花冷えと薫風
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登場人物
・佐々木みずき(♀):めいと同じ中学校で高校のクラスメイト
・田辺めい(♀):みずきと同じ中学校で高校のクラスメイト
『花冷えと薫風』
作者:なずな
URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/7828436/page_202404202329
佐々木みずき:
田辺めい:
本文
(昼休みの教室)
めい:「……」
みずき:「あ、田辺さん!」
めい:「……っ」
みずき:「田辺さん、一人? 一緒にお昼食べても良いかな?」
めい:「え?」
みずき:「ここ誰の席だっけ? えっと……、ああ、三好くんか。じゃあいいや。帰ってきたらどけば良いし」
めい:「あ……」
みずき:「三好くん、面白い人だったよね。自己紹介めっちゃ滑ってて、逆にやばかった」
めい:「う、うん……」
みずき:「てかさ、ほんと良かったー。同じ中学の人がいて。みんなそのまま、付属の高校に行ったからさ」
めい:「さ、佐々木さんは……」
みずき:「なに?」
めい:「佐々木さんはどうしてこの高校に……?」
みずき:「え?」
めい:「張本さんとかはそのまま上がるって言ってたから」
みずき:「ああ、モモカたちね。うち、親の都合で引っ越すことになってさ。まあ、地味な距離なんだけど。
で、比べたらこっちのほうが近かったんだよね」
めい:「で、でも、みんなと仲良かったでしょう? 通える距離だと思うし……」
みずき:「朝起きるの苦手だから近い方がいいんだ。制服もこっちのほうが可愛かったし。それに、モモカたちには会おうと思えばいつでも会えるしさ」
めい:「そっか……」
みずき:「田辺さんはどうして?」
めい:「……なんとなく」
みずき:「……そっか」
めい:「……」
みずき:「でも、ほんとに驚いちゃった。中二、中三って同じで、高校も同じクラスなのすごくない?」
めい:「私も驚いたよ。佐々木さん見つけたとき」
みずき:「ねー。
ほんとは入学式の日に話しかけたかったんだけど、田辺さんすぐ帰っちゃったじゃん?」
めい:「ご、ごめんね」
みずき:「あ、ちがうよ。別に怒ってるとかじゃないからね。
入学式のあと土日って休みだったから、今日は絶対に話そうって決めてたんだ」
めい:「そうだったんだ。ごめんね、気を使わせちゃったみたいで」
みずき:「謝るとこじゃないよー。そんでさ、気づいたんだけどうち田辺さんの連絡先知らないんだよね。交換しよ」
めい:「……ごめん。私、スマホ持ってなくて」
みずき:「え? ああ……、そうなんだ。じゃ、いつか持ったら交換しよ」
めい:「うん」
みずき:「……」
めい:「……」
みずき:「ねえ、明日も一緒にお昼食べない?」
めい:「え?」
みずき:「だめ?」
めい:「いや……、でも、佐々木さん他に友達とかできるんじゃ……。もうクラスの人たちと打ち解けてるみたいだったし」
みずき:「そんなことないよ。うち、結構人見知りだもん。だから、知っている人といる方が落ち着くんだよね」
めい:「……」
みずき:「だめ?」
めい:「……ううん。いいよ」
*
みずきM:「四月。
曇り空の中、桜が散っているのが窓から見える。
新学期のそわそわした、落ち着かない雰囲気のなかでお弁当を食べる。
目の前に座っている女の子は俯きがちで目が合わない。
だけど、それも当然のことだ。
田辺めい。
中学の時にクラスのみんなからハブられていた子。
うちはその子に何にもなかったような顔で近づいた。
この子の傍にいれば、この子と仲良くすれば、このよく分からない気持ち悪い感覚が無くなると思ったから」
=====================
(1週間後)
みずき:「田辺さん」
めい:「……っ!」
みずき:「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
めい:「う、ううん。大丈夫。でも、職員室に呼ばれたんじゃ……?」
みずき:「ああ、なんか書類の不備?とかなんとかって。親に見せれば分かるからって渡されただけで終わったよ」
めい:「そうなんだ」
みずき:「そう。思ったよりはやく終わったから、田辺さんのこと探してたんだ」
めい:「図書室にいるってよく分かったね」
みずき:「なんとなく? 田辺さん、本好きなイメージあったから」
めい:「……そうなんだ」
みずき:「でも、迷っちゃったよ。最初、別館に行っちゃってさ」
めい:「校舎、割と広いもんね」
みずき:「ねー」
めい:「……」
みずき:「ずっと図書室にいたの?」
めい:「ううん。今来たところだよ」
みずき:「あちゃー。じゃあ、邪魔しちゃったね。ごめん」
めい:「ううん。もうこれ借りるから大丈夫」
みずき:「え? でも、いま来たばっかなんでしょ?」
めい:「いいの。これ面白そうだから」
みずき:「そう? あまり読まないんだけど、うちも何か借りようかな。なにかおすすめとかある?」
めい:「なんだろう……。私もたくさん読んでいるわけじゃないから」
