこに置いてある。こんだけありゃ何日かは持つだろ。他に何か必要なもんがあれば言え。」
女:「・・・分かりました。」
男:「俺はもう行くが、精々大人しくしているんだな。もし、逃げようとすれば命の保証はねえぞ。いいな?」
女:「はい・・・。」
男:「・・・ああ最後に、もう一つ聞かせろ。」
女:「・・・なんでしょうか?」
男:「飛び方を知らねえ鳥に、あんたはどうやって羽ばたき方を教える?」
女:「・・・どういうことですか?」
男:「・・・いや、なんでもねえ。じゃあな。」
(男が家から出ていく。)
女:「(ため息をつく)。
・・・あ、鳥だ。巣に帰るのかな・・・。
・・・私も鳥になれば、どこまでも遠くに飛んで行けるのに。」
==================
(深夜。男が帰ってくる音で目が覚める。)
女:「・・・うっ、あ・・・、私寝て・・・。
あっ・・・。」
男:「ったく、本気でやりやがったな。あのジジィ・・・。」
(男が帰ってきたことに気付いて寝たふりをする女。)
女:「・・・・・・。」
男:「おい。
おい・・・、寝てんのか?
(ため息をつく)・・・肝の据わった女だな。」
女:「・・・・・・。」
男:「(舌打ち。)・・・くそ、血がついちまったじゃねえか。とりあえず、風呂か・・・。」
女(M):「花と鳥。
暗い色彩の中でそれは一際美しく見えて、私はそれを純粋に綺麗だと思った。
それが男の背中であることを忘れるぐらいに。
その背中を見ながら、さっきの男の質問を反芻(はんすう)する。
この男はどうしてあんな質問を投げかけたのだろう。
この男も鳥のように飛びたいのだろうか?
もしそうだったとしても、私はその羽根をもがなくてはならないのだ。
私は、この男に一つ嘘をついている。
その罠に、男は気づいていない。
私はこの男を殺すために、ここへ来たことを男は知らない。
ゆっくりと目を閉じる。
記憶の果てで、いつか鳥になれると幼い自分が笑っていた。」
==================
男:「おい。」
女:「なんでしょうか・・・?」
男:「あんた、全然食ってねえだろ?」
女:「え?」
男:「飯だよ。ここに来て1か月。あんた、1日何食で過ごしてんだ?」
女:「2回も食べていますよ・・・?」
男:「2回ぃ?」
女:「あ、はい。」
男:「・・・あの家にいたときもそんだけしか食ってなかったのか?」
女:「そうですね。」
男:「あのな、腹が減ったら食え。減らなくても1日3回は食え。分かったか?」
女:「3回、ですか?」
男:「ああ3回だ。」
女:「量はどのくらいなんでしょうか?」
男:「あ?」
女:「すいません。ご飯の量も時間も決まっていたので・・・。」
男:「あー・・・そうか、くそっ、仕方ねえな・・・。
今は・・・17時か。まだ時間はあるな。おい、今から晩飯にすんぞ。」
女:「え?」
男:「ここに置いたもん、ぜんぶ食え。食い終わるまで見張ってるからな。」
女:「・・・分かりました。」
男:「痩せてたんじゃ売れねえんだよ。それによく食って寝なきゃ、傷も治んねえだろうが。」
女:「・・・どうしてそれを?」
男:「見えたからな。」
女:「あの、これは別に暴力を振られたわけじゃなくて、少し転んだり」
男:「別にんなことはどうでもいい。俺には関係ねえことだ。」
女:「・・・・・・。」
男:「まあ、あんたは体罰を受けさせる側だろうから、どうせ転んだりしたんだろ。どんくさそうだしな。」
女:「そう、ですね。運動神経が悪いので・・・。」
男:「食わねえなら無理やり食わすぞ。」
女:「た、食べます・・・!」
男:「・・・いいか?ここは神の家じゃねえ。飯くらい好きに食えるようになれ。」
女:「好きに・・・。」
男:「ほら、さっさと食え。俺だって暇じゃねえんだよ。」
女(M):「例えば自分を鳥だとすれば、この部屋は鳥籠だ。
自由はないが、苦しいこともない。
