みこまつり
・利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
事前報告で教えてほしい内容、配信媒体などにおけるクレジット表記の決まりなどに関して書いてあります。
登場人物
・鈴子(♀)
過去:6歳。両親を亡くしたことで村に住む父の親戚に引き取られた。
現在:21歳。養母の死をきっかけに村に戻ってきた。
*かなりモノローグが多いです。
・すず/?(♀or♂)
7歳ぐらいの少女もしくは少年。
演じられる前に一度読んでから、あとがきも読むことをお勧めいたします。(一番下のボタンから読めます)
また台本自体は少女口調に寄っています。少年でやられる場合の注意事項もあとがきの方に書かさせていただきます。
*台本自体の注意事項
利用規約とは別にみこまつりに関する注意事項です。
台本の形をしていますが、ほぼ読み物のような文章になっています。それでも大丈夫な方は演じてくださったらとても嬉し
いです。そして、読まれるだけでももちろん嬉しいです。
ものすごく長いため、前後編で分ける。休憩を挟むなどはご自由になさってください。(一度計測したところ、80分でした。)
また、どちらの役も大変なことになっていますので、一度読んでから演じることをおすすめいたします。
『みこまつり』
作者:なずな
URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/7201102/page_202308141503
鈴子(♀):
すず/?(不問):
本文
?:「七つまでは神様の子
七つは神様と同じ
七つになったら神様の元に帰される
なのに、どうしてお前は来なかった?」
===================
鈴子M:「15年ぶりに訪れたその場所は、何一つとして変わってないように思えた。
小さな田舎の村。その近くの山奥にある神社の前で、私はあの子の姿を探す。
神社のいたるところに、花が落ちているのを見て、やっぱりあの子はまだここにいるんだと確信した。
あの子は花をよく摘んでいたから」
鈴子:「私だよ、鈴子だよ」
鈴子M:「蝉の声にかき消されてしまうほどの小さな声だったが、あの子には届いたようだ。
風から、懐かしい夏の終わりの匂いがしたのと同時に、背後に確かな気配を感じる。なんだか懐かしくて、私はそれだけで泣きそうになった」
?:「どうしてお前は来なかった?」
鈴子M:「声がする。
15年前と変わらない幼い声に私は振り返ることができず、ただ小さくごめんねと謝った。
遠く遠くの、夏の記憶が呼び起こされる。
薄れて、思い出すこともなくなっていたのにそれは唐突に、そして鮮明に浮かんでくる。
この子と初めて会った夏の日のこと。
この幼い神様と過ごした夏の日のこと。
泣き叫ぶような蝉の声
暗くて深い山の中
寂れた神社
帰る場所のなかった私たち
もう15年も昔の夏のことを」
===================
(15年前の夏。山奥で鈴子が一人泣いている。)
鈴子:「(泣いている)
もう……、嫌だよ。帰りたいよ。おとうさん、おかあさん……」
?:「ねえ」
鈴子:「……っ」
?:「こんなところで何をしているの?」
鈴子:「……」
?:「どうして泣いているの?」
鈴子:「……」
?:「お前は村の子?」
鈴子:「……うん」
?:「いくつ?」
鈴子:「6さい」
?:「じゃあ、お前も神様の子なのね」
鈴子:「ちがうよ」
?:「うそつきだ。こいつ」
鈴子:「うそじゃないよ……っ」
?:「でも、六つなんでしょう?」
鈴子:「……」
?:「知らないのかな?」
鈴子:「知らないもん、なにも分かんないもん」
?:「教えてあげようね。かわいそうなかわいそうなお前にも」
鈴子:「……っ」
?:「七つまでは神様の子なんだよ」
鈴子:「どうしてみんなそう言うの……?わたし違うもん。そんなの知らないもん」
?:「七つまでは神様の子
七つは神様と同じ
七つになったら神様の元に帰される
……お前も神様の子なんだ。かわいそうにかわいそうに」
鈴子:「……っ」
?:「ねえ、こっちに来て」
(腕を引っ張られる鈴子)
鈴子:「あ……っ!」
