夕隠れの神様

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登場人物

・夕神様(不問)

 夕神村を守る恐ろしい神様。兄or姉と兼ね役。(イメージとしては20代半ば~後半)

 注意事項として、兼ね役の関係上、夕神様を女性がやる場合は姉、男性がやる場合は兄にしてください。

         

・りん(♀):兄(姉)の仇を討つために生贄となった娘。(14,15歳ほど)

『夕隠れの神様』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/6231226/page_202207012235

夕神(不問):

りん(♀):

サイドストーリーがあります。お読みになる際は本編を読んだ後にお読みください。

本文

夕神:「ねんねんころりや ねんころり

坊やよはやくねんねしな

村を守りし神様が三つ数えるその前に

ひとつ数えりゃ一夜で灰に

ふたつ数えりゃ二目と見られず

みっつ数えりゃ三年(みとせ)で潰えた

坊やはいついつ眠るのか

神様いついつ祟るのか

東の山の神様が山から下りてくる前に。」



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(夕日に照らされた神社への石階段を上るりん。)



りんM:「夕神村。

この村は夕神様に守られている。村は大きな力を持ち、周りから恐れられていた。

夕神村を敵に回せば、夕神様に祟られ村が潰えてしまうからだ。

それで一体いくつの村が消えただろう。

いくつの命が奪われただろう。

夕神様は恐ろしい神様だった。

この恐ろしい神様がおわす社(やしろ)に行けるのは一部の村人。そして、生贄として選ばれた者のみ。」


夕神:「お前が此度(こたび)の生贄か?人の子。」


りんM:「赤い夕日のなか、面布(めんぷ)で顔が見えない神様はこちらを見据えていた。

行きはよいよい。帰りはもうない。

私は夕神様が下りてくるのを待つのではなく、向かうことを選んだ。

懐にしまい込んだ刃物を握りしめる。

私は神様を殺すために生贄になったのだ。」



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(鳥居の下に佇む夕神)



夕神:「我が名は夕神。

この村を守る神である。」


りん:「・・・。」


夕神:「そう怯えるな。人の子。

ここへ来たということは、お前が此度の生贄なのだろう?」


りん:「・・・はい。」


夕神:「そうか。久しぶりだ。生贄が来るのは。・・・ついてこい。」


りん:「・・・。」


夕神:「この社(やしろ)は広い。詳しい案内は明日しよう。」


りん:「案内、ですか・・・?」


夕神:「ああ。

広いといっても、ここにはお前のような生贄か夕神村の長(おさ)とその許可が下りた者しか来ない。お前のような小娘にとっては退屈だろうな。

・・・こっちだ。」


りん:「・・・。」


夕神:「・・・・・・ここだ。この部屋をお前に与えよう。好きなように使え。」


りん:「部屋・・・?なんで?」


夕神:「ここで暮らすんだ。部屋ぐらいは必要だろう。

この部屋は生贄の人の子を住まわせるための部屋だからな。

前の生贄が使ったままだが、好きにして良い。」


りん:「どうして・・・?」


夕神:「なにがだ?」


りん:「どうして喰い殺す生贄に部屋なんか与えるんですか・・・?」


夕神:「喰い殺す?私が人の子を?

ふふふっ、いや違う。私は人の子を喰ったりはしない。もちろん、生贄であるお前のことも喰わない。」


りん:「だって、あんなに恐ろしい」


夕神:「神様なのに?」


りん:「違う!!」


夕神:「・・・では、なんだ?」


りん:「・・・私は神様なんて信じていません。」


夕神:「面白いことを言う。目の前にいるのは何だというつもりなのか。化け物か、それとも・・・」


りん:「・・・。」


夕神:「そんな顔をするな。お前のような小娘が睨んだところで何も怖くはないぞ。

・・・それに、お前に私は殺せない。」


りん:「っ!どうして・・・」


夕神:「ふふっ、こんなにも殺気を浴びせられることなど、今までにないことだからな。

目が見えないと他が冴えるものだ。

神殺しを企てるとは、お前は面白い人の子だな。そのためにわざわざ生贄となってここまで来たわけだ。

親兄弟の仇でも討ちに来たか?」


りん:「・・・そうです。」


夕神:「ふふふっ、そうか。お前はこの村で生まれ育ったものではないな。そういう者は他にもいたが、恨んではいても神殺しを企てる人の子は始めてだ。」


りん:「・・・お前に祟られたせいで、村は燃えてたくさんの人が死んだ。私の兄(姉)もお前に殺されたようなものだ・・・っ!」


夕神:「たくさんの人が死んだ、か。お前にとっては親兄弟の死以外どうでもいいことだろうに・・・。

だが、それは私の知ったことではない。私はこの夕神村の守り神だ。この村に害をなす村を祟り、その村を炎の海に沈めた。その海で勝手に人の子が溺れ死んだ。ただ、それだけのこと。