だから、ここで羽を休めようとしているだけ。
私の今後が決まるまで。
私があの男を殺すまで。
それまで少しだけ、ここにいればいい。
どうせ飛び方も知らないのだから。
だけど、私の今後が決まる日も、彼を殺す日も訪れないまま、季節だけが移ろいだ。」
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(ある日の午後)
女:「あの・・・」
男:「あ?なんだ?」
女:「いつになったら決まるんでしょうか?二ヶ月経ったのですが・・・。」
男:「まだ、決まらねえんだよ。どうせなら、高値で捌きてえからな。
んなことより、あんた、飯つくれるか?」
女:「え?ああ、はい。料理なら家でしていたので・・・。美味しいかどうかは分かりませけど。」
男:「なら、これで必要なもん買って来い。出来合いのものばっか食ってたら、良い肉付きになんねえからな。今のままじゃ"ナシ"付けても返品されるだけだ。」
女:「え、あの、」
男:「なんだ?足りねえってのか?」
女:「いえ、お金はありすぎるぐらいなんですが・・・、」
男:「じゃあ、何だ?」
女:「あの、買い物って、この家から出るってことですよね?」
男:「じゃなきゃ、どうすんだよ。」
女:「・・・良いんですか?家から出て。」
男:「別に構わねえ。もう平気だろ。」
女:「え?」
男:「とりあえず、そういうことだ。俺はもう行くぞ。」
女:「え、あの、貴方も食べるんですか?」
男:「あんた、自分の分だけ作る気か?」
女:「いえ、違うんですけど・・・。その、なんでもいいんですか?好き嫌いとか、」
男:「んなもん好きにしろ。じゃあな。夜までには帰る。」
女:「・・・行っちゃった。
こんだけお金があれば、遠いところまで逃げられる。
鍵も開いているし、どこへでも・・・。
でも、どこに行けば・・・。
・・・あの人、好き嫌いないのかな。」
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(夜。小さな食卓を囲む二人。)
女:「・・・あ、あの」
男:「あ?」
女:「あの、味大丈夫ですか?」
男:「・・・ああ、うめえよ。どんくさそうな女だと思ってたが、人間なにか一つくらいは特技があるもんだ。」
女:「(かすかに笑いながら)よかった。人から感想をいただくことがなかったから心配で。」
男:「ああ、それだ。あんた、もっと笑え。」
女:「へ?」
男:「肉付きどうこうの前に、愛想よく笑ってる女の方が稼げる。」
女:「・・・笑う、ですか?」
男:「今の立場で笑えってのも、それこそおかしな話だがな。」
女:「笑っていいんでしょうか?」
男:「言ったろ。ここは神の家じゃねえ。ガキの頃みたいに何も考えずヘラヘラしてろ。」
女:「・・・あの家にいると笑うのも何だか難しくなってしまって。」
男:「だろうな。あの家で生まれ育ったあんたが言うんだ、再婚相手の連れ子もさぞ参ってんだろうよ。」
女:「・・・・・・あの子はもっと大変だったでしょうね。」
男:「そうか。」
女:「10年前に会社を経営していた父親を亡くして、母親と二人で貧しい暮らしを送っていたそうです。
そのうち、そういった宗教を嫌ってたはずの母親が神の家にのめりこんで、お金を使うようになって・・・。
再婚相手がまさか神の家の代表者だとは思ってもみなかったでしょうね。
・・・神の家での暮らしは、自由もないですし、規則を守らなきゃ体罰だってあります。身体だって傷だらけになる。」
男:「・・・逃げたくて仕方ねえだろうな、そんな生活。」
女:「どこか遠くに逃げたいといつも言っていました。鳥になれたらいいのにって。」
男:「・・・なれると思うか?」
女:「なれませんよ。飛び方を知らないんですから。
私、子どものとき、鳥になりたいと思えば飛べるって信じてたんです。