?:「ふふっ、ここはね秘密の場所なんだ。お前には教えてあげる。お前も神様の子だから」
鈴子:「やだ……!引っ張らないでよ!」
?:「ほら、見て」
(古い鳥居と神社の前で立ち止まる)
鈴子:「え……、神社?こんなところに?」
?:「ほら、もっとこっち。なかに入って」
鈴子:「だ、だめだよ、本堂の中に入ったら怒られちゃうよ」
?:「どうして怒られるの?怒られないよ。だって、わたしたちは神様の子なんだから。ほら、はやく」
鈴子:「……っ」
?:「入って」
鈴子:「で、でも」
?:「はやく入って」
鈴子:「わ、わかったよ」
?:「そうしたらこっちに来て」
鈴子:「……」
?:「どうしたの?そんなに怖がらないで。怖いことはしないよ」
鈴子:「……こわいよ」
?:「なにが?」
鈴子:「だってこんな古い神社の中こわいよ。お化けが出るかもしれないよ」
?:「……お化けなんて出ないよ。ここには神様がいるんだから」
鈴子:「神さま……?」
?「うん」
鈴子:「で、でも、やだ。お外に出たい」
?:「……」
鈴子:「……そ(れに)」
?:「(遮るように)じゃあ、そこの階段でお話をするのは?」
鈴子:「おはなし?」
?:「外の階段なら怖くない?」
鈴子:「う、うん」
?:「そこに座って」
鈴子:「……わかったよ」
?:「……」
鈴子:「あ、あのね」
?:「なに?」
鈴子:「わたし、鈴子っていうの」
?:「わ、たし……?すずこ?」
鈴子:「う、うん。あなたは?」
?:「わたしは……。ちがう。お前にはそんなものないだろうに……」
鈴子:「え?」
?:「お前は神様の子なのに名前があるの?」
鈴子:「あ、そっか……。本当はだめなんだっけ。おばさんたちにも言われたよ。でも、わたしには名前があるんだ」
?:「名前を与えるのは人の子に戻ってから。神様の子には名前を与えてはいけないんだよ。
神様も、神様の子も、名前はないの」
鈴子:「どうして……?」
?:「つける意味がないんだよ。
……神様は神様で、神様の子は神様の子でしかないのに、他の意味を持たせてしまったら邪魔だから」
鈴子:「じゃあ、あなたも名前ないの?」
?:「ない。でも……、お前にはあるんだね。邪魔だけど、いいな、いいな。なまえ。わたしにもちょうだい」
鈴子:「そ、そんなの難しいよ。なまえなんて付けたことないもん」
?:「ちょうだい」
鈴子:「……どんな名前がいいの?」
?:「すずこがいい」
鈴子:「え?」
?:「同じなまえがいい」
鈴子:「だめだよ……!どっちか分からなくなっちゃうもん。それに、鈴子はわたしの名前だからいや」
?:「やだ。すずこがいい」
鈴子:「……じゃ、じゃあ、すずは?」
?:「す、ず……?」
鈴子:「うん」
?:「すず……。わたしは、すず。すずだ。わたしはすず……」
鈴子:「……」
すず:「ふふっ、うん。気に入った」
鈴子:「そっか……」
すず:「なまえを付けられるのはいいな。はじめてなまえをもらった」
鈴子:「……すずは」
すず:「なあに?」
鈴子:「すずは村の子なの?」
すず:「そうだよ。でも今は違う」
鈴子:「どういうこと?」
すず:「お前もいつか分かるよ。お前も神様の子だから」
鈴子:「……」
すず:「少しおかしな神様の子だけどね」
鈴子:「おかしい?」
すず:「お前は村で生まれた子じゃないんでしょう?」
鈴子:「どうして分かるの?」
すず:「お前には名前があるから」
鈴子:「じゃあ……、どうしてすずはわたしとお喋りしてくれるの?」
すず:「同じ神様の子だからだよ」
鈴子:「でも、村の子たちは一緒に遊んでくれないよ」
すず:「……」
鈴子:「村にもね、いるんだ。同じ六つの子も、七つの子も、わたしよりも小さい子もいるの。
でも、みんなわたしとお話してくれないよ。
それにみんなは家族で暮らしているのに、わたしは違うの。
わたしだけ、おばさんたちとお家は一緒なのに、ご飯もぜんぶひとりで食べるの。
おばさんたちは少しこわい時もあるけど優しいよ、でも……。
……わたしが他所から来た子だからなのかな」
すず:「……お前は、大事な大事な神様の子なんだろうね」
鈴子:「大事な……?みんなは大事じゃないの?