みずき:「そういや、田辺さんってずっと同じ本読んでなかった?」
めい:「っ」
みずき:「難しい本だったの?」
めい:「いや……」
みずき:「田辺さん?」
めい:「……私、読むの遅いから。それでだと思う」
みずき:「ああ……、そうなんだ。なんかすごい分厚い本だったしね。うちならもっと時間かかると思う」
めい:「……」
みずき:「あの本、面白かった?」
めい:「……よく分からなかった」
みずき:「そうなんだ。じゃあ、今度なにか面白い本があったら教えてよ。同じ本読めば色々話せて楽しそうだし」
*
めいM:「四月。
春だというのに寒く、散っていく桜の不揃いな感じが落ち着かない。
図書室の中で聞こえる話し声や笑い声も、自主練している吹奏楽部の楽器の音も何もかもが嫌だ。
ごちゃごちゃと嫌なことばかり考えてしまう。
目の前の女の子は、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。
佐々木みずき。
中学のとき、私をいじめていたクラスメイトの一人。
見て見ぬふりをしていた子。
やっと逃げることができたと思っていたのに。
彼女はそ知らぬ顔で何もなかったかのように話かけてくる。
あの時、あの教室で生きていくための必死の抵抗も知らないで」
=====================
(五月初旬)
(放課後)
みずき:「あー……、思い出せてよかった。あの先生の宿題忘れたら絶対めんどいもん……」
(教室で残って何かしているめいを見つける)
みずき:「ん? あれ、田辺さん?」
めい:「あ……、佐々木さん」
みずき:「何してんの?」
めい:「あ、あの、イヤホン落としちゃって」
みずき:「え?! 大丈夫? 死活問題じゃん。うちも一緒に探すよ」
めい:「い、いいよ……! 大丈夫だから。たぶん、もう見つかると思うし」
みずき:「でも、見つかってないんでしょ?」
めい:「悪いし、ほんとに大丈夫だから」
みずき:「いや、探す。イヤホンとかないと困るじゃん。で、どのへんで落としたの?」
めい:「あ、え、えっと……、帰るときに出そうとして落として、それで足に当たって……。
……この辺り、かな」
みずき:「おーけー」
めい:「ごめんね」
みずき:「ううん、いいよ。気にしないで」
めい:「……」
みずき:「……」
めい:「……佐々木さんは、どうして残ってたの?」
みずき:「数Ⅰの宿題プリント忘れててさ、ギリギリで思い出せたの」
めい:「あ、そっか。明日の2限だもんね」
みずき:「そうそう。高橋先生怖くない? 寝てると怒るし」
めい:「厳しい先生だよね」
みずき:「なんか高橋先生のクラス、スマホ見つかったらすぐ没収されるらしいよ」
めい:「そうなんだ……。それは困っちゃうね」
みずき:「うちらの担任のみやもんはゆるくてラッキーだったよね。来年も担任でいてほしい」
めい:「宮本先生、授業も面白いよね」
みずき:「ねー。まあ、今日は寝ちゃったんだけど」
めい:「……そっか」
みずき:「……」
めい:「……」
みずき:「……今日、暑くない? 窓開けても良い?」
めい:「うん」
(窓を開けるみずき)
みずき:「……風きもちー。なんか緑って感じのにおい」
めい:「……」
みずき:「……どうかした?」
めい:「合奏してるのが聞こえるなって……」
みずき:「ああ、吹部の」
めい:「うん」
みずき:「田辺さん、吹部だったもんね。知ってる曲だったりする?」
めい:「うん……。中学でやったことある曲」
みずき:「もしかして、文化祭で発表したことある?」
めい:「そうかも」
みずき:「やっぱ? なんか聞いたことあるなって。
田辺さん、あれだよね。あの、黒い、えっと前の方に座ってる……」
めい:「……クラリネット」
みずき:「あ! そうそう、クラリネット。
もう吹部やらないの?」
めい:「今のところ入るつもりはないかな」
みずき:「そうなんだ」
めい:「佐々木さんはバドミントン部入らないの?」
みずき:「あー、うん。なんかやる気にならなくてさ」
めい:「そっか。部活、大変なことも多いもんね」
みずき:「田辺さんは……」
めい:「え……?」
みずき:「……」
めい:「……佐々木さん?」
みずき:「……ううん。ごめん、なんでもないの」
めい:「……」
みずき:「あっ」
めい:「どうしたの?」
みずき:「田辺さん、スマホのライトでこの棚の下、照らしてもらってもいい?」
めい:「あ……」
みずき:「……あ、そっか。ごめん。スマホないんだもんね。じゃあ、うちので照らしてもらってもいい?」
めい:「う、うん」
みずき:「ありがと。よいしょっと……」
(しゃがんで、隙間に手を伸ばすみずき)
めい:「さ、佐々木さん? 制服、汚れちゃうよ」
みずき:「大丈夫」
めい:「で、でも……っ」
みずき:「あっ、届いた! あ、まって。少し汚れちゃってるから」
めい:「大丈夫だよ……っ。ごめんね、ありがとう」
みずき:「ううん、別に良いよ。良かった、見つかって」
めい:「……うん。本当にごめんね。もう帰るところだったのに」