昔、それを周りの大人に言ったらすごく笑われました。でも、いつか翼が生えて、飛んで行けるんだって信じていたんです。」
男:「今はもう、信じちゃいないのか。」
女:「信じていたらここにはいません。」
男:「なら、もし飛べるとしたら、どこへ行きてえ?」
女(M):「遠く遠くのここじゃないどこか。
私はそう答えた。
ここにいてはいけない。
すでに殺意は空気に溶けてなくなった。
せめて、ここから逃げないと。
ここにいても幸せにはなれない。
この鳥籠は鍵がかけられていない。
いつだって逃げ出せる。
鳥が飛ぶように、羽ばたくように、私はこの人から離れることができるのだ。」
===============================
(ある日の深夜。)
男:「・・・おい。」
女:「あ、おかえりなさい。少しうとうとしちゃって。
・・・どうしたんですか、その怪我?」
男:「今更、驚くことじゃあねえだろ。」
女:「・・・貴方は慣れているのかもしれないけど、普通の人なら驚きますよ。」
男:「そりゃ、悪かったな。」
女:「そういえば、初めて会った日の夜も怪我して帰ってきましたよね?」
男:「ああ、やっぱり起きてたのか。
あの日は少しヘマしてな。ぶん殴られただけだ。」
女:「ヘマ?」
男:「獲物にアミ掛け損ねちまったんだよ。だからそいつも、早いとこどうにかしなくちゃいけねえ。仕事が山積みだ。」
女:「・・・・・・。」
男:「どうした?」
女:「あの・・・」
男:「なんだ?」
女:「・・・手当てしましょうか?背中とか一人じゃ難しいでしょうから。」
男:「・・・なら、頼む。」
女:「とりあえず服を脱いでください。」
男:「ああ。」
女:「・・・・・・。」
男:「・・・なんだ?」
女:「その・・・背中、綺麗だなと思って。」
男:「・・・こいつを見て、そんなセリフが出てくるとはな。」
女:「はじめて見たときも、そう思ったんです。綺麗って。」
男:「あんた、のぞき趣味でもあんのか?」
女:「ち、ちがいますよ。ほら、さっき話した、初めてここに来た日の夜にたまたま見てしまって・・・。
・・・なんで、ここに鳥を彫ったんですか?」
男:「変か?」
女:「いえ、全然。でも・・・、なんか意外だなって思って。鳥よりももっと強そうなのをイメージしてたからかもしれません。」
男:「鳥は強いだろ。どこでも飛んで逃げられるんだからよ。」
女:「逃げてるのに?」
男:「真っ向からぶち当たるよりも、一旦逃げてから考えた方が賢いこともある。
・・・俺も鳥になりたいと思ってたんだよ。」
女:「え?」
男:「生まれ育った場所が嫌で嫌で仕方がなくて、ずっとそう思ってた。出て行って、いつかそこを絶対に潰してやろうと、そう思ってたんだ。
背中のそれは、そんときの気持ちを忘れねえためにいれたんだよ。18で家を出たときにな。」
女:「じゃあ、貴方はもう飛んで逃げることができたんですね。」
男:「・・・そうだな。あんたは逃げようとは思わなかったのか?」
女:「どこからですか?」
男:「ここからに決まってんだろ?」
女:「・・・だって、ちゃんとお金を稼いで返さないといけないんですから、逃げられませんよ。」
男:「本当にそんなことのために、わざわざここに来たのか?」
女:「・・・私は神の家の次期代表です。父が借りたお金を返す責任が」
男:「あんた、嘘をついてるな。」
女:「え?」
男:「人のことを言えたもんじゃねえが、その嘘は最初からなんの罠にもなってねえぞ。」
女:「・・・。」
男:「明日、あんたにはここを出て行ってもらう。」
女:「・・・決まったんですか?」
男:「ああ。あんたの今後の居場所がな。」
女:「でも・・・」
男:「でも、なんだ?」
女:「・・・なんでもありません。分かりました。荷物まとめておきます。」
男:「手当てもここまででいい。出てく準備が済んだら、とっとと寝ろ。」