わたしが住んでた町には神様の子なんてお話なかったよ。それにみんな大事な子だってお父さん言ってたし、神様の子なんて」
すず:「(少し大きめの声で)七つまでは神様の子なんだよ」
鈴子:「……っ」
すず:「そう決まっているんだ」
鈴子:「ちがうよ……」
すず:「お前は神様の子だよ」
鈴子:「ちがう!!」
すず:「……」
鈴子:「村の人もみんな言うんだ。神様の子って。でも、違うよ。
お父さんとお母さんが死んでも、わたしはお父さんとお母さんの子なの!!」
すず:「……」
鈴子:「どうしてそうやって言うの。ちがうのに……っ」
すず:「……分からない。
わたしには分からない。どうしてお前が泣いているのかが分からない。神様の子なのだから当たり前だろうに」
鈴子:「もうやだよ。寂しいのは嫌だよ。帰りたい……っ」
すず:「どこに?」
鈴子:「お父さんとお母さんのところに帰りたいよ……っ」
すず:「だったら、どうして帰らないの?」
鈴子:「だって、もう死んじゃって」
すず:「帰ることができないなら、そこはもう帰る場所じゃないんだよ」
鈴子:「え……」
すず:「……ふふっ」
鈴子:「……っ」
すず:「でも、そうか。お前は寂しいんだね」
(鈴子の手を握るすず)
鈴子:「……っ。
……な、なに?」
すず:「手を握ってあげようね。こうしていると寂しくないでしょう?」
鈴子:「……」
すず:「寂しいのは分かるんだ。だから、お前は泣いているんだね」
鈴子:「……うん」
すず:「寂しいのはいや?」
鈴子:「やだよ、もうやだよ」
すず:「だったら、わたしがお前と一緒にいてあげる」
鈴子:「いっしょに……?」
すず:「わたしはお前と話すことも、遊ぶこともできるよ」
鈴子:「……ほんとう?」
すず:「ほんとうだよ」
鈴子:「急に喋ってくれなくなったりしない?」
すず:「うん」
鈴子:「……いなくなったりしない?」
すず:「しないよ。わたしはずっとここにいる」
鈴子:「……そっか。すずは一緒にいてくれるんだ」
すず:「うん」
鈴子:「……内緒にしてくれる?」
すず:「内緒?」
鈴子:「わたしがここに来たこと。本当はね、山には入るなって言われてたの。あと、名前を教えちゃったことも内緒にしてほしいな。
……忘れなさいって言われてたから」
すず:「うん、良いよ」
鈴子:「それでね、それで」
すず:「なに?」
鈴子:「……ここに来たらすずに会える?遊んでくれる?」
すず:「うん。一緒にいてあげる。だからお前もこの場所のことは誰にも教えてはだめだよ。
お前とわたしだけの、秘密の場所だから」
鈴子:「分かった。わたしとすずだけの秘密ね」
すず:「そうだよ」
鈴子:「……あ」
すず:「どうしたの?」
鈴子:「……もう夕方だったんだ」
すず:「うん」
鈴子:「もうそろそろ戻らないと……。
すずは村には帰らないの?」
すず:「うん。帰らない。今はもう村の子じゃないから」
鈴子:「それは……」
すず:「……」
鈴子:「……ううん、なんでもない」
======================
鈴子M:「懐かしい。
私はこの子のことを神様だと思っている。
自分とは異なる存在のように感じられて、不気味で、怖くて、優しい。そんな神様。
でも、そんなことどうでも良い。
この神様は私と一緒にいてくれたのだ。
両親を亡くし、訳も分からず神様の子として扱われ、寂しかった私と。
それなのに私はこの子のことを裏切ったのだ」
?:「どうしてお前は嘘を吐いた?」
鈴子M:「その問いに、私は何も返すことができない。
振り向くこともできない。再会できたことの嬉しさと罪悪感と恐怖心とがごちゃ混ぜになって、私は誤魔化すように笑うしかなかった」
鈴子:「あ、あのね!ごめんね。私、15年前、すずにお別れも言わないで村を出て行っちゃって」
?:「……」
鈴子:「ほら、この村で私の面倒を見てくれたおばさんいたの覚えてる?私のお父さんの親戚なんだけどね。あの、おばさんの娘さんが私のことを連れて村を出るって言ってくれて、そのまま村を出たんだ。
それで、今まで母さん……、その娘さんが面倒見てくれてたの」
?:「……」
鈴子:「もう私も21歳になってね。働いて一人で暮らせるようになってからはあんまり連絡とってなかったんだけど、母さん村に帰って来てたみたいで。
それで……、その……、母さんね死んじゃったんだ。おばさんが連絡くれて知ったんだけど、事故で。お葬式は済ませちゃったから、墓参りだけでもって呼んでくれてね。
それと…、私、今更なんだけど、あの時の約束のことちゃんと覚えてるの。
本当は約束した通り、7歳のお祭りの時に村に戻りたかったんだけど……、ごめんね。
……本当にごめんね、こんな遅くなっちゃって。私、もう神様の子じゃないのに……」
?:「……お前はまだ寂しいの?」
鈴子:「……うん。だから、私も」
?:「ふふっ、あはははははは」
鈴子:「どうしたの……?」