みずき:「いいよ。別に急いでたわけでもないしさ。
あ、そうだ。さっきさ、クラスの子に駅前のファミレスに行かないかって誘われたんだけど、田辺さんも一緒にどう?」
めい:「え? でも、私が行ったらみんな困るんじゃ……」
みずき:「困んないよ。たぶん、みんなも良いよって言ってくれると思う。なんかそのファミレスでアイドルのイベントみたいなやつやってるんだって」
めい:「アイドル……?」
みずき:「うん」
めい:「佐々木さん、アイドル好きだったもんね。よく張本さんたちとも話してたし」
みずき:「ああ……、うん。そうだね」
めい:「……大丈夫。今日は予定あるから。ありがとう、誘ってくれて」
みずき:「そっか……。分かった」
めい:「ごめんね」
みずき:「ううん」
めい:「……」
みずき:「田辺さんは、まだ帰らない感じ?」
めい:「……あと少ししたら帰ろうかな」
みずき:「そっか。じゃあ、うちはもう行くね」
めい:「うん。あの……、本当にありがとうね。一緒に探してくれて」
みずき:「……ううん。ぜんぜん気にしないで。じゃあ、また明日ね」
めい:「うん。
また、明日」
*
みずきM:「五月 初旬。
新しい緑色の葉っぱがそよそよと風に揺られている。
吹奏楽部の合奏が遠くから聞こえるなか、少しひんやりとした廊下を歩く。
田辺さん。
同じ中学で、同じ高校のクラスメイト。
本が好きで、あまり喋らない物静かな子。
まだまだ田辺さんのことは分からないし、未だにどんな顔をして話せばいいのか分からない。
でも、中学でみんなが言っていたような子じゃないのは確かだ。
そんなの分かり切っていたことだったけど」
=====================
(五月 中旬 中庭)
みずき:「あーもう、みやもん人使い荒すぎ」
めい:「頼みやすかったんじゃないかな。クラスで部活に入っていないの私たちだけだから」
みずき:「だからって中庭の花壇の水やり頼む? 普通、環境委員会の仕事なんじゃないの」
めい:「宮本先生、環境委員会の先生だったっと思うけど……。みんな、忙しいのかもね」
みずき:「それは……、まあそっか。あ、ホース繋いだよー」
めい:「ありがとう」
みずき:「水、出して大丈夫?」
めい:「うん」
みずき:「てか、ホース一つしかないんだ。どうしよ……、あ、ジョウロあんじゃん。これでいいや」
めい:「……これ、なにを育てているんだろうね」
みずき:「ねー。あとで、みやもんに聞いてみよ」
めい:「うん」
みずき:「そういや、体育祭、うちのクラス赤組だったね」
めい:「うん」
みずき:「七月かー。絶対に暑いよね。どうしてそんな夏にやるんだろ」
めい:「ね」
みずき:「田辺さんは体育祭楽しみ?」
めい:「……あまり、楽しみじゃないかも。私、運動苦手だからみんなの足引っ張ると思うし」
みずき:「そんなの気にしなくていいんだよ。お祭りなんだからさ」
めい:「そうかな」
みずき:「そうだよ」
めい:「佐々木さんは運動得意だよね」
みずき:「まあね。その代わり、勉強はぜんぜんダメなんだけど」
めい:「中学のときもよく表彰されてたの見ながら、すごいなって思ってたよ」
みずき:「ああ……、でも、全国とかじゃ全然だめだったし、そんなにすごいことじゃないんだよ」
めい:「でも、勝って、全国に行ったわけでしょう?」
みずき:「それはそうだけど……」
めい:「バドミントンもそうだけど、足もすごく速かったでしょう? もしかしたら、リレーの選手にも選ばれるかもしれないよ」
みずき:「えー、どうしよ」
めい:「それで走ったところを見て、運動部からたくさん声かけられちゃうかもしれないし」
みずき:「あははっ、なにそれ。うち、そんなにすごくないよ」
めい:「すごいよ」
みずき:「……」
めい:「佐々木さんはすごいよ。中学の体育の時もいつもそう思ってたもん」
みずき:「……そ、そう? ありがと。なんか照れちゃうね」
めい:「……」
みずき:「……田辺さんもさ、すごいと思うよ」
めい:「え?」
みずき:「吹部、がんばってたじゃん。吹部が休みの時も放課後、練習してたでしょ?」
めい:「え、ああ……。あれは、みんなよりも下手だから……」
みずき:「ええー、そんなことないよ。綺麗な音だなって思ってた。まあ、うちもクラリネットのことは分からないんだけどさ」
めい:「……ありがとう」
みずき:「あれ? もしかして田辺さんも照れてたりして?」
めい:「そ、そんなことないよ」
みずき:「嘘だー、こっち向いてよ」
めい:「だから、そんなことないって……っ!」
(ホースの水をみずきにかけてしまうめい)
みずき:「冷た……っ!」
めい:「あっ」
みずき:「もー、顔面に水かけるとかひどい」
めい:「ご、ごめんね……! 大丈夫?」
みずき:「大丈夫だよ」
めい:「でも、ほんとにごめんね。どうしよう、えっと」
みずき:「あやまんなくていいって。気にしてないし」
めい:「でも、」
みずき:「田辺さん」
めい:「な、なに?」
みずき:「えいっ」
(めいに水をかけるみずき)
めい:「……っ!」
みずき:「ふふっ、仕返し」
めい:「佐々木さん……」