・・・村が炎の中に消えようと私にとってはどうでもいいことなんだ、人の子よ。」


りん:「・・・っ!」


夕神:「随分と威勢のいい人の子かと思ったが、そうでもないらしい。そんなに震えて可哀そうに。

ふふっ、・・・おかしな娘だ。怯えながらもよく吠えるくせに、噛みつけもしない犬のようで。」


りん:「・・・。」


夕神:「・・・私とてせっかく来た生贄をすぐに殺したくはない。今は見逃してやろう。

私はお前のことを喰わないし、余計なことを言わなければ殺しもしない。少し手を貸してもらうだけだよ。人の子。」


りん:「・・・。」


夕神:「私はお前と仲良くなりたいんだ。私は人の子が嫌いなわけではない。

・・・だが気を付けろ。どの言葉がお前の命を奪うか分からぬからな。」


りん:「・・・っ。」


夕神:「怖がらせてしまったか・・・。

さて、今日は疲れただろう?人の子はか弱いからな。もう休め。」


りん:「・・・。」


夕神:「私は大体本殿か、庭にいる。

明日の朝、起きたら私の姿を探せ。分かったか?」


りん:「・・・。」


夕神:「分かったな?」


りん:「・・・はい。」


夕神:「人の子、名は何という?」


りん:「・・・りんと申します。」


夕神:「りん・・・?

・・・ああ、良い名だな。よろしく頼むよ、りん。」



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(夕神が去り、一人薄暗い部屋の中で佇むりん。)



りん:「行ったか・・・。

あれが、兄さま(姉さま)を殺した神様・・・。」


りんM:「10年も昔。

私がいた寄崎(よりさき)村は夕神様の祟りにより炎の海に包まれ、灰となり潰えたのだ。

あの日、私の手を引いていた兄(姉)はその災禍に巻き込まれてその姿を消した。きっと生きてはいないだろう。


神殺し。

幼い頃、夕神様に怯える私は兄(姉)にこう問うた。

どこかに私を守ってくれる神様もいるのかと。

そうしたら兄(姉)は優しく笑ってこう言った。

ああ、いるはずだ。生きていればきっと会える。

大丈夫、神様はきっとお前のことを愛するだろう。お前はいい子だからね、と。

でも私はそんな神様なんていなくても、兄(姉)がいればそれでいいと思っていた。

その兄(姉)を私はあの日見捨てて・・・」


りん:「・・・違う。ぜんぶ、全部あいつのせいだ。」


りんM:「これは神殺しなんてものではない。

これは化け物への、ただの復讐だ。」



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(翌日)


夕神:「りんに頼みたいことは、掃除や食事の用意だ。」


りん:「・・・え?」


夕神:「私は人の子が食べるものを好んで食べている。

どうも私は人里に近い場所にいるからか、人の子と大分似ている。

この姿も人と似ているだろう。」


りん:「・・・はい。」


夕神:「離れに厨(くりや)はある。お前の部屋のすぐ近くだ。そこにあるものは好きに使って構わない。

りんもしっかりと食べることだ。お前はかなり貧弱そうだし、そもそも人の子は食べなければ死ぬのだから。」


りん:「・・・分かりました。」


夕神:「もう既に分かっているだろうが、この社は無駄に部屋が多い。掃除をするとなると骨が折れるだろうから、無理のない範囲でやるように。」


りん:「はい・・・。」


夕神:「お前に頼みたいのはそれだけだ。今のところはな。

そのうち、少しずついろんなことを教えよう。文字の読み書きもだ。今は困らずとも後々困ることになる。

安心しろ。私は目は見えぬが、教えることならできるぞ。」


りん:「・・・はい。」


夕神:「ふふっ、今日は昨日と打って変わって大人しいな。あんなにも殺気立っていたというのに。」


りん:「私も死ぬわけにはいきませんから・・・。」


夕神:「そうか。

・・・それにしても、まだ秋は先だというのに今日は少し冷えるな。」


りん:「・・・。」


夕神:「りん、紅葉の木が見えるか?」


りん:「・・・紅葉ですか?」


夕神:「ああ。葉月にもなれば赤く色づく。この山は春になれば桜も咲く。

人も来なければ、出ることもできないお前にとってここは退屈な場所だろうが、景色は見事だぞ。」


りん:「・・・そうなんですね。」


夕神:「ふふふっ、興味はないか。

お前ぐらいの娘は一体何を好むんだ?」


りん:「・・・好きなものなんて私にはありません。

寝るところがあって、飢えの心配がないのであればそれで充分です。今までの生活と比べれば、それだけでも極楽ですから。」


夕神:「それは困ったな。

どうやらお前は私のことをとても嫌っているようだから、機嫌を取ろうと思ったのだが。」


りん:「機嫌など取られなくても、しっかりと働きます。

・・・どうせ帰る場所もないのですから。」


夕神:「そうだろうな。ここへ来る生贄はみな、孤児(みなしご)だ。一人で生きるのには未熟な歳の、村に居場所などない者がここへ来る。」


りん:「・・・。」


夕神:「今はここがお前の居場所だ。私はりんがここに来てくれて嬉しく思うよ。

例え、憎まれていたとしてもな。」



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りんM:「その日から始まった化け物との生活は、考えられないほどに穏やかだった。」



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(ここへ来て七日経ったある日の午後。)