鈴子M:「様子がおかしい。それが怖くて恐る恐る振り返る」
鈴子:「……っ!!」
鈴子M:「そこには、あの子がいた。
でも、おかしい。こんな黒い影の様なものなんかじゃなかった。こんな恐ろしいものじゃなかった。こんな、なにかがぐちゃぐちゃに混ぜられたようなものじゃなかった。
それなのにあの子だと分かるのだ」
?:「寂しいの?寂しいんだね。だったらいいよ。一緒に帰ろう。お前も一緒だよ。
だから、お前も……」
鈴子:「や、やだ……」
鈴子M:「はくはくと口を動かすが声が出ない。苦しくて仕方がない。
真っ黒な影みたいなものの中に、いろんなものが混ざったような、どす黒い色をした目だけがはっきりと見える」
?:「お前も帰ろう。帰ろう。寂しいんでしょう?」
鈴子M:「あの子はどんな姿だったか。ああ、だめだ。思い出せない。あの子の顔が思い出せない」
?:「まつりがはじまる。まつりをやろう。帰らぬなら、村を祟ろうか。お前も祟ってしまおう。村の生まれじゃなかったとしても、帰る場所のない者には帰る場所をあげようね。
だから、お前も」
鈴子M:「じりじりとそれは近寄ってくる。生暖かい風が気持ち悪くて、目の前のあの子が恐ろしくて逃げ出したいのに、足が動かない」
?:「お前も」
鈴子M:「その言葉の続きを聞きたくなくて、私は何とか地面を蹴って、そこから走り出した。
心臓がバクバクとこれ以上ないまでに脈打つ。
やっぱりあの子は神様だったのだ。
恐ろしい恐ろしい神様で、あの子は私を連れて行こうとしている。
山を降りて、村へ戻ってきても身体の震えが止まらない
泣き叫ぶような蝉の声
暗くて深い山の中
寂れた神社
帰る場所のない私と神様」
?:「みこまつりがはじまる」
鈴子M:「蝉の声に交じって聞こえるあの子の声に、私はまた15年前のことを思い出すのだ」
======================
(15年前の夏)
鈴子:「すずー、来たよー!
……あれ、いないのかな?すずー?」
すず:「ここだよ」
鈴子:「……っ!!」
すず:「ふふっ、驚いた?」
鈴子:「びっくりしたよ。足音が聞こえなかったもん。蝉の声が大きいからかな」
すず:「今日ははやいんだね」
鈴子:「村にいるのは嫌なの。誰も遊んでくれないから。
あ、あのね、この子、埋めても良い?お墓を作りたいの」
すず:「蝉の?」
鈴子:「うん。ここに埋めても良い?」
すず:「いいよ」
鈴子:「お花もあるかな」
すず:「花?」
鈴子:「お墓には供えるって決まりなんだよ」
すず:「蝉のお墓を作っていたら、花だらけになってしまうね」
鈴子:「いいの!この子は私の目の前で死んじゃったんだもん」
すず:「花なら咲いてるよ。いろんなところに」
鈴子:「そっか。ありがとう。
……お日様がまだ高いから暑いね。あいすきゃんでー食べたい」
すず:「あい……?」
鈴子:「あいすきゃんでー」
すず:「あいすきゃんでー?」
鈴子:「あのね、冷たくて甘くておいしいんだよ」
すず:「冷たくて、甘いの?」
鈴子:「うん!すごく甘いの!」
すず:「……」
鈴子:「この辺りには売ってないもんね。よくね、友達と一緒に食べたんだ。それで、棒にあたりって書いてあったらもうひとつもらえるの」
すず:「……」
鈴子:「前に住んでいた街にはね、いろんなあいすが売ってたよ。それでね、友達はね」
すず:「(被せるように)ねえ」
鈴子:「どうしたの?」
すず:「……ここ暑いから日陰に行こう」
鈴子:「う、うん。ちょっと待って。もう終わるから。
……よしっ」
(すずのいる木陰に走る)
すず:「ほら、こっちのほうが涼しいでしょう?」
鈴子:「そうだね、ありがとう。
……」
(神社の本堂を見つめる鈴子)
すず:「なにを見ているの?」
鈴子:「……この神社って村にある神社と同じ神様がいるの?」
すず:「そうだよ」
鈴子:「でも、村にある神社よりも古くて小さいよね。村にあるのはすごくぴかぴかで豪華だったもん」
すず:「……」
鈴子:「村の神社にね、毎朝、お参りしなきゃいけないの。お供え物をもっていくんだよ。今日はおにぎりだった。
でも、こっちは誰も来てないんだね。変なの。同じなのに違うなんて」
すず:「……そうだね。おかしいね」
鈴子:「そういえば、お祭りやるんだって。八月の終わりぐらいに」
すず:「おまつり?」
鈴子:「うん。神子祭り(みこまつり)っていうお祭り」
すず:「……」
鈴子:「神様に感謝を伝えるためのお祭りだって言ってたよ」
すず:「……お前は」
鈴子:「え?」
すず:「お前は、神様のことをもう知っているの?」
鈴子:「神様のこと?」
すず:「村の神様がどんな神様なのか」
鈴子:「う、うん。この前、村の偉い人とかおばさんたちに教えられたよ。
昔々、食べ物がなくて、みんな弱って病気になって、たくさんの人が死んじゃったんだって。
子供もみんな七つまでには死んじゃって大変だったけど、ある時