みずき:「あははっ、やば。前髪、終わってる」
めい:「佐々木さんも大変なことになってるよ」
(顔を見合わせて笑う二人)
みずき:「も、こんなもんでいいでしょ」
めい:「そうだね」
みずき:「さっさとみやもんのとこに行ってさ、ジュースでも奢ってもらお」
めい:「え?」
みずき:「こんなずぶ濡れになったのは、みやもんのせいなんだから」
めい:「……ふふっ、そうだね」
みずき:「じゃあ、行こ! うち、レモンティーがいいなー」
*
めいM:「五月 中旬。
春から夏に変わろうとしているのがよく分かる、そんな日。
風が水にぬれた髪を通り抜けていく感覚が気持ちよかった。
佐々木さん。
同じ中学で、同じ高校のクラスメイト。
誰とも仲良くできる、賑やかで明るい子。
まだまだ佐々木さんのことは分からないし、未だにどんな顔をして話せばいいのか分からない。
でも、もしかしたら仲良くなれるのかもしれない。
そう思うたびに、言い聞かせている。
あの子は仲良くなりたくて、私の傍にいるわけじゃないんだって。
私だって許すことができないでいるのだから」
=====================
(六月 初旬)
みずき:「ああー……、ねむ。やっと終わった」
めい:「お疲れさま」
みずき:「おつかれー。ねえ、もうワーク出した?」
めい:「ワーク?」
みずき:「数学の。今日の4時まででしょ?」
めい:「……」
みずき:「……もしや、忘れてた?」
めい:「うん……」
みずき:「ワークは学校にあるの?」
めい:「あるよ。4時までならなんとかなると思う」
みずき:「結構、ページ数あるよ? 答えだって最初に没収されてるし」
めい:「でも急いでやれば何とかなるよ。合っているかは置いといて。教えてくれてありがとう」
みずき:「……良かったらだけど、これ写す?」
めい:「え?」
みずき:「合ってるかは分からないけど、微妙に変えたりして写せばいけるんじゃない?」
めい:「いや、いいよ。私が忘れてただけなんだし。それに提出って本人が行かなきゃでしょ?」
みずき:「いいのいいの。うち、気にしないし。今日は何も用事ないし」
めい:「……気にしなくちゃだめだよ。佐々木さんが頑張ってやったやつなんだから」
みずき:「へ?」
めい:「よくないよ。中学のときもよく宿題とか頼まれて見せてたけど、もっと怒って良いと思う」
みずき:「……ふふっ」
めい:「佐々木さん?」
みずき:「田辺さんっていい子だよね」
めい:「え……っ?」
みずき:「ううん、ごめん。言われて確かになって思っただけ。でも、今回はね本当に全然いいの。田辺さんが嫌じゃなければだけど」
めい:「で、でも」
みずき:「じゃあ、今度なんか奢って。新作のフラッペがいいな」
めい:「……いいの?」
みずき:「うん」
めい:「……ありがとう」
みずき:「いーえ。んじゃ、これ」
めい:「急いで終わらせるね」
みずき:「いいよ、別に」
めい:「……」
みずき:「……あ、うち、一緒にいると気が散る?」
めい:「え? ああ……、ううん。大丈夫だよ」
みずき:「そ? なら良かった」
めい:「……」
(スマホをいじるみずき)
みずき:「……げっ」
めい:「な、なに?」
みずき:「明日、真夏日だって」
めい:「今日も十分暑いのにね」
みずき:「ね、ほんとやになる。今日も汗でメイク終わったし。体育祭とか絶対やばくない? めっちゃ焼けそう」
めい:「……」
みずき:「あ、ねえねえ。体育祭のことなんだけどさ、クラスの女子みんなでおそろにしない?って話になってるんだ」
めい:「お揃い?」
みずき:「髪とか、メイクとか。田辺さん、スマホないじゃん。だから、伝えといて―って頼まれてたんだよね」
めい:「そう、なんだ……」
みずき:「めっちゃ高校生って感じでよくない? うち、憧れてたんだよね」
めい:「で、でも、私、不器用だし……」
みずき:「じゃあ、うちが結ぶよ。 一回、やってみてもいい?」
めい:「え、あ、うん……」
みずき:「じゃ、ちょっとごめんね」
めい:「……今日、汗かいたかも。ごめんね」
みずき:「ううん。いいよ」
めい:「……」
みずき:「……中2のとき、最初は結構長かったよね?」
めい:「よく覚えてるね」
みずき:「まあね」
めい:「……あの」
みずき:「なーに?」
めい:「私、本当にみんなとお揃いとかしていいのかな……?」
みずき:「いいに決まってるじゃん」
めい:「……中学の時はできなかったから心配になっちゃって」
みずき:「あ……」
めい:「……ごめんね。変なこと言っちゃった」
みずき:「ううん……。そんなことないよ」
めい:「……」
みずき:「みんなさ、田辺さんと話してみたいなーって言ってたよ」
めい:「……」
みずき:「誰も悪口なんて言ってないから。だから、大丈夫」
めい:「……そっか」
みずき:「はい! 完成! ほら、みてみて」
めい:「……わー、すごい。佐々木さん、器用なんだね」
みずき:「これちょー簡単だから田辺さんもできるよ。今度、教えてあげる」
めい:「ありがとう……」
みずき:「ね、違うのもやってみていい?」
めい:「え、ああ、うん」