夕神:「りん、ここにいたのか」


りん:「あ・・・」


夕神:「驚かせてしまったか。すまないな。」


りん:「いえ・・・、床拭きをしていたものですから気がつかなくて。

・・・村長(むらおさ)との話は終わったのですか?」


夕神:「今日は村長(むらおさ)ではなく、村人だった。」


りん:「村人、ですか・・・?」


夕神:「ああ。参拝客のようなものだ。わざわざ言葉を交わすような者ではない。

だが、村人の話を聞いたところとて、私にはどうすることもできない。村人の願いはこの村の願いではないからな。」


りん:「・・・そうですか。」


夕神:「それよりもだ。りん、口を開けろ。」


りん:「え?」


夕神:「ほら」


りん:「え、あ、はい・・・。」


夕神:「それ」


りん:「・・・っ!」


夕神:「どうだ?砂糖菓子だ。」


りん:「・・・。」


夕神:「・・・りん、どうした?」


りん:「こんなもの食べたことがなかったので、なんて言ったらいいのか・・・」


夕神:「・・・美味いか?」


りん:「・・・はい。

甘くて、おいしいです。」


夕神:「そうか。ならば良かった。お前のような娘が何を好むか分からなかったが、こういったものを好むのだな。

これはお前にやろう。」


りん:「でも」


夕神:「良いから受け取れ。村人が供えたものだ。

もらったものをどうするかは私次第だろう。ほら、はやく受け取れ。」


りん:「・・・こんな高価なものまで供えられるんですね。」


夕神:「豊かな家の者なのだろう。ここへ来る者はそういう者の方が多い。

貧しい者はお前のように私のことを神だとは思っていないのかもしれないな。」


りん:「・・・村の守り神なのに村人は守ってくれないだなんておかしいですから。」


夕神:「口が過ぎるぞ、と言うところなのだろうが今は別に良い。

ふふっ、意地が悪かったな。

だが、それも仕方のないことだ。私は祟ることはできても、助けることはできない。

ここへ来たところで、無駄足だ。」


りん:「・・・。」


夕神:「ほら、もう一つ食え。」


りん:「はい・・・。」


夕神:「美味いか?」


りん:「・・・美味しいです。」


夕神:「やはりそう簡単なことではないみたいだ。お前に気を許してもらうのは。」


りん:「・・・。」


夕神:「美味いものを食べるのは人の子にとって良いことのはずなのだがな。

お前は気を張りつめたままだ。ここに来てからの七日間ずっとな」


りん:「・・・。」


夕神:「だが、それも当然のこと。気長に待つことにしよう。

・・・さて私はもう行く。邪魔をしたな。」


りん:「はい・・・。」


(背を向け、遠ざかる夕神)


りん:「あ、あの・・・っ!」


夕神:「・・・どうかしたか?」


りん:「お菓子ありがとうございます。大切にいただきます。」


夕神:「・・・ふふっ、ああ。」



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りんM:「その化け物はあまりにもあまりにも、奇妙なほどに優しかったのだ。」



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(ここへ来て二月後。季節は文月の終わりにさしかかる頃。)

(外で夕神様を探しているりん)


りん:「・・・どこに行ったんだろう。

あれ・・・、誰かいる?人が来るだなんて言ってなかったのに。」


夕神:「りん。」


りん:「っ!」


夕神:「どうした?そんなに驚いて。」


りん:「ご、ごめんなさい。

・・・あの、誰か来ているんですか?」


夕神:「いや、村人も村長も来ないはずだ。」


りん:「でも、そこに人が・・・」


夕神:「・・・人の子の姿など見えないが。」


りん:「あれ・・・?」


夕神:「・・・。」


りん:「・・・夕神様?」


夕神:「・・・なんでもない。気のせいだろう。

それよりもりん、頼んでいたものは持ってきてくれたか?」


りん:「はい。

でも、握り飯なんかどうするんですか・・・?」


夕神:「ついてくれば分かる。おいで。」


りん:「・・・はい。」


夕神:「もう葉月か。寒くなってきたな。」


りん:「・・・ここに来て二月も経つんですね。」


夕神:「ああ・・・。

お前はここらに足を運んだことはあるか?」


りん:「いえ・・・。」


夕神:「そうだろうな。ここは木々が多く、鬱蒼としている。用がなければ近寄ろうとは思わないだろう。

ほら・・・ここだ。その握り飯をその石の前に供えてくれ。」


りん:「・・・はい。」


夕神:「ここはな、生贄としてこの社に来た人の子の墓だ。」


りん:「お墓・・・?」


夕神:「もう何人ここに埋まっているか分からない。

・・・お前の前に来た生贄もここに埋められている。その人の子は1年も満たずに死んでしまってな・・・。

お前を見ていると思い出す。故郷を私に祟られ、居場所を失くした人の子だった。」


りん:「・・・そうなんですね。」


夕神:「あまり話してはくれない人の子で、終ぞ(ついぞ)名まで教えてはくれなかった。」


りん:「・・・夕神様はいつもここに参られているんですか?」


夕神:「ああ。ここには人の子は来ないからな。」


りん:「村長(むらおさ)も?」


夕神:「来たことなどないだろう。

・・・あれは私よりもずっと人の子が嫌いだ。」


りん:「え?」


夕神:「生贄などそれだけのものだということだよ。

だが・・・、誰も偲ぶ者がいないのは悲しいこと。私とてそのくらい分かっている。」


りん:「夕神様もそんなことを思うのですね。」


夕神:「意外に思うか。」


りん:「はい。

・・・まるで優しい神様みたいだから。」


夕神:「・・・そうか。

それはそれは・・・、私にはあまりにも不相応な言葉だな。」



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りんM:「化け物のくせに、人の死を悼むその姿は滑稽で、優しくて。

