金木犀の下で

・利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

 事前報告で教えてほしい内容、配信媒体などにおけるクレジット表記の決まりなどに関して書いてあります。

登場人物

・男:30代前半。小学校の先生をしていた。

・少女:10歳ぐらいの少女。

*台本自体の注意事項

 利用規約とは別に”金木犀の下で”に関する注意事項です。

 ・話の内容的に演じるのであれば、一度前読みしたうえで、あとがきを読んでから演じることをお勧めします。

 ・20~30分ほどだと思います。

 ・話とはあまり関係ありませんが、時代設定は昭和後期あたりです。

『金木犀の下で』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/8369910/page_202410151022

男:

少女:

本文

男M:むせかえるほどの秋の匂いだった。

あまりにも濃く薫ったそれに、当てもなく歩いていた足を止める。

大きな金木犀の木だ。

人通りのない道で夕日を浴びたそれは、その名の通り金色に輝いていた。


少女:「せんせぇ」


男M:そう声をかけられて、はっとする。

気付かぬうちに、見知らぬ少女が同じく金木犀の木の下に立っていた。


男:「君は……」


男M:まじまじと見ても、知らない者は知らない。

僕のことを清水さんとも、幸太郎さんとも呼ばずに先生と呼ぶと言うことは、いつぞやの教え子だろうか。

ここからは遠い場所にある小学校ではあるが、引っ越しでもしたのだろうか。


男:「すまないね。

僕は忘れっぽいんだ。

悪いんだけど、君の名前を教えてくれるかな?」


男M:そう言うと、少女は少し呆けた顔をした後に、にんまりと笑った。


女:「せんせぇ」


男M:むせかえるほどの秋のなか、烏(カラス)の濡れ羽色の髪にまろやかな頬をした少女は、金木犀の下でただ笑っていた。



===============



少女:「せんせぇ、忘れちゃったの? あたしのこと」


男:「……」


少女:「ふふっ、嘘。

あたし、せんせぇの教え子じゃないよ」


男:「だったら、どうして先生って言ったんだい?」


少女:「先生っぽいなって思ったの。ただそれだけ。

すごいでしょう? あたしの勘」


男:「……すごいね。驚いたよ。

でも、少し外れているな。今はもう先生じゃないんだ」


少女:「へえ。どうして?」


男:「どうしてだろうね。僕にも分からないんだ。ただ、今は少し休みたくてね」


少女:「じゃあ、せんせぇはもう先生をしないの?」


男:「いや、元気になったらまた先生になろうと思っているよ」


少女:「そうなんだ」


男:「そんなことよりも、もう日が暮れるよ」


少女:「そうだね。カラスがおうちに帰ろうって鳴いているもん」


男:「そうだね。君もそろそろ帰った方が良い」


少女:「やだ。あたし、まだ帰りたくないの」


男:「親御さんも心配するだろう?」


少女:「そんなことないよ。それに、あたしここにいたいの」


男:「どうして?」


少女:「せんせぇ、しってる?

ここね、今あたしたちがいる場所ね、オバケがでるのよ」


男:「おばけ?」


少女:「このね、金木犀の木の下に死体がうまってて、その死体の女の子がオバケになって出てくるの」


男:「……それじゃあ尚更、どうして君はここにいたいんだい?」


少女:「かわいそうだから」


男:「かわいそう?」


少女:「一人ぼっちはかわいそうでしょう。

こんなさみしい場所で一人ぼっちじゃ、かわいそう」


男:「かわいそうって……」


少女:「だから、あたしはここにいたいの」


男:「どうしても帰りたくないのかい?」


少女:「うん」


男:「参ったなあ……」


少女:「どうして?」


男:「どうしてって……。君みたいな子供を、こんな人気のない場所で一人にしたら危ないからだよ」


少女:「じゃあ、いっしょにいてくれるの?」


男:「……分かった。

しばらく僕も一緒にいるよ」


少女:「ほんとう?」


男:「ああ……。どうせ、僕も暇人だからね」


少女:「ふふっ、そう言ってくれると思ってたんだ。

せんせぇ、やさしそうだから」


男:「……君はこの辺りの子なの?」


少女:「そうだよ」


男:「じゃあ、霧山小学校の子だ」


少女:「うん」


男:「実は、僕も同じ小学校だったんだよ」


少女:「でも、せんせぇはこの辺りにすんでないでしょう?