みずき:「やった」
めい:「……つまらなくない?」
みずき:「ぜーんぜん。楽しいよ、人の髪いじるの」
めい:「ちがくて……」
みずき:「ん?」
めい:「……ううん、なんでもない。ごめん、気にしないで」
みずき:「えー、なになに。気になるよ」
めい:「佐々木さん。これ、食べる?」
みずき:「急じゃん。いいの?」
めい:「うん」
みずき:「ありがと。
……え、これおいし」
めい:「新作だって。コンビニに売ってたんだ」
みずき:「へえー。うちも買お。ワークのお礼は今のでいいよ」
めい:「こんなのお礼にならないよ」
みずき:「なるよ。それにフラッペって言ったのも冗談みたいなものだったし」
めい:「ううん。絶対に奢る」
みずき:「え? でも、それって外で一緒に飲むことになるんだけど……」
めい:「ああ、そっか……。で、でも、大丈夫だよ。私、ちゃんとするから」
みずき:「え、どういう意味?」
めい:「とにかくお礼はさせて」
みずき:「……じゃあさ、嫌ならいいんだけど」
めい:「う、うん」
みずき:「今度、一緒に出掛けない?」
めい:「一緒に……?」
みずき:「うん。土日のどっちかで」
めい:「……」
みずき:「化粧品みたり、服みたりして、そんでフラッペ奢ってよ」
めい:「……うん、いいよ」
みずき:「ほんと……っ!? うれしー! いつにしよっか?」
めい:「今度の土日は?」
みずき:「えっとね……、あ、今度の土日は予定あるけど、そのつぎの土曜日なら大丈夫!」
めい:「私も大丈夫だよ」
みずき:「じゃあ、その日に決定ね。詳しいことはまた今度決めよ」
めい:「うん」
みずき:「……よし、完成。
じゃん! 今度はまとめてみました」
めい:「ありがとう、なんだか涼しくなった」
みずき:「そうでしょう」
めい:「ここどうなってるの?」
みずき:「これは編み込んで、ここでくるりんぱして……」
めい:「……難しい」
みずき:「あははっ。自分の髪にやる方が難しいかも」
めい:「じゃあ、佐々木さんの髪で練習してもいい?」
みずき:「もちろん。でも、ワーク写したらね」
めい:「あ、そうだった」
みずき:「あははっ、ほらはやくやっちゃお」
めい:「うん」
*
みずきM:「六月 初旬。
梅雨入りしたなんて言っていたけれど、窓の向こうは青空だ。
傾き始めた太陽が教室をほんのりと照らしていた。
田辺さん。
しっかりしていそうで抜けていて、それでいて真面目な子。
この子はうちのことをどう思っているんだろう。
怖くて、今も聞けずにいる。
自分がこの子のことをどう思っているのかも話せずにいる。
昔のことを謝ることもできないままだ。
だから、きっとあの子のことをまた傷つけてしまったんだ」
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(月曜日)
みずき:「田辺さんー、帰ろー」
めい:「……」
みずき:「大丈夫? なんか今日、元気なくない? 具合悪い?」
めい:「……大丈夫」
みずき:「そう? ねぇ、来週の土曜日どうする? 場所も決めなきゃだよねー」
めい:「……」
みずき:「……どうしたの?」
めい:「もう、いいよ」
みずき:「なにが?」
めい:「もう私と仲良くしなくていいよ」
みずき:「……どうしてそんなこと言うの?」
めい:「この前の土曜日、駅前のショッピングセンターに張本さんたちといたでしょ?」
みずき:「土曜日って……、どうして」
めい:「私の最寄りの駅だもん。佐々木さんと違って引っ越したわけじゃないから」
みずき:「……」
めい:「すごく楽しそうだったね。
……また、私の悪口言ったりしてたの?」
みずき:「え?」
めい:「佐々木さん、中学の時のこと覚えてる?」
みずき:「……」
めい:「良い子ちゃんぶってる。先生に嘘の告げ口をしてる。みんなのことを馬鹿にしてる。暗い。うざい。つまらない。キモイ。ブス。
みんな、いつもそうやって私のこと話してた」
みずき:「ちがうの、それは……」
めい:「違くないよ」
みずき:「……っ」
めい:「覚えてるんだ。私の悪口を話している時、張本さんたちすごく楽しそうにしてたの」
みずき:「……」
めい:「ずっと本読んでるから聞こえてないと思ってた? 気にしてないと思ってた? 違うよ。私、読書はそこまで好きじゃなかったんだもん。
でも、本を読んでれば一人でいてもおかしくないでしょ?
いじめられて、誰とも話せない、かわいそうな人に見られないように頑張ってただけなんだよ」
みずき:「田辺さん……」
めい:「……」
みずき:「あの日、モモカたちとは会ったけど田辺さんのことは話してないよ……。それに中学の時だって本当にそう思ってたわけじゃなくて……っ」
めい:「……どうして」
みずき:「(泣いている)」
めい「……どうして佐々木さんが泣くの?」
みずき:「……っ」
めい:「泣きたいのは私だよ。高校に入って、誰も私のことを知らない場所でやり直そうと思ったのに……っ。
明るくて、可愛い子になろうと思ってたんだ。みんなに気持ち悪がられないように頑張ろうって思ってたのに……!!