私を苦しめるには十分だったのだ。その苦しみから目をそらしているうちに、季節は秋へと移ろいつつあった。」



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(夕焼けの中、境内を歩く二人)


夕神:「りん、こっちだ。」


りん:「どこに行くんですか?」


夕神:「いや、ただ歩くだけだ。だからこれは・・・そうだな。散歩、というものだろうか。」


りん:「散歩?」


夕神:「私もお前もこの社の敷地からは出られないから散歩と言ってもたかが知れているがな。

だが、お前はずっと部屋で掃除をしていたんだろう?こうして外を歩くのも良いことだ。」


りん:「お借りした部屋ですから・・・。それにすごく埃っぽいから掃除しないと。」


夕神:「そうだったか・・・。目が見えないからか掃除などは特に不得手だ。」


りん:「夕神様は本当に目が見えないんですね。時に忘れそうになります。」


夕神:「ああ。定められた場所で長い間目が見えなければ、お前だって否が応でも生活できるようになる。」


りん:「・・・目が見えないから、わざわざ目隠しと布で顔を隠しているんですか?」


夕神:「そういう訳ではない。ただ・・・、そうだな。強いて言えば、人の子を怖がらせないためだろか。

この面布(めんぷ)の下はおぞましい形相をしているからな。」


りん:「・・・っ。」


夕神:「ふふふっ、そう怖がるな。」


りん:「・・・だったらそういうことを言わないでください。」


夕神:「すまないな。人の子の感情の移ろいは面白い。ついこうして遊んでしまう。

だが・・・、ああ・・・、やはり楽しいものだ。人の子とこうして歩くなど久しい。お前はどうだ?」


りん:「・・・・・・。」


夕神:「りん?」


りん:「・・・なんでもありません。

ただ・・・、夕焼けが綺麗だなって。」



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りんM:「言えるはずがなかった。

夕焼けの中、兄(姉)と散歩したことを思い出したなんて。

だから今になってこんな夢を見ているのだろうか。

燃え盛る炎の中、身動きが取れない兄(姉)がいて、それを助けようとしてもどうしても手が届かない。

その炎の中で兄(姉)が何か言っているが、聞こえないのだ。

でも、きっとこう言っているのだろう。


『お前が一人で逃げたから死んだんだ。お前が私を殺したんだ』って。


ああ・・・、違うの。ごめんなさい。私、本当は・・・っ。

今助けるから・・・っ!待って・・・兄さま(姉さま)・・・っ」


りん:「待って・・・っ!!」


夕神:「りん。」


りん:「・・・っ!」


夕神:「大丈夫か?」


りん:「どうして、ここに・・・?」


夕神:「うなされている声が聞こえたから見に来ただけだ。」


りん:「・・・ごめんなさい、もう大丈夫です・・・。」


夕神:「・・・・・・。」


りん:「・・・夕神様?」


夕神:「・・・いや、なんでもない。

日が昇るまであと少しだ。それまではここにいよう。」


りん:「・・・一人で大丈夫です。」


夕神:「そのまま眠らないつもりだろう?

お前が兄(姉)の夢にうなされているときは助けてやる。だから、朝が来るまでは寝ろ。」


りん:「祟ることしか出来ないって言っていたのに・・・?」


夕神:「ふふふっ、それを言われてしまうと痛いな。でも、嘘はついていないぞ。」


りん:「・・・分かりました。」


夕神:「怖い夢をみてうなされるとは、お前も幼子のような一面があるのだな。それを知れて安堵した。」


りん:「子供らしくしていたら一人で生きていけません・・・。

それに・・・、今の私と同じぐらいだった兄(姉)はもっと頑張ってました。」


夕神:「・・・。」


りん:「夕神様・・・。」


夕神:「なんだ?」


りん:「・・・兄(姉)は私を恨んでいると思いますか・・・?