すんでる人、この道あんまり通りたがらないもん」


男:「ああ……、よく分かったね。

君ぐらいの歳の頃に都内の方に引っ越してから、ずっとそっちで暮らしていたんだ。

つい最近、ここに戻ってきたんだよ」


少女:「せんせぇは、どんな子だったの?」


男:「どんな子?」


少女:「あたしぐらいの時」


男:「そうだなあ……。

勉強は好きだったよ。頭が特別良いという訳でもなかったんだけど、人にものを教えるのが好きでね。よく調べものをしていたんだ」


少女:「だから、先生になったの?」


男:「そうだね。それに、僕のお父さんも学校の先生をしていたから、憧れもあったんだろうね」


少女:「へぇ」


男:「運動はあまり得意ではなかったかな。

まとめるなら……、そうだね。普通の子だったと思うよ」


少女:「ふつうの子ってなあに?」


男:「……なんだろうね。

言われてみると難しいな。

でも、自分で言うのも変だけど、良い子だったんだと思うよ。

通信簿には優しい子だとよく書かれていたからね」


少女:「ふふっ」


男:「なんだい?」


少女:「面白くて笑っただけなの」


男:「面白い?」


少女:「先生はやさしい子だったんだね」


男:「……どうだろうね。もう随分と昔のことだから」


少女:「よく褒めてもらってた?」


男:「まあ……、そうだったかもしれないね。

でも、それは大人から見てのことだから。やっぱり普通としか言いようがない子だったよ。

……問題のない子、と言った方が良いのかな」


少女:「問題のない子?」


男:「そう。問題のない子」


少女:「じゃあ、あたしは普通じゃない子だ」


男:「どうしてそう思うんだい?」


少女:「あたし、問題だらけだもん」


男:「……」


少女:「あのね、ここにいるねオバケね、あたしといっしょなの」


男:「一緒?」


少女:「この子はね、お父さんからぶたれてたんだって。そんでね、学校でもいじめられてた、かわいそうな子なんだって。

だから、首をくくって死んじゃった。

死んだら、お父さんたちにここに埋められちゃったの」


男:「……酷い話だね」


少女:「そうだね」


男:「君もそうなのかい?」


少女:「ふふっ、そうだよ。いっしょなの」


男:「それは……」


少女:「あたしのお父さん、怒りっぽいの。

だから、ちょっとでもだめなことをするとすぐに叩かれるんだ。

お母さんもお父さんがこわいから助けてくれないの。

おフロもあまり入れてもらえないし、洋服だってぼろぼろのばっかなの。

だから、みんなからもきらわれちゃった」


男:「誰かに相談は?」


少女:「したことあるよ。でも、話は聞いてくれるけどなんにもしてくれなかった。

だから、もういいの。

だって恥ずかしいんだもん。

みんなが普通にしていることができないの恥ずかしいんだもん。

みんなが普通にもらえるものをもらえてないの恥ずかしいんだもん。

それを気にしているのも恥ずかしい。

そうしたら、上手に誰とも話せなくなっちゃった。

いやなことばかり言っちゃうの、あたし。

だからみんなもっと遠くに行っちゃった。

でも、それももういいの。

あたし、クサいから」


男:「くさい?」


少女:「うん」


男:「誰かに言われたのかい?」


少女:「うん。

だから恥ずかしい。

臭いのも恥ずかしい。

だから、金木犀は好き。ここにいれば臭くても分からないから」


男:「……」


少女:「……」


男:「……君は、悪くないよ」


少女:「……」


男:「……君が悪い訳じゃないんだから、君の問題じゃないよ」


少女:「でも、誰も助けてくれないよ」


男:「大人はね……、いや違う。

全員がそういうわけではないんだ。

ただ、一部の嫌な大人が目をそらして見なかったことにしているだけなんだよ」


少女:「せんせぇはそうじゃないの?」


男:「僕は助けたいと思っているよ。君みたいな子たちを。

でも……、簡単には助けてあげられなくて。

……疲れてしまったんだよ。

前ならそれでも負けずに頑張ろうって思えてたんだ。

……精神面は強い方だと思ってたんだけどな。

急に、ふらふらと死にたくなってしまった」


少女:「死なないの?」


男:「……死にたくはないよ。だから、死なないように歩いているんだ。

こっちに帰ってきていた両親の元に身を寄せて、一体何をしているんだか……。

いつか、また頑張れたらいいとは思ってるんだけどね。

……子供たちが困っていたら助けてあげたい。

教えることも大切な仕事だろうけど、それだって大切なことだと、僕は思っているからね」


少女:「……」


男:「子供に聞かせるような話じゃなかったね。

だめだ。思っていたよりも消耗しているみたいだ。ぺらぺらと話してしまった」


少女:「別にいいよ。あたし、むつかしいことは分からないもの」


男:「……そうかい」


少女:「せんせぇはやさしいね。死にそうになっても助けたいと思っているんでしょう?

