雪戀ふ椿

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    少女画報 1912年 10月号 *大日本習字促進會の広告 

    女学生生理 青柳有美 著 丸山舎書籍部 明42.6

                       以上

・一人称は私(わたくし)とお読みください

登場人物

・冬美/ふゆみ(♀):女学生

・静子/しずこ(♀):女学生


『雪戀ふ椿』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/6752376/page_202301302004

冬美(♀):

静子(♀):

本文

(雪が降り積もる静かな夜。白い道を行く二人)


冬美:「静子さん……っ、待ってちょうだい……!」


静子:「相変わらず冬美さんってのろまなのね」


冬美:「ご、ごめんなさい……。雪に足をとられてしまって」


静子:「……」


冬美:「……寒いわね」


静子:「真冬の夜だもの。そんな分かり切ったことを一々言わないでくださる?」


冬美:「……ねえ、静子さん」


静子:「なに?」


冬美:「……いいえ、なんでもないわ」


静子:「帰りたいのなら帰ってもいいのよ。私、一人でも構わないもの」


冬美:「一体、どこに行かれるおつもりなの?」


静子:「さあ、どこかしらね。教えられないけれど、帰るのなら今のうちよ」

 

冬美:「……静子さんをお一人で行かせるわけにはいかないわ。危ないもの。夜にこんな森の中を行くなんて」


静子:「あら、そう。貴女がいたところで何も変わらないでしょうけど」


冬美:「それでもお一人で行かれるよりはずっといいと思うわ」


静子:「見つかったらきっと長いお説教が待っているわよ」


冬美:「特に静子さんのお父様や田中先生からは大目玉を頂戴するでしょうね」


静子:「ええ」


冬美:「どうにかして許してくださらないかしら」


静子:「なにかいい考えがおありで?」


冬美:「いいえ。でも、怒られることがあれば言い返すつもりよ」


静子:「貴女にそんなことができるとは思えないのだけれど」


冬美:「でもはっきりと言ってやるの。だって、きっと静子さんにも理由があるはずだもの」


静子:「……そう。貴女が物申したら先生方もきっと驚くでしょうね。

そんな勇気があるのなら、學校の皆さんともはっきりとお話されたらいいじゃない」


冬美:「それは……、難しいわ。あの方たちが仰っていることは本当のことだもの。

私みたいな何の取柄もない人間が、静子さんのお傍にいたら誰だって嫌になるわ」


静子:「冬美さんがそうしているから好き勝手に言われてしまうのよ。見ていて腹が立ってくるわ。

あの方たちにも、貴女にも」


冬美:「でも、あまり言い過ぎてもだめだと思うのよ」


静子:「あらどうして?はっきり言わないと分からない方だっているわ」


冬美:「静子さん、この前も正子(まさこ)さんを泣かせてしまったでしょう?」


静子:「ああ、そんな名前だったかしら。もう忘れていたわ」


冬美:「どうして泣かせてしまったの」


静子:「気にくわなかったのよ」


冬美:「え?」


静子:「それだけよ」


冬美:「……」


静子:「私、學校もあの人たちも嫌いなの。

煩いんだもの。口を開けば退屈な話ばかりで」


冬美:「……そう。でも皆さん、静子さんとお話したいのよ」


静子:「なぜ?」


冬美:「静子さんが素敵な方だからよ」


静子:「笑わせないでちょうだい。そんな単純な理由な訳がないでしょう」


冬美:「そんな」


静子:「皆さん、ご自分のことがお好きで仕方がないのよ。

綺麗なものを身につけると何だか自分までも美しくなったと勘違いできるでしょう?」


冬美:「……」


静子:「……貴女ぐらいだわ」


冬美:「え?」


静子:「さあ、退屈なお話はやめましょう。なにか面白い話をしてちょうだい」


冬美:「難しいことを仰るわ」


静子:「なあに?私の頼みがきけないの?」


冬美:「お面白いお話なんて、何をお話したら良いのか……。

それに、静子さんは退屈だったとしても、私はいつも楽しいのよ。こうしてご一緒しているだけで。

今も浮かれてしまっているの。夜に静子さんとこうして歩くことなんて今までなかったから」


静子:「……日が昇っているときとなにが違うというの?」


冬美:「夜の少女は美しいというでしょう?」


静子:「“明るい電灯の下(もと)に座った夜の少女(おとめ)の美しさ……”でしたっけね。

……習字のお教室の広告でしょう?えらく気に入ったのね」


冬美:「そう。私ったらその一文に心がときめいてしまったの。

でも、同じ場面であったとしても静子さんの書かれた文字よりも、静子さんの華やかなお顔や漆の様な髪に目がいくわ」


静子:「美しき水草の後のような文字でも?」


冬美:「ふふっ。ええ。見てしまうの。とても綺麗なんですもの」


静子:「そう、私には分からないわね」


冬美:「本当はね、私も素敵な文章で静子さんのことを表現したいのよ」


静子:「詩のひとつでもお考えになったら?」


冬美:「考えたことはあるの。でも難しいの。雑誌に載ってらっしゃる先生方の詩を読んでみても、私にはちっとも書けるとは思えないわ」

 