なのに……、なのになんで佐々木さんがいるの……っ? どうして話しかけてくるの……?」
みずき:「……うち、田辺さんと仲良くなりたくて」
めい:「うそつき」
みずき:「え……」
めい:「罪悪感からだったんじゃないの?」
みずき:「罪悪感……?」
めい:「仲良くなりたくて、近づいてきたわけじゃないのは最初から分かってた。
……だから、もう無理しなくても大丈夫だよ。誰かに話したりもしないし、佐々木さんのことも悪く言わないから」
みずき:「……」
めい:「私、もう帰るね。明日から話しかけて来ないで」
みずき:「田辺さん……っ」
めい:「あのね、佐々木さんと話していて楽しいって思う時もあったんだ。
もしかして、仲良くなれるんじゃないかなって。
でも、無理だった。やっぱり忘れられなかったし、許せなかった。
……そうできたら楽だったのにね」
みずき:「……」
めい:「何もなかったようにしていても、中学の時のことを触れないようにしていても、なかったことにはならないんだよ」
*
めいM:「六月初旬。
どんよりとした雲から雨が降り続けている。
暗い廊下を無機質な蛍光灯が照らしていた。
佐々木さん。
私をいじめていた子。
でも、嫌になるぐらいに良い子だった。
だから、 私をいじめてた人たちと、楽しそうに話しながら歩くあの子の姿を見て、心がぐちゃぐちゃになったんだ。
その時に気付いた。
私、許すことはできなかったけど忘れようとしてたんだって。
あの子も私をいじめてたってこと。
できっこないのに。
次の日から私は4日間、体調不良で学校を休んだ。」
=====================
(月曜日)
(放課後の教室)
めい:「……課題も出し終わったし、やっと帰れる」
みずき:「田辺さん」
めい:「……っ」
みずき:「良かった。教室にいて」
めい:「どうしてまだいるの……?」
みずき:「田辺さんのこと待ってたんだ。休んでた間の課題、やってるって先生が言ってたから」
めい:「……話しかけて来ないでって言ったでしょ」
みずき:「(遮るように)ごめんなさい!!」
めい:「……っ」
みずき:「……うち、田辺さんに酷いことした」
めい:「……」
みずき:「ごめんなさい。……本当にごめんなさい」
めい:「佐々木さん……」
みずき:「謝るのが怖かったんだ。自分がやったことを認めてしまうのが怖かった」
めい:「……」
みずき:「うちね、田辺さんのこと嫌な風に思ったことなんてなかった。関わることもあまりなかったし。
でも、馬鹿だからさ……。みんなに話を合わせないとうちもいじめられるって思っちゃって。それで、思ってもないこと言って……」
めい:「……」
みずき:「ずっと周りのせいにして逃げてたんだ。思ってないことを言わされてるんだから仕方ないって。言わないといじめられるかもしれないんだから、うちは悪くないって……。
だから、余計に謝るのが怖くなっちゃって……、酷いことしたのは本当のことなのに……。
田辺さんのこと、たくさん傷つけちゃった……っ、ごめんなさい……、ごめんなさい……っ」
めい:「……もういいって。私もこの前はごめんね。言いすぎちゃった。佐々木さんが気にすることなんてないから。もう私のことは気にしなくていいから」
みずき:「良くないよ……!!
だって、うち、田辺さんと仲良くなりたいんだもん……!」
めい:「え……?」
みずき:「最初は言われた通り、罪悪感だったのかもしれない。でも、でもね、うち田辺さんといるのすごい楽だった……っ。楽しかったんだ」
めい:「佐々木さん……」
みずき:「中学の時はさ、モモカたちの顔色伺いながら笑ったり、思っていることと反対のこと言ったりしてた。興味のないものとかも必死に覚えて好きな振りして……。
疲れちゃったんだ。楽しいこともあったし、仲良くしてた分もあるから良いところだってあの子たちにはあったけど、でもやっぱり苦しかった」
めい:「……」
みずき:「この前、言ってたでしょ?