炎の中に兄(姉)を置いていった私のことを、許してくれると思いますか・・・?」


夕神:「・・・。」


りん:「私にはもう分からないんです・・・。

ぜんぶ、全部夕神様のせいにしようしたのに・・・、どうして・・・こんなに」


夕神:「りん。」


りん:「・・・っ。」


夕神:「お前の手は柔いな。人の子の手とはこんなにも柔かったか。」


りん:「・・・夕、神様。」


夕神:「兄(姉)に会いたいか?」


りん:「え・・・?」


夕神:「お前は恨まれているんだろう?それでも、会いたいと思うのか?」


りん:「・・・はい。会いたいです・・・。兄さま(姉さま)に会いたい・・・。」


夕神:「・・・そうか。

・・・まだ外は暗いが、ついておいで。」


りん:「どこに・・・?」


夕神:「じきに分かる。」


りん:「灯りは持って行かないんですか?」


夕神:「ああ。私は火が好きではないんだ。

・・・村を祟り、火の海にしている奴が何を言っているんだと思うだろうが。」


りん:「それは・・・。」


夕神:「ほら、危ないから手を繋いどいてやろう。

行くぞ、りん。」


りん:「・・・・・・。」



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りん:「ここは・・・」


夕神:「・・・お前も知っているだろう?」


りん:「でも、ここは生贄のお墓ですよね・・・?」


夕神:「・・・お前の兄(姉)はここに眠っている。」


りん:「え・・・?」


夕神:「前の生贄の話をしただろう。

お前と同じく私に故郷の村を祟られて居場所を失くした人の子だったと。

その村の名は、寄崎村。

夕神村からみて北にあった貧しく小さな村だ。」


りん:「あ・・・」


夕神:「終ぞ名まで教えてはくれなかったのに、妹の話を一度話してくれたことがあった。りんという名の可愛い妹がいるとな。」


りん:「・・・。」


夕神:「とても優しい子で、生き抜くだけでも厳しい世の中だったが、妹のおかげでここまで生きて来られたのだと。」


りん:「あ・・・ああ・・・」


夕神:「その人の子はこうも言っていた。あの災禍の日、炎の中で崩れてきた家屋の下敷きになってしまったことで、妹に辛い思いをさせてしまった。

だが・・・、それでも生きてほしかった。己の命に代えてでも守りたいと思う唯一の存在だったと。」


りん:「兄さま(姉さま)は・・・私を、恨んでいましたか・・・?」


夕神:「私はお前の兄(姉)ではないが、最期を看取ったものとして代わりに答えよう。

お前の兄(姉)はお前を恨んでなどいなかった。そして、お前のせいで死んだわけでもない。

・・・安らかな最期であった。死ぬその時までお前の身を案じていたぞ。」


りん:「・・・っ。

私、わたし・・・っ。ずっと私が兄さま(姉さま)を殺したんだって思ってて・・・っ。

あの日、私が見捨てて逃げなかったら、生きていたのかもしれないって・・・っ。」


夕神:「・・・今まで良く生きてきたな。それだけでも、あの兄(姉)はお前のことを誇りに思うはずだ。」


りん:「・・・っ。う・・・っ。

・・・あ、ああ・・・、そうか・・・。そうだったんだ・・・っ。良かった・・・っ。私、生きててよかったんだ・・・。」


夕神:「すまないな、りん。

・・・お前の兄(姉)の代わりにはならないだろうが傍にいてやろう。

ほら、もう夜が明ける。

ああ・・・人の子はあったかいな。 」



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りんM:「朝焼けの下、冷たい風に頬を撫でられながら目を瞑る。

体を包むぬくもりが、どうしようもなく人じみていて。

それがひどく懐かしくて、そしてほんの少し悲しいことのように思えて。

私はこの恐ろしくて、優しくて、人と似ている神様のぬくもりに寄り添ってしまったのだ。

隣で雪景色を眺めて、桜の花を愛でて、雨音を聞いて。

そして、気づけばここに来て二度目の秋が訪れていた。」



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(一年後。)

(季節は紅葉が色づく葉月に。)


りん:「綺麗な紅葉・・・」


夕神:「・・・ああ。今年も見事に色付いた。」


りん:「・・・」


夕神:「ふふっ、不思議に思うか?目が見えないのにどうして分かるのか、と。」


りん:「きっと夕神様のことだから分かるのでしょう?」


夕神:「ああ。だが、それは風の冷たさや匂いで秋めいてきたことを感じているからだ。

きっとりんが見ている紅葉の赤と、私が思う赤は違うのだろう。

りんの目にはどのように映っているんだ?この景色は。」


りん:「・・・とても綺麗です。紅葉も夕焼けも。」


夕神:「・・・そうか。

お前がここに来て一年が経ったのだな。」


りん:「はい。

・・・長いようで短かい一年でした。」


夕神:「・・・ふふふっ」


りん:「・・・どうかしましたか?」


夕神:「随分と近くに寄るようになったと思ってな。嬉しく思っただけだ。

こうして、ともに紅葉を眺めるなど考えられなかったから。」


りん:「もう一年も経ちましたし、それに・・・もういいんです。」


夕神:「りん・・・?」


りん:「・・・本当はずっと、あの炎の中に兄(姉)を置いてきてしまったことから逃げたかっただけなんです。ぜんぶ、夕神様のせいにして自分がやったことから逃れようとして・・・。

でも、もう分かったから・・・。」


夕神:「・・・。」


りん:「私は神様なんて信じていません。ずっと苦しかったのに救っても守ってもくれなかったから。

助けてくれたのはいつだって兄(姉)で・・・。

でも・・・、今は少しだけ信じています。夕神様のこと。」


夕神:「ふふっ、一年経ってようやく少しか。

・・・なら私もそれに応えられるよう、人の子を守ることができる神にならなければな。」


りん:「そうしてください。私も傍でお手伝いしますから。」


夕神:「・・・ああ。お前がいるのなら、何とかなるのかもしれない。」


りん:「ふふっ。」


夕神:「・・・なんだ?」


りん:「夕神様は思っていたよりもずっと、人間らしいですね。」


夕神:「・・・そうか?そうだとしたら、お前の人の子らしさが移ってしまったのだろうな。

こんなに人の子が近くいることなどなかったから。

・・・人の子らしい感情など持て余すだけだ。

だが・・・、私はそれを心地よく思っている。」


りん:「・・・人の気持ちが分かるんだったら、きっと夕神様は優しい神様になりますよ。」


夕神:「・・・そうだな。」


りん:「夕神様。」


夕神:「なんだ?」


りん:「紅葉、綺麗ですね。」


夕神:「・・・ああ。

・・・本当に綺麗だな。

・・・お前と見る景色は綺麗だ。」



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りんM:「”大丈夫、神様はきっとお前のことを愛するだろう。”