静子:「だったら、いまからつくりましょう」


冬美:「詩を?」


静子:「ええ。面白いとは思わない? 二人で交互に考えていくのよ」


冬美:「静子さんはお上手なのでしょうけれど」


静子:「いいじゃない。誰かにお聞かせするものではないのだから」


冬美:「……分かったわ。でも、下手くそだからって笑わないでちょうだいね」


静子:「ええ。

何から始めようかしら……。そうね、“冬の夜(よ)の” からにしましょう。お次は冬美さんよ」


冬美:「冬の夜の……」


静子:「……」


冬美:「……“紅い椿は雪の中でも美しく”」


静子:「どうして椿がでてくるの?」


冬美:「静子さんのことよ」


静子:「私?」


冬美:「あのね、白い雪のなかで咲く紅い椿のように、遠くからでも静子さんだわって一目見てすぐ分かるの。

きっとどこにいらしてもすぐに気が付くわ、私」


静子:「……貴女、ずっと私のことを見ていたものね」


冬美:「ふふっ、だって本当にいつまでも見ていられるんだもの」

 

静子:「飽きないものかしら」


冬美:「飽きる?」


静子:「飽きるものでしょう?どれだけ美しくても同じ花を見続けていれば」


冬美:「そうかしら。私はいつまでも見ていられるわよ。でも……それは静子さんだからだわ。

静子さんと同じお顔の人がいらしても、私はきっとそんなに心を惹かれないと思うの」


静子:「……そう」


冬美:「今もよく見えるわ。雪のおかげね。夜なのに明るく見えるのよ。なんだか不思議だわ」


静子:「そうね。貴女のお顔もよく見えるわ」


冬美:「嫌だわ。あまり見ないでちょうだい」


静子:「今更じゃない」


冬美:「でも恥ずかしいの」


静子:「……貴女、いつも笑みを浮かべているわよね」


冬美:「いつもというわけではないのよ。静子さんが見ていらっしゃる顔だからそうなんだわ」


静子:「そんなに嬉しいものかしら」


冬美:「ええ」


静子:「……初めて会ったときからそうだったわ」 


冬美:「とても素敵な方がいらしゃるわって思っていたら、目が合ったんだもの」


静子:「だけど、あの時はまだ私のことを知らなかったのでしょう?」


冬美:「ええ。でも、心が惹かれたの。

あの後、お名前をお聞きした時に、もしかしたらもうお話できないかもしれないと残念に思っていたのよ。

私とは天と地の差だもの」


静子:「……おかしな子」


冬美:「ふふっ、だからこうして静子さんとお話しできるだけで私はとても幸せ者なの」


静子:「……離れてしまったら不幸になってしまうのかしら」


冬美:「え……?」

 

静子:「これから先、お互い嫁入りすることになるでしょう?」


冬美:「……そうね」


静子:「そうしたら、貴女は不幸になるのかしら」


冬美:「……」


静子:「嫌よね。

學校でも家でも、口を開けば“良妻賢母になれ”というばかり」


冬美:「……“女は何のために生まれ出て来たか”」


静子:「“良妻賢母になるのが女子の天分である”」


冬美:「“良妻賢母になるとはどんなことを意味するかというに、”」


静子:「“それは結婚をするということなのです”