女:「・・・はい。
・・・おやすみなさい。」
===============================
女(M):「結局、鳥は鳥籠から追い出されることになった。
殺すのであれば今夜しかない。
それなのに、私はあの男の言う通り眠りについた。
夢の中で幼い私がきっと大丈夫。いつか飛べるよと誰かを励ましていた。
飛べない鳥でもいたのだろうか。
次の日、私は車で人気のない海沿いの道に降ろされた。
海の上に広がる夕空はとても綺麗だったが、あの狭い窓から見える夕空が恋しくなった。
鳥が飛んで行く。
私はどこに行くのだろう。」
男:「ここにあんたの荷物といくらかの金が入ってる。それから、ほら。」
女:「・・・これ、なんですか?」
男:「その住所にあるアパートに部屋を用意した。今日からはそこで暮らせ。
・・・二度とこっちに戻ってくんな。」
女:「どういうことですか・・・?だって、私売り飛ばされるんじゃ」
男:「あんたじゃ意味がねえんだよ。」
女:「・・・・・・。」
男:「そんな嘘をついて、あんたは一体何がしたかったんだろうなあ?」
女:「嘘って・・・。」
男:「あんたは田代綾乃じゃねえ。」
女:「・・・どうしてそれを」
男:「そりゃ、俺も神の家にいたからな。18になるまで。」
女:「・・・じゃあ、最初から気づいていたんですか?
再婚相手の連れ子だっていうことも。」
男:「ああ、俺が昔殺した男の娘だってこともな。
・・・あんた、俺を殺しに来たんだろ?」
女:「・・・全部分かってたんですね。」
男:「なんでやらなかった?」
女:「・・・。」
男:「やらねえにしても、なんで逃げようとしなかった?」
女:「それは・・・」
男:「金だって渡したし、鍵だって開けっ放しだったろ。なんでだ?」
女:「だって、私、どこに行けば」
男:「行く宛てがなくても、逃げることはできただろ。」
女:「・・・。」
男:「簡単に人に絆(ほだ)されてんじゃねえぞ。特に、こういう碌(ろく)な生き方をしてねえ人間にはな。」
女:「でも、でもじゃあ、なんで優しくしてくれたんですか?」
男:「あ?何勘違いしてんだ?優しくしたんじゃねえ。何もしなかっただけだ。」
女:「それでも私は嬉しかったんです。だから、私」
男:「父親を殺した相手に、何縋(すが)ってんだよ。」
女:「・・・どうして」
男:「なんだ?」
女:「・・・どうして父さんを殺したんですか?」
男:「答えてやってもいいが、その前に、父親との思い出話を聞かせてくれよ。」
女:「そんなこと聞いてどうするんですか?」
男:「その内容によっちゃ教えてやるよ。本当のことをな。」
女:「・・・父さんは優しい人でした。いつも忙しくて家にいなかったけど、帰ってきたときはにこにこしながらたくさん
話を聞いてくれて。
たまにどこかに連れていってくれることもありました。父さんの用事のついでだったから、行く先はとても退屈で仕方なかったけど、話かけてくれる人もいて・・・。
楽しくはなかったけど、嬉しかったんです。
父さんと母さんはよく喧嘩していたけど、それでも幸せな家庭でした。
・・・私にとっては大切な思い出です。神の家でもその思い出に縋りながら、何とか生きてきました。」
男:「・・・あんたにとっちゃ良い父親だったわけだ。」
女:「・・・はい。」
男:「邪魔だった。だから、殺した。
それが答えだ。」
女:「邪魔・・・?」
男:「まったく手間のかかる仕事だったぜ。事故死に見せかけんのも一苦労だった。
あんまり暴れるもんだから、死に際はさぞ苦しんだろうな。端っから大人しくしてりゃ、あんな惨い目に合わなかったのに
よ。
馬鹿な野郎だ。」
女:「・・・っ!!」
男:「・・・なんだ?そんなおっかねえ顔して。やっと俺を殺す気になったか?」
女:「父さんが何の邪魔になったっていうんですか・・・?