やさしいね、やさしいね。あたし、うらやましい。

ねえ、あたしのことも助けてくれるの?」


男:「……」


少女:「あたし、せんせぇの教え子じゃないけど助けてくれる?」


男:「……ああ、助けたいと思うよ」


少女:「ふふっ」


男:「どうしたんだい?」


少女:「面白くて笑ったの」


男:「……」


少女:「ねえ、せんせぇが子どものときにはいなかったの?」


男:「何が?」


少女:「普通じゃない子」


男:「どうだったかな。あまり覚えてないな。

……ああ、でも一人、少し変わった子がいたかもしれない」


少女:「へぇ」


男:「風呂嫌いで、着替えもせずに学校に来る子だった。

周りからくさいやら何やら言われても、へらへら笑ってたよ」


少女:「せんせぇはその子のこと、助けてあげなかったの?」


男:「あの子はそういう子じゃないんだ。ただのおかしな子だったから」


少女:「おかしな子?」


男:「ああ。一緒に話したり、遊ぶことはあったよ。でも、いつも遊ぶときは二人だったような気がするな。見られるのが嫌だったのかもしれない」


少女:「きらわれている子と遊ぶだなんて、せんせぇはやさしいね」


男:「あまりにも嫌われていて見てられなくてね。でも、本人はあまり気にしていなかったから、余計なお世話だったのかもしれない。

遊んでいても笑いながらからかってくるばかりで、あまり良い思い出はないしね。

それに、僕が他の友達と遊んでいる時にからかってきて、やめてほしくて何か言ってしまったんだよ」


少女:「なんて?」


男:「さあ、なんだったかな。もう覚えてないよ。でも、あの子は笑ってたような気がするから、そこまでのことを言ったわけじゃないんだろうけどね。

ただ、あの日以来、あの子とは会ってなくてね。今はどうしているのかは分からない」


少女:「……」


男:「久しぶりに思い出したけど、やっぱりあまり覚えていないな。もう名前も顔も出て来ない」


少女:「せんせぇは今、その子に会ったら助けてあげたいと思う?」


男:「……どうだろうね。あの子次第かな」


少女:「じゃあ、この地面に埋まっている子は?」


男:「……生きていたら助けたかったよ」


少女:「あたしは?」


男:「さっきも言ったけど、助けたいよ」


少女:「ふふっ」


男:「また面白いことを言ったかな?」


少女:「うん」


男:「……」


少女:「あたしね、一人だけ一緒に遊んでくれる子がいたの」


男:「え?」


少女:「きらわれてるからみんなあたしと遊んでくれないし、話してくれないの。でも、その子だけはね、遊んでくれたんだ。

金木犀がね、咲いている時はね、ここでよく話すの。その子、金木犀のかおりが好きだって言ってたから」


男「……」


少女:「春の沈丁花と夏の梔子、秋の金木犀」


男:「三大香木かい? よく知っているね」


少女:「あの子が教えてくれたの」


男:「随分と物知りなんだね」


少女:「うん。

でも、あの子は金木犀がいちばん好きって言ってた。

あたしもね、金木犀好き。

せんせぇは金木犀好き?」


男:「あ、ああ……。そうだね、秋らしい、いい香りがして好きだよ」


少女:「ふふっ、同じだね」


男:「君には良い友達がいるんだね」