 ……こんなつまらない文言なんて忘れてしまいたいのに」


冬美:「……ええ」


静子:「貴女は嫌じゃないの?」


冬美:「……嫌よ。でも、どうにもならないんだもの」


静子:「つまらない考えね。

私たち、結婚して子を産んで、母になったらそれでお終いなのよ。こんなものを人生だなんて呼びたくもないわ」


冬美:「……大丈夫よ、きっと」


静子:「……」


冬美:「分からないわよ。もしかしたら、すごく幸せなことが待っているかもしれないじゃない」


静子:「貴女も結婚したら幸せになれると思っていらっしゃるの?」


冬美:「……ごめんなさい」


静子:「謝ってほしいわけではないのよ。聞いていることに答えてほしいだけなの」


冬美:「……」


静子:「……だんまり、ね」


冬美:「なんてお伝えしたらいいのか分からなくて……。

でも、静子さんはきっと素敵な方とご結婚されると思うわ」


静子:「……」


冬美:「きっとそうだわ。そうではないと困るもの。私、静子さんには幸せであってほしいんだもの。

静子さんが幸せであってくれたら私も幸せだわ」


静子:「……っ」


冬美:「でも……、一番の幸せ者は静子さんとご結婚された方なのでしょうね」


静子:「……何よ、それ」


冬美:「え?」


静子:「やっぱり貴女の傍も退屈だわ」


冬美:「……ごめんなさい」


静子:「……」


冬美:「でも、本当にそう思っているの」


静子:「……」

 

冬美:「……静子さん?」


静子:「……“白雪はどこまでいっても清らかで”」


冬美:「白雪?」


静子:「ええ。

……私のことを椿だと言うのであれば、貴女は雪だと思ったの」


冬美:「雪……?そんな素敵なものでいいのかしら」


静子:「素敵だなんてお思いになるの?雪なんて溶けてなくなってしまうのに」


冬美:「あ……」


静子:「そういえば、椿の花もいつかは枯れるわね」


冬美:「……」


静子:「……素敵だなんて噓だわ。どうせ変わっていくんだもの」


冬美:「ねえ、静子さん」


静子:「……なによ」


冬美:「なにがあったの……?」


静子:「……」


冬美:「何だか様子がおかしいわ。どうされたの?」


静子:「……どうもしないわ」


冬美:「嘘よ。おかしいもの」


静子:「……」


冬美:「こんな夜に雪の中を歩いてどこに行こうというの?

どうしてそんなに、」


静子:「黙ってちょうだい」

 

冬美:「……っ」

 

静子:「……私はただ、願い事を叶えたいだけなの」


冬美:「願い事?」


静子:「……ほら、はやく続きをお考えになって」


冬美:「……」


静子:「……」


冬美:「“雪のなか、椿の花を愛でては願ふ”」


静子:「……」


冬美:「ねえ、どんな願い事なの?私も力になるわ。だから」


静子:「だったら、私と一緒に死んでちょうだい」


冬美:「え……?」


静子:「それが駄目だと仰るなら、私を殺して」


冬美:「どうしてそんな……」


静子:「私ね、結婚することになったの。

お父様が決めた、見ず知らずの方と」


冬美:「……っ」


静子:「春になったら遠くに行かなければならないのよ。もう、ここには帰って来られないでしょうね」


冬美:「……そう」


静子:「……いつそうなってもおかしくないと思っていたけれど、驚いたわ。

この雪が溶ける頃には私、ここにはいないんだもの」


冬美:「……」


静子:「……」


冬美:「……大丈夫よ」


静子:「なにが大丈夫だと仰るの?」


冬美:「よく知らない人だったとしても夫婦になって連れ添いさえすれば必ず愛が生まれると本にも書いてあったわ。

先生方やお母様たちもそう仰っていたもの。

だからそんなこと仰らないで。静子さんは大切にしてもらえるわ。いずれきっと幸せに」


静子:「そんなことどうだっていいわ……」


冬美:「え……?」


静子:「どうだっていいって言ったのよ……っ!!」


冬美:「……きゃっ」


(雪に倒れ込む二人)


静子:「どんな方が夫になろうが、愛が無かろうがそんなことどうでもいいのよ……!!

私はそのために育てられたんだもの……。

どうせ春に嫁入りして、夏になって、秋になって、そして冬が訪れて、そうやって季節を繰り返してゆけばそれが当たり前になるんだと諦めることができていたのよ……!!