父さんが死んだせいで、母さんは精神を病んで、神の家を頼るようになりました。
それまでは、それまでは幸せな家庭だったんですよ・・・っ。
貴方が父さんを殺したせいで!母も私も苦しんで、苦しんで生きるはめになったのに・・・っ!
どうして、なんで父さんが死ななきゃいけなかったの・・・!?」
男:「だから言ってんだろ。目障りだった、ただそれだけだよ。」
女:「・・・・・・。」
男:「ほら、やるんならとっととやれ。」
女:「・・・」
男:「・・・・・・。」
女:「そんなの・・・そんなのできるわけないじゃないですか・・・っ。」
男:「・・・。」
女:「もっともっとどうしようもないぐらいに酷い人だったらよかったのに・・・。
そしたら貴方のことを殺せたのに・・・。神の家で、あの家で私、毎日毎日辛い目に遭っていました。
でも、貴方は何もしなかった。
・・・あの部屋を、貴方の傍を心地よいとさえ思っていました。
私だって分かっています。父さんを殺した男に何を言っているんだろうって。
こんなところにいてもきっと幸せになれないって。」
男:「なら、はやくここから消えろ。」
女:「・・・。」
男:「それか、俺を殺せ。」
女:「・・・いやです。
私、鳥になれなかったけどそれでも頑張ってここへ来たんですよ。
・・・だから、少しぐらい羽を休めてもいいじゃないですか・・・。」
男:「だったら、もっと遠くに飛んでからにしろ。」
女:「・・・・・・。」
男:「なあ・・・、"帰巣本能"って分かるか?
生き物が自分の巣から遠く離れていても、自分の巣まで帰ってこれる力のことだ。
・・・俺には帰りてえと思えるとこなんてねえし、これから作ることもねえだろうが、あんたは違え。
当面の逃げ場としてその部屋を用意したが、いずれどこか遠くにそういう場所を作った方がいい。
あんたはまだ、堕ちちゃいないんだからな。」
女:「・・・もう貴方は飛ぼうと思わないんですか?」
男:「飛べねえんだよ。
前に聞いたよな?飛び方を知らない鳥にどうやってそれを教えるかって。」
女:「・・・はい。」
男:「んなもん、正解なんてねえんだろうが、俺は一度逃げ出せたからな。俺なりの答えを教えてやる。
あんたは逃げられねえと思い込んでいるらしいからな。」
女:「・・・・・・。」
男:「鳥みたいに飛べるって思えば、あんたはどこまでも飛べんだ。どこまでも逃げられる。遠くに行ける。」
女:「・・・どこまでも?」
男:「あのままあの部屋にいても、あんたはただ堕ちるだけだ。」
女:「・・・それでも」
男:「あんたは死にたいのか?」
女:「・・・。」
男:「なるべく、余計な手間は省きてえんだ。
俺には神の家の代表と、そのガキと、あんたの母親を殺すっていうデケえ仕事が残ってんだからよ。」
女:「殺すって・・・」
男:「言ったろ?いつか絶対に潰してやるって。
あんたも死にてえのか?あんたの親父みたいに苦しんで死ぬことになるが、それでもいいってんなら今、ここで殺してやるよ。」
女:「・・・っ。」
男:「とっとと消えろ。あんたの行く宛ては用意しただろ。もう逃げられる。」
女:「でも、私」
男:「簡単なことだろ。鳥が空を飛ぶのと同じくらい。」
女:「・・・・・・。」
男:「行けっつってんだろうが!!!」
女:「・・・っ!!」
(走り出す女。)
男:「・・・それでいい。どこまでも飛んで行け。どこまでも。
もう二度と戻ってこないように。」
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女(M):「その日の夜、不思議な夢をみた。
父さんと出かけた先で、退屈していると鳥が近寄ってきた。
幼い私は、飛べるって思えば飛べるんだよって、なかなか飛ぶことができない鳥を励ます。
すると、その鳥は羽ばたいて遠くまで飛んで行った。