……何もなかったことにはならないって」
めい:「あ……」
みずき:「うちがやったこと許せないと思う。ずっと忘れられないかもしれない……。
でも、それでもいいからうちと友達になってくれませんか……っ!!」
めい:「……」
みずき:「……」
めい:「もういいよ」
みずき:「……っ」
めい:「なんでそんなに泣いてるの? 佐々木さんって泣き虫さんだったんだね」
みずき:「え……?」
めい:「……あのね、私、佐々木さんが話しかけて来た時、心臓が止まるかと思った。
中学の時、ろくに話したこともないし、普通の顔して話しかけてくるし、お昼一緒に食べようとか言ってくるし」
みずき:「……ごめん」
めい:「最初は怖かったし、嫌だったよ。なに考えてるのかよく分からなかったもん。
でも、佐々木さんが悪い子じゃないんだろうなっていうのは、分かっちゃったんだ」
みずき:「……」
めい:「だから、余計に私、心がぐちゃぐちゃになったんだと思う。これで、佐々木さんがすっごく嫌な子だったら私、もっと楽だったのにね」
みずき:「……うち、十分に嫌な子だと思うんだけど」
めい:「まあ、悪口言われたのは傷ついたけど……。でも、悪いことしたなって、ずっと思ってくれてたんでしょ?」
みずき:「……うん。でも思ってただけだったから」
めい:「……私も、佐々木さんと同じ立場だったら、同じように悪口を言ってたかもしれない」
みずき:「え?」
めい:「大人はさ、学校なんて狭い世界なんだから気にしなくていいって簡単に言うけど、私たちからしたらそんなことないじゃん」
みずき:「……うん」
めい:「だから、必死に自分の居場所を守らなくちゃって思うと思うんだ。私はなんかもうなかったからあれだけど……。
……そう思うと佐々木さんも大変だったね」
みずき:「……っ」
めい:「ふふっ、なんでまた泣くの?」
みずき:「だって……、そんな風に言うことじゃないじゃん……っ。それで田辺さん傷つけられたんだよ……っ」
めい:「……うん。でも、佐々木さんも苦しかったのは何となく分かるから」
みずき:「……」
めい:「難しいよね、学校生活って」
みずき:「……うん」
めい:「……張本さんがさ、私のことを嫌いになったきっかけ、何か知ってる?」
みずき:「ううん」
めい:「吹部が終わった後にね、楽器を音楽準備室に閉まってたときに、すごい床が汚れてたの。それが気になっちゃって残って掃除したんだ。
そうしたら、先生がすごい褒めてくれてね。そこをたまたま張本さんに見られちゃったの」
みずき:「え? それだけ?」
めい:「ふふっ、ね。張本さんも吹部だったから、なんか気に食わなかったんだと思う」
みずき:「謎なんだけど。田辺さん、なんにも悪くないじゃん」
めい:「……ね」
みずき:「意味わかんない! それはモモカがおかしいよ……って、うちが言えたことじゃないんだけどさ」
めい:「だからもう良いって。
……吹部は楽しかったけど、なんだか入る気にもならなくてさ。疲れちゃったのかもしれない」
みずき:「そっか……。うちもそうかも」二
めい:「え?」
みずき:「バド部もいろいろあってさー。中二のときかな、同学年の子で一人だけハブられるようになって。
田辺さんのときみたいに、聞こえるように悪口を言ったりはしてなかったんだけど、遊ぶ約束をしてもその子だけ誘われていなかったり、いないところでは悪口言ったり……。それもさ、本当にどうしようもないことで。あの子が自分の真似をしてくるーみたいな」
めい:「真似?」
みずき:「うちが靴下を変えたらあの子も変えたーとか、うちが腕まくりしたらあの子もしてきたーとか? 髪型とかキーホルダーとかもそう。真似ばっかしてきてうざいって言われてて。
でも、どう考えてもその子が真似してるようにはみえなかったんだよね。でも、そんなこと言えなくて。その子ともみんなとも仲良くしてたの。悪く言えば、どっちにも良い顔しちゃったんだよね」
めい:「……うん」
みずき:「そうしたらさ、みんなにはどうしてあの子と仲良くするの?って言われるし、ハブられてた子にも怒られたんだよね」
めい:「怒られた?」
みずき:「うん。いや……、その子もそうなんだけど、その子とクラスで仲が良い子に怒られたの。帰りにさ、急に呼び止められて。二人に挟まれて、その子は泣き始めるし、どうして、この子をいじめるの?って。恥ずかしいと思わないの?って」
めい:「え?」
みずき:「まあ……、うちも止められなかったし、どっちとも仲良くしてたから言われても仕方なかったんだけど……。
でもうちはさ、それが精一杯だったし、がんばってるって思ってたから、なんでこんな言われなきゃいけないんだろうって思っちゃって……」
めい:「……」
みずき:「結局、その子は部活辞めちゃった。その後は何事もなかったんだけど、一瞬でも自分の居場所がなくなるんじゃないかって感じたのが怖かった」
めい:「……そっか」
みずき:「ずっとこのことが引っかかってて、もやもやしてたんだ。で、疲れちゃったから高校ではもう部活はいいかなって」
めい:「……おつかれさま」
みずき:「……うん」
めい:「頑張ったんだね」
みずき:「……でも、それもきっとあの子を傷つけたことに変わりはないし、田辺さんにも酷いことしたし……。もっと上手なやり方があったはずなのに」
めい:「仕方ないよ、分からないんだから。頑張ったなら頑張ったで良いと思う。後悔できてるならいいんじゃないかな」
みずき:「……っ」
めい:「なあに? また泣いちゃう?」
みずき:「泣いてないよ」
めい:「ふふっ」
みずき:「……」
めい:「……うまくいかないよねー、人生」
みずき:「花のJKが言うようなことじゃないよ」