でも、今はそれが怖いの……!!季節を繰り返すたびに貴女は……っ!!」


冬美:「……っ」


静子:「……冬美さんは私のことなど忘れてしまうでしょうから……」 


冬美:「……」


静子:「……何よ、どうして貴方がそんな顔をするのよ。腹が立つわ。貴女を見ているだけで腹が立って仕方がないの」


冬美:「……」


静子:「……冬美さんがあの日、あんなお顔で私のことを見なければ、私は戀心を知らずに済んだのよ」


冬美:「静子さん……」


静子:「……“戀心よ、雪とともに溶けておくれと”」


冬美:「……」


静子:「どうしてこんなにも苦しいのかしら。雪と一緒に消えてなくなってしまえば楽でしょうに」


冬美:「……消えてしまうことなんてないわ」


静子:「……」


冬美:「ねえ、静子さん。

 私ね、静子さんのことが好きよ。忘れることなんてできないほどに、静子さんの全てが好きよ」


静子:「……っ」


冬美:「ずっと戀をしていたの」


静子:「冬美さん……」


冬美:「私も本当は死んでしまいたいの。貴女と遠くにゆきたい。

 でも、そんなことできっこないのよ。私も静子さんも生まれてからずっと背負わされてきたものからはどうしたって逃げられないんだわ」


静子:「……」


冬美:「……ひとつ、我儘を言ってもいいかしら」


静子:「ええ」


冬美:「どれだけ苦しくても、私はこの戀心をずっと抱いて生きていきたいの。

……だから、どうか静子さんも生きてちょうだい。私のことを忘れないで生きてちょうだい」


静子:「……本当にお忘れにならない?」


冬美:「忘れられるはずがないわ」


静子:「いつか貴女が結婚したとしても?」


冬美:「ええ。

愛が芽生えるだなんて本には書いてあったけれど、戀が芽生えることなんてもう二度とないでしょうから」


静子:「……きっととても苦しいわよ」


冬美:「……ええ」


静子:「それでも良いと仰るの?」


冬美:「良いわ」


静子:「意地悪なことを仰るのね。これから先、ずっと苦しんでだなんて」


冬美:「駄目かしら」


静子:「いいえ。貴女がそう仰るのならそうしてあげるわ」


冬美:「ふふっ、ありがとう。静子さん」


静子:「……ずっと雪の上に寝転んでいたら風邪をひいてしまうわ。起きましょう」


冬美:「待って……っ」


静子:「……冬美さん?」

 

冬美:「お願い。あともう少しだけこのままでいてちょうだい」


静子:「……分かったわ」


冬美:「……静かね。

雪の降る音が聞こえそうだわ」


静子:「そうね。

……このままここにいたら雪に埋もれてしまうでしょうね」


冬美:「……」


静子:「このまま、ずっとここにいたいわ。何も変わらなければいいのに」


冬美:「……ええ。女学生のままでいられたら、貴女のお傍にいられるもの」


静子:「でも、私たち、変わらないといけないのね。 

少女から、妻になって、母になっていかないといけない」

 

冬美:「でも、変わるだけよ」


静子:「ええ」


冬美:「消えてなくなってしまうわけではないでもの。雪だって溶けてなくなるわけではないわ。川を流れる清らかな水になるもの。もしかしたら、静子さんの元へも流れるかもしれないわね」


静子:「……ねえ、冬美さん」


冬美:「なあに?」


静子:「手を握ってもいいかしら……?」


冬美:「……ええ」


静子:「冷たいわね」


冬美:「静子さんも冷たいわ」


静子:「……」


冬美:「……嫌だわ、どうしても上手に笑えないの。静子さんの前では悲しい顔なんてしたくないのに」


静子:「駄目よ、こちらを向いてちょうだい」


冬美:「……っ」


静子:「……貴女のそんな泣きそうなお顔、初めて見たわ」

 

冬美:「……おかしな顔をしているでしょう?」


静子:「いいえ。ちっともそんなことないわ。だからもっと見せて」


冬美:「……」


静子:「……」


冬美:「……私ね、静子さんに戀をしていたの。ずっと戀をしていたのよ。

だからこんなにも幸せで、こんなにも苦しいんだわ」


静子:「……私もよ。私も貴女に戀をしているわ」


冬美:「静子さん……」


静子:「ねえ、詩の続きを考えましょう。

ずっと忘れないように、私たち二人だけの詩を考えましょう」


冬美:「まるで恋文みたいね」


静子:「恋文だもの。

……だから、今だけはどうか……、」


冬美:「ええ、今だけはこのままで……」



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静子:「冬の夜の」


冬美:「赤い椿は雪の中でも美しく」


静子:「白雪はどこまでいっても清らかで」


冬美:「雪のなか、椿の花を愛でては願ふ」


静子:「戀心よ、雪とともに溶けておくれと」


冬美:「されど、椿は散りゆくなかでもにほゐけり」


静子:「消えゆく雪は姿を変えて残りゆく」


冬美:「少女(おとめ)は椿に頬寄せて」


静子:「少女(おとめ)は雪に唇寄せて」


冬美:「秘めたる戀は胸の内」


静子:「戀ひ戀ふふたりのよすがにと」


冬美:「戀ひ戀ふふたりのかたみにと」

 

 


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