だが、その鳥は結局、翼がもげて堕ちてしまったのだ。
あの日から数日後、私はまたあの狭い部屋を訪れた。
何をしているのか自分でも分からなかったが、どうしても縋りつこうとする自分が抑えきれなかった。
いつもの癖なのか、部屋には鍵が掛かっておず、簡単に入ることができた。
数日前よりも散らかっている室内を見渡すと、雑に広げられた書類が目に入った。
その隣に写真が散乱している。
そのうちの一枚に目が留まった。
色褪せたその写真は、神の家と大きく書いてある建物の前で撮られた写真だった。
でも、どうしてだろうか。
なぜ、この写真に父と幼い自分が写っているんだろう。
なぜ、神の家支援者名簿に父の名前が書いてあるんだろう。
ああ、そうか。
どこか遠くで鳥が羽ばたく音がした。」
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(神の家跡地)
男:「これは・・・・・・」
女:「・・・・・・。」
男:「おい、あんたなにやってんだ・・・?」
女:「・・・殺しているんです。見て分かりませんか?」
男:「・・・・・・。」
女:「・・・昔、父さんがたまにどこかに連れていってくれることがあったって言ったじゃないですか?
父さんの用事のついでだったから、行く先はとても退屈で仕方なかったって。でも、いつも忙しい父さんが一緒に出掛けてくれるから嬉しかったって。
・・・私、神の家に連れていかれてたんですね。」
男:「・・・あの部屋に入ったのか。」
女:「父さんが神の家の支援者だったなんて知りませんでした。あんな額の寄付をしているんて・・・。
だから、貴方は父さんを殺したんですね。神の家を潰すために。」
男:「・・・あんたは知らなくていいことを知ったわけだ。知らなきゃ、幸せな思い出のままだったろうに。
それを知ってあんたはどう思った?」
女:「・・・全部嫌になりました。」
男:「・・・・・・。」
女:「私、確かに貴方を殺そうと思っていました。父さんのことを殺したあなたのこと。
貴方が父さんのことを殺さなければ、私たち幸せな家族でいられたのにって思っていました。
でも・・・、分かってしまったんです。貴方が殺さなくても、私たちはいずれこうなっていた。
母さんが宗教が嫌いだったのは父さんのせいだったんです。いつもそれで喧嘩していたから。
今、思えば父さんが私を入信させようとしているのを母さんは止めてくれていたんでしょうね。
でも、その母さんも神の家に入信して、再婚して・・・。私がどんなに辛くても助けてくれなかった。
神の家なんて神の加護なんて、なにももたらしてくれなかった。
だから、今こうして神の家の代表者も、その娘も、・・・その再婚相手も殺そうとしているんです。そうしないと、逃げられないでしょう?同じように苦しんでいる人たちが。」
男:「・・・馬鹿だな。」
女:「貴方だって殺すつもりだったんでしょう?」
男:「殺してどうすんだ。あれはあんたを遠ざけるための嘘だったってのに。殺したところで貸した金は帰って来ねえだろ。」
女:「・・・・・・。」
男:「組が田代綾乃のガラを要求したのは、そっちの方が今後もこいつらから金を搾れると考えてのことだったんだよ。
神の家の代表ってのは、てめえらが特別な存在だと信じて疑わねえからな。その娘が好き勝手されんのは耐えられねえだろうと踏んで、娘を返すことをダシに、いずれはこいつらにも金を稼いでもらう算段だった。」
女:「・・・でも、貴方は私が田代綾乃ではないと気付いていたんですよね?」
男:「あんたは俺を殺したかったろうし、神の家としては次期代表であり、特別な存在である娘を差し出したくはない・・・。
となれば、あんたを身代わりとして寄越すだろうと思ってた。確信はなかったが。」
女:「じゃあ・・・、じゃあなんで私を田代綾乃として扱ったんですか?なんで、一緒にいてくれたんですか?」