そんな兄(姉)の言葉を思い出す。

私にとって今まで神様は兄(姉)だった。

今まで兄(姉)と一緒に見た夕焼け空が一番綺麗だった。

でも、いま見ている夕焼けもそれと同じくらい綺麗だとそう思った。

そうやっていつか夕神様のことを、神様だと思える日が来るのだろうか。

考えているうちに紅葉は静かに色褪せ始めた。」



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夕神:「・・・りん。」


りん:「あ、夕神様。」


夕神:「ここでなにをしていたんだ?」


りん:「紅葉の枝を少しだけ切り落として兄さま(姉さま)たちのお墓に供えようと思って。まだ色が綺麗なのが少しだけ残っていたんです。」


夕神:「そうか・・・。」


りん:「夕神様。」


夕神:「なんだ?」


りん:「私も死んだらあの場所に埋められるんですよね?」


夕神:「・・・ああ。」


りん:「そしたら紅葉の木を植えてほしいんです。あの場所本当に暗いから・・・。」


夕神:「・・・。」


りん:「あ、あの村長(むらおさ)たちはもう帰ったんですか・・・?。」


夕神:「・・・ああ。」


りん:「いつもより大人数だったから何事かと思いました。村長と村の役人と、あともう一人。」


夕神:「・・・あれは他所の村の長だ。」


りん:「他所の・・・?珍しいですね。」


夕神:「・・・。」


りん:「夕神様?」


夕神:「もうお前とゆっくり紅葉を見れそうにはないな・・・。」


りん:「え?」


夕神:「・・・りん。」


りん:「夕神様、なんだか様子がおかしいですよ・・・?」


夕神:「ふふふっ、そうか。おかしいか。・・・そうだな。だが、まだおかしくないはずだ。まだ・・・。」


りん:「どうしたんですか・・・?」


夕神:「・・・今日が最後になる。」


りん:「夕神様・・・、それ・・・どうしたんですか?」


夕神:「・・・なんだ?」


りん:「手が・・・、それ血ですか・・・?」


夕神:「ああ・・・、そうか。気がつかなかった。目が見えないとこういう時困るな。」


りん:「怪我をしているんですか・・・?」


夕神:「気にするな。私はもう行く。」


りん:「待ってください・・・っ。」


夕神:「・・・りん、手を離せ。」


りん:「村長(むらおさ)たちと何かあったんですか・・・?なにかされたんですか?」


夕神:「・・・ふふっ、普通の人の子なら私が人を殺めたのだろうと考えるはずなのに、私の心配をするとはな。」


りん:「だって・・・っ!」


夕神:「お前は優しい子だな。

・・・丑の刻あたりになったら、本殿へ来い。」(小声で)


りん:「え・・・?」


夕神:「・・・すまないな、りん。」



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りんM:「小さく呟くと、夕神様はその場から立ち去った。

そのあと、夕神様が姿を見せることはなかった。

寒さは孤独を感じるから嫌いだ。

日中のことを思い出し、夕神様も兄(姉)のようにどこかへ行ってしまうのでは、と不安に襲われる。

ようやく丑の刻ごろになり、戸を開けるとなぜか真夜中なのに夕焼けが見えたのだ。」


りん:「っ!!

ど、どうして・・・?」


りんM:「夕神村よりもずっと向こうの空が赤く染まっている。

それは10年前、私の真上に広がっていた空と同じ赤で。それは・・・」


りん:「村が、燃えてる・・・。」



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(本殿の真ん中に座っている夕神)