少女:「ともだちじゃないよ」


男:「違うの?」


少女:「うん」


男:「……そうか」


少女「でも、遊んでくれるから好き」


男:「優しい子なんだね」


少女:「やさしくないよ。やさしそうなだけ」


男:「え?」


少女:「でも、あたしはねその子といっしょにいたいの」


男:「……」


少女:「せんせぇ」


男:「……なんだい?」


少女:「せんせぇはまた先生をするの?」


男:「……そうだね。

やっぱり君みたいな子に手を差し伸べてあげたいから」


少女:「ふふっ」


男:「さっきからどうして笑うんだい?」


少女:「面白いから笑ったの」


男:「君は……」


少女:「なあに?」


男:「……人が言ったことで笑うのは、良くない時もあるんだよ」


少女:「だって、面白かったんだもん」


男:「それでも、相手を嫌な気持ちにさせてしまうことがあるんだ」


少女:「せんせぇらしいことを言うんだね」


男:「先生だからね」


少女:「そうだね、せんせぇだものね」


男:「今度は諦めずに、助けられるように頑張るよ」


少女:「じゃあ、せんせぇはまだ生きるのね」


男:「……そうだね。まだ生きるよ」


少女:「そう」


男:「僕はそろそろ帰るよ。君はどうするんだい?」


少女:「あたしはまだここにいるよ」


男:「そう」


少女:「ねえ、せんせぇ」


男:「なんだい?」


少女:「せんせぇは物知りでしょう? だから教えてほしいの。

……金木犀をたくさん食べたら、あの子が好きな金木犀のにおいになると思う?」


男:「さあ……、どうだろうね」


少女:「……あたし知ってるよ」


男:「え?」


少女:「……せんせぇ、しゃがんで」


男:「……これでいいかい?」


少女:「口を開けて」


男:「どうし

……っ!!」


(口の中に毟った金木犀の花を入れられる)


少女:「金木犀の花あげる。ちゃんとぜんぶ食べてね」


男:「(咳き込む)」


少女:「だめだよ。ちゃんと噛んで、飲み込んで」


男:「(何とか飲み込む)」


少女:「ぜんぶ食べた?」


男:「なにがしたいんだ……?」


少女:「ふふっ、何もしたくないよ」


男:「君は」


少女:「ねえ、せんせぇ」


男:「っ」


少女:「次、会ったときに教えてあげるね。さっきの質問のこたえ。

だから、助けてね、あたしのこと」


男:「……」


少女「ね、せんせぇ」


男:「……っ」


(走り去る男)


少女:「ふふっ、逃げちゃった。


あのね、たくさん食べても金木犀のにおいにはならないんだよ。

金木犀の下に埋められてもならないんだよ。


あんたがクサいって言ったから、がんばったのにね。


ふふっ、バカだねぇ、こうたろうくんは。

なんも変わってないんだから。

上っ面のやさしさもなんにも変わってないんだから。


助けられるわけないのにね。

あんた、そんな人間じゃないんだから。


だから、はやく、はやく、こっちにおいで。

またいっしょに遊ぼうね。こうたろうくん。


あたし、待ってるから。金木犀の下で」


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