男:「気まぐれだ。」
女:「・・・気まぐれ?」
男:「俺は親が神の家に入信したせいで、9から18まであの家で育った。
親はすっかり洗脳されて、ガキの俺じゃどうすることもできなかった。
言ったろ?鳥になりたいって。鳥になったらこんなところから飛んで逃げ出せると思った。
でも、それは願いであって、目標にはならなかったんだよ。
だが、いつだったか鳥みたいに遠くに行けることに気が付いた。ここから逃げればいい、さっさとこんなところから離れて、いつか潰してやろうって。
あそこから逃げ出したはいいが、それから今まで、禄な生き方をしてこなかった。だから、ここらで良いことをしとくかって思ったんだよ。飛べねえ鳥の面倒ぐらいなら見れるだろって。」
女:「・・・。」
男:「だから、もうこいつらを殺すつもりもなかった。」
女:「・・・ごめんなさい。」
男:「・・・甘えんだよ。」
女:「・・・え?」
男:「これじゃあ、まだ死んでねえ。ほら、貸せ。」
女:「・・・はい。」
男:「ここ握ってろ。
らしくねえことはするもんじゃねえな。結局あんたに人殺しをさせるきっかけを作っちまった。」
女:「・・・でも、それを望んだのは私です。
それに、私は貴方の気まぐれに救われたんですよ。
・・・私、飛べないんです。堕ちるしかないんです。
だから・・・、堕ちるならせめて貴方と同じ場所が良い。」
男:「・・・俺はどこまでも飛んで行けるって送り出したはずなんだがな。」
女:「ふふふっ、だって私、貴方の傍からどうしても離れられなかったから。」
男:「・・・なんでこんなに懐かれたんだか。見る目がねえな。」
女:「どうしてでしょうかね。私も不思議です。でも、きっと理由なんてどこにもないんですよ。
飛び方を知らない鳥にどうやって羽ばたき方を教えるか・・・。私、そんなことできっこないって思ったんです。だって、私も飛び方を知らないんだから。できるとしたら励ますくらいで。
でも・・・。」
男:「・・・・・・。」
女:「でも、もしも私も貴方も飛べないのであれば、一緒に飛ばなければいいと思ったんです。もう飛べないのであれば一緒に堕ちればいい。そうしたら、寂しくないから。」
男:「俺は別に寂しくもなんとも」
女:「私が寂しいんですよ。」
男:「・・・あんたは本当に馬鹿だな。」
女:「私もそう思います。
・・・もう夕方なんですね。」
男:「ああ・・・、西日が眩しい。」
女:「鳥たちも巣に帰るんでしょうね。」
男:「そうだろうな。」
女:「私たちはどこに帰るんですか?」
男:「さあ・・・どうするか。これがバレたら俺も。
・・・遠くに逃げるか。」
女:「鳥みたいに?」
男:「俺らは飛べねえだろ。堕ちるしかないんだから。」
女:「どこまでも堕ちていけば見つからないんじゃないですか?」
男:「・・・そりゃいい。」
女:「・・・・・・。」
男:「最期にもう一度聞くぞ。
このまま、刺せばあんたも人殺しだ。本当にいいんだな?」
女:「・・・はい。」
男:「・・・いいか、手を離すんじゃねえぞ。」
女:「はい。もう、離しません。」
女(M):「つぷりとした感触と背後に感じる温もりの向こうで鳥の堕ちる音がした。
でも、これでいい。
私は飛べない鳥の前で、自分の翼を折ることを選んだ。
どこまでもどこまでも堕ちて行けばいい。
鳥が飛べないように、羽ばたけないように、私はこの人から離れることができないのだ。」
読んでくださってありがとうございます。
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サイドストーリーでは男と女の過去のお話を見ることができます。
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