夕神:「・・・。」


りん:「夕神様・・・っ!!」


夕神:「ああ・・・、やっと来たか。」


りん:「あ、あの・・・、遠くの村が燃えてて・・・」


夕神:「それがどうした?」


りん:「また・・・村を祟ったのですか・・・?」


夕神:「・・・。」


りん:「夕神様、言っていたじゃないですか・・・。人の子を守ることができる神様になるって・・・っ。」


夕神:「・・・ふふふっ、そうだったな。

でも、私にはどうしようもなかった。」


りん:「どうして・・・」


夕神:「ただの人間にはどうしようもできないんだよ。」


りん:「人間・・・?」


夕神:「・・・夕神は恐ろしい神だ。

他所の村を祟り、炎の海に沈めて幾人もの人の子を殺めた。

・・・だが、おかしな話だ。そんなもの存在などしていないのだから。」


りん:「え・・・?」


夕神:「本当に恐ろしいのはこの村だ。

・・・力が欲しいがために神の祟りだと偽り、何の罪もない村を燃やし続けた。

それを100年以上も続けた今では、村人も、他所の村も誰も疑うことなく、夕神に怯えて暮らしている。

あんな馬鹿げた子守歌まで歌い継がれて・・・。」


りん:「じゃあ・・・、じゃあ夕神様は何なのですか?今、目の前にいるのは・・・」


夕神:「私はただの人間だよ、人の子。」


りん:「っ!」


夕神:「・・・だが、もう人間だとは言い切れないな。

お前は不思議に思わなかったか?なぜ、生贄に対して夕神が妙に優しいのか。

殺めることもせず、酷い扱いもせず、なぜ生かして傍に置いておくのだろうかと。」


りん:「・・・」


夕神:「・・・私も元々はお前と同じ生贄だった。」


りん:「・・・っ!」


夕神:「夕神の正体はただの人間だ。だが、人はいずれ死ぬ定めにある。

だから、村は生贄と言う形で人の子を夕神の元へ送るんだ。

生贄がまだ未熟な人の子と決まっているのは、そのほうが扱いやすいからなのだろう。

疑うこともなく、夕神を神だと信じ、逃げようともしないだろうからな。」


りん:「・・・夕神様は逃げようとは思わなかったんですか?」


夕神:「ああ。」


りん:「でも、夕神様は知っていたんですよね・・・っ?そんな恐ろしい神様はいないって・・・っ」


夕神:「・・・この痛みに抗うことなどできやしなかった。」


りん:「っ!!」


夕神:「ふふっ、おぞましいだろう。私の顔は・・・。

夕神になることが決まった人の子は逃げられないようにまず目を焼かれ、潰される。そして、そこから夕神になるためにいろんなことを教え込まれる。

言葉や所作に至るまで、すべて塗り替えられる。出来なければ痛めつけられて・・・。その繰り返しだ。

夕神になった後もそれは続く。今日だってそうだ。」


りん:「じゃあ、あの血は・・・。」


夕神:「痛みはすごいぞ。人をここまで変えてしまうのだから。

元々あった人間らしさなど簡単に消えていった。逃げる気もなくなった。

お前につられて、人間らしさが少し戻ったと思っていたが・・・、また消え失せてしまったな。

・・・自分の中の夕神が、自分を殺すんだ。何度も何度も・・・。」


りん:「・・・」


夕神:「今、燃えている村はな、今日来ていた他所の村の長が頼んだそうだ。

どうやら、夕神村はその村と結託して新たな村を作ろうとしていると聞いた。

・・・そんなもののために燃えているんだ。言っただろう?村長は私よりもずっと人の子が嫌いだと・・・。

お前は村が燃えているのを見て悲しむのだろうが、私はもう何も思えなくなってしまった。」


りん:「・・・。」


夕神:「村が炎の中に消えようと、幾人死のうと私にとってはどうでもいいことなんだよ、人の子。」


りん:「・・・っ」


夕神:「だが・・・、さすがにもう疲れてしまったな。」


りん:「え・・・?」


夕神:「・・・こっちへ来い。」


りん:「・・・」


夕神:「何もしやしない。ほら、おいで。」


りん:「・・・はい。」


夕神:「これを・・・」


りん:「これって・・・、包丁・・・?」


夕神:「これで一思いに殺してくれ。

もともとお前は私を殺しにきたのだろう。」


りん:「そんな・・・、そんなことできません・・・っ。

だって、もう夕神様を殺す理由なんて」


(上に被せて)

夕神:「大いにあるぞ。

・・・私はお前の兄(姉)を殺したのだから。」


りん:「え・・・?」


夕神:「お前も幾度かこの社をうろつく人の姿を見たことがあるだろう?」


りん:「あ・・・」


夕神:「あれは生贄が夕神や村に何らかの疑問や反抗心を持っていないか、定期的に監視しているんだ。

・・・もし、そうなのであれば殺さなくてはならないからな。」


りん:「じゃあ・・・、じゃあ兄さま(姉さま)は・・・」


夕神:「ああ・・・。

お前も何度か危なかったんだぞ。今日の日中だってそうだ。」


りん:「・・・本当に、兄さま(姉さま)を殺したのですか?」


夕神:「・・・そうだ。」


りん:「そんなの嘘だ・・・。」


夕神:「嘘ではない。

お前への優しさだって、さっき言った通りまがい物だ。」


りん:「嘘だ・・・!!」


夕神:「・・・ほら、握れ。

私はお前の兄(姉)を殺した仇なんだぞ。」


りん:「・・・。」


夕神:「ほら・・・頼むから、殺してくれ。」


りん:「・・・っ。

・・・夕神様。」


夕神:「なんだ?」


りん:「・・・私、兄(姉)のことが大好きなんです。

だから、兄(姉)のことを殺した夕神様のことを許せません・・・。」


夕神:「ああ・・・。」


りん:「・・・でも、私・・・夕神様のことも思いの外、慕っていたみたいで・・・。」


夕神:「・・・。」


りん:「一緒にここからの景色を見たり・・・」


夕神:「ああ・・・、お前と一緒に見る景色は綺麗だったな。

目も見えないのに、なぜかそう思えた。」


りん:「文字の読み書きも教えてくれて・・・、」


夕神:「ふふっ、お前は教えがいのある子だったよ。」


りん:「あと・・・、優しくてあったかくて・・・・っ」


夕神:「・・・ああ。」


りん:「偽りでも・・・私にとってはぜんぶ本当だったから・・・。

一緒にみた景色も綺麗だったのは本当だったから・・・っ。」


夕神:「・・・そうか。」


りん:「ああ・・・、私、本当に夕神様のことを信じていたんだ・・・っ。」


夕神:「・・・そのまま刺せ。お前ならできる。」


りん:「っ!!」


夕神:「うっ・・・!」


(後ずさるりん)