めい:「ふふっ、だけどまだ16歳だから、当たり前なのかも」
みずき:「そうだね」
めい:「でも、大人になっても変わってないかもね」
みずき:「あははっ、そうしたらそれは、人間だから当たり前だってことにしよ」
めい:「ふふっ、そうだね」
みずき:「……ねえ、田辺さん」
めい:「なあに?」
みずき:「……田辺さんはさ、嫌われるような子じゃないよ」
めい:「え……」
みずき:「あのね、前も言ったけどクラスの子たちも田辺さんと仲良くなりたいって言ってた」
めい:「……」
みずき:「田辺さんはね、優しいし、良い子だし、可愛いし、一緒にいて楽しいよ」
めい:「……本当に?」
みずき:「うん、本当だよ」
めい:「……っ」
みずき:「あれ、田辺さんも泣いちゃった?」
めい:「泣いてないよ……っ」
みずき:「泣いてるじゃん」
めい:「……」
みずき:「あ、あのさ」
めい:「うん」
みずき:「田辺さんのこと、めいって呼んでもいい?」
めい:「え?」
みずき:「いやなら全然いいし、うちのことはさ、そのまま名字呼んでいいから……」
めい:「……いいよ」
みずき:「ありがとう……。あ、えっと、それとさ」
めい:「なあに?」
みずき:「返事もらってないからもう一度言うんだけど」
めい:「……うん」
みずき:「うちと友達になってください……!!」
めい:「……」
みずき:「……」
めい:「ふ、ふふっ、あはははっ」
みずき:「え?」
めい:「なんだか小っちゃい子みたいだね。友達になろうって」
みずき:「え、ああ、確かに……」
めい:「……私、まだ中学の時のことは忘れられないし、許せるかも分からない」
みずき:「……うん」
めい:「でもね、佐々木さんが優しくて、良い子なのは分かっちゃったし、それに……、一緒にいて楽しいよ」
みずき:「うん……」
めい:「……だから、私と友達になってください」
*
みずきM:「六月 中旬。
バケツをひっくり返したみたいな雨はいつの間にか止んでいて、夕空が広がっていた。
雨上がりの少し冷たい風が窓から入ってくる。
目の前の女の子は、うちの目を見ながら笑っていた。
めい。
優しくて、真面目で、しっかりしてそうで抜けていて、一緒にいて楽しい子。
この小さくて大きな世界を上手に生きる方法なんて分からない。
分からなくて、自分を守るためにこの子を傷つけてしまった。
過去はなくせないけど、今度こそちゃんと自分が正しいって思う行動を選びたい。
なにが大切なのかぐらいは分かるから」
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(七月 初旬)
(中庭)
みずき:「めいー! 水出したよー!」
めい:「ありがと!」
みずき:「あー、もう暑いよー」
めい:「はいはい。さっさと終わらせようね」
みずき:「ってか、本当にみやもん、うちたちのこと水やり係にしてるよね」
めい:「ね」
みずき:「……にしてもいい天気すぎ。土曜日も晴れらしいよ」
めい:「じゃあ、体育祭でみんなこんがりになるね」
みずき:「日焼け止め、塗りたくらないと。あ、そういやさ、はるかとさえが明日の放課後、ファミレス行こって。
ほら、今抹茶フェスしてるじゃん」
めい:「え?」
みずき:「あ、やっぱ知らなかった? めい、抹茶好きでしょ。はるかたちがめい連れて行かないとって言っててさ」
めい:「あ、ありがと……!! 絶対に行く」
みずき:「はーい。体育祭の打ち上げも楽しみだね」
めい:「うん。
……ふふっ」
みずき:「どうした?」
めい:「楽しいなって思っただけ」
みずき:「……うちも楽しいよ」
めい:「そっか」
みずき:「……」
めい:「……えいっ」
(みずきに水をかけるめい)
みずき:「ぎゃ……っ!! 冷た……っ!!」
めい:「あははっ、なんかしんみりした気がしたから」
みずき:「なにそれ!? ちょっと、うちにもホースかして!!」
めい:「やだー!」
みずき:「おりゃっ」
めい:「うわっ」
みずき:「あははっ、二人してびしょぬれじゃん」
めい:「暑いからちょうど良かったんじゃない?」
みずき:「確かに?」
めい:「……よし、もうこのくらいでいいかな?」
みずき:「良いんじゃない? あ、そうだ」
めい:「なに?」
みずき:「教室まで競走しよ。遅い方はアイス奢りね」
めい:「えー、そんなの私が負けるに決まってるじゃん」
みずき:「そんなことないよー」
めい:「そんなことありますー」
みずき:「じゃあ、よーいどんっで走ろ」
めい:「話聞いてないでしょ」
みずき:「ふふっ」
めい:「私が勝ったら明日の抹茶パフェも奢ってよね、みずき」
みずき:「えっ、いま名前」
めい:「よーいどんっ!」
みずき:「え、ちょっと、めいズル!!」
めい:「ズルじゃなくてハンデですー!!」
みずき:「なにそれ。……ふふっ、楽しいなあ」
めい:「みずきー、はやくー!!」
みずき:「言われなくてもすぐ追いつくよ!!」
*
めいM:「七月初旬。
青い空が眩しくて、夏らしい風が撫でていく感覚が気持ちよくて、なんだか楽しくて。
後ろを走る女の子はやっぱり人懐っこい笑顔を浮かべていた。
みずき。
明るくて、お喋りで、頑張り屋で、泣き虫で、一緒にいて楽しい子。
忘れることはないかもしれないけど、もういいかって思えるようになった。
今が楽しいからまあいいかって。
聞いていて苦しかった吹奏楽部の合奏も、教室や校庭から聞こえてくる笑い声も今は気にならない。
ごちゃごちゃと何か嫌なことが頭を駆け巡ることもない。
ただ何のアイスを奢ってもらおうかなって考えて、それが面白くて笑っているだけだ」
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