りん:「あ・・・ああ・・・」


夕神:「・・・これで、いいんだ。・・・ふふっ、だがこれでは死にきれないな・・・。」


りん:「夕神様・・・っ!」


夕神:「ああ・・・、どうしてお前はそんな悲しそうな顔をしているんだ。お前の兄(姉)の仇なのに・・・。」


りん:「どうして、そんな・・っ」


夕神:「お前は優しい子だな。やはり夕神になるにはあまりにも向いていない・・・。」


りん:「・・・・っ」


夕神:「いいか・・・、良く聞け。

いまからここに、火を放つ・・・。」


りん:「え?」


夕神:「そうしたらここに人が集まるだろう・・・。今日は他所の村で忙しくしているはずだから、普段よりも人は少ない。きっと夕神の真実を知らぬものまで駆り出されるはずだ。

お前はこの社の裏から逃げろ・・・。きっと捕まらずに逃げることができるはずだ・・・。」


りん:「そんな・・・っ」


夕神:「もう・・・、こんなことは終わりにしたい。

私やお前がいなくなったところで、新しい人の子が据えられるだけだろうが・・・、あいつらの困った顔はさぞかし見ものだろうな・・・。

・・・ほら、火をつけたぞ。あっという間に燃え広がるはずだ。」


りん:「・・・っ!」


夕神:「焼け死ぬ前に、神殺しで捕まる前に逃げろ・・・。」


りん:「いやだ・・・。」


夕神:「逃げるんだ・・・っ!!。」


りん:「いやだ・・・っ!!」


夕神:「聞き分けのない小娘だな・・・っ!!」(近づいていき、外にりんを押し出す)


りん:「あ・・・っ」


夕神:「ほら、もう外だ。そのまま逃げろ。振り返らず走るんだ。」


りん:「・・・なんで、なんで私にとっての神様はみんな遠くに行ってしまうんですか・・・っ!!

なんでだれも、傍にいてくれないの・・・っ。」


夕神:「本当はな、こうなる前にどうにかするつもりだったんだ。

でも・・・、私にはお前を守ることができなかった。」


りん:「夕神様・・・」


夕神:「・・・私はお前が望む神様にはなれなかった。」


りん:「・・・っ。」


夕神:「ふふっ、夕神として死んでいこうと思ったのにな。どうして今になって死に怯えているんだろうか。

何度も何度も、自分の中で殺してきたはずなのに・・・。どうして最期になって・・・、

やはり炎は嫌いだ・・・。」


りん:「夕、神様・・・?」


夕神:「私はなれなかったが、いつか会えるはずだ。

お前のことを守ってくれる神様に・・・。」


りん:「あ・・・ぁ・・・」


夕神:「大丈夫、神様はきっとお前のことを愛するだろう。」


りん:「っ!!」


夕神:「・・・すまないな、りん。」


りん:「兄さま(姉さま)・・・っ!!」


(駆け寄ろうとするりん)

(崩れてきた材木で塞がれていく)


夕神:「・・・また泣かせてしまったな。」


りん:「いやだ・・・っ、お願い・・・っ、まだ間に合うから!!」


夕神:「・・・神はいるのか、はたまたいないのか。」


りん:「神様なんていらないから・・・っ!!」


夕神:「ああ・・・、でも、もしもいなければその時は・・・」


りん:「兄さま(姉さま)・・・!!!!」


夕神:「今度こそ、この子の神様になろう。」


(社が燃えて崩れていく)


りん:「わたし、神様なんていなくていいから、だから・・・、一緒にいてよ!!

あ・・・、ああ・・・、でも、私・・・、わたしが殺したんだ・・・。

ごめんなさい・・・、痛かっただろうに、苦しかっただろうに・・・。

お願いだから・・・、お願いだから誰か助けて・・っ!!!

神様がいるなら・・・っ、助けてよ・・・・。

どうして助けてくれないの・・・。

・・・やっぱり神様なんていないんだ。」



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夕神:「昔々、この山には夕神様という村の守り神が祀られていたそうだ。

だが、夕神様は生贄となった娘により殺されてしまい、娘は神殺しという大罪を犯したことで斬首刑に処された。

しかしその晩のこと、村は炎の海と化し潰えてしまったのだ。

幾人もの命を奪い、村を燃やし尽くしてもなおその炎が消えることはなかった。

人々はあの娘の祟りだと怯え、供養し鎮めるべく、この山に埋葬された娘の元へ足を運んだ。

すると、日も当たらぬ場所だというのになぜか美しく染まった紅葉が揺れていた。


神様は本当にいるのか、いないのか。

これは祟りだったのか、そうではないのか。

真実は知る由もない。

だが、まるで娘への手向けのような紅葉を見て、疑うことなく人々はこう口にしたのだそうだ。


”この娘は神様に愛されていたのだ”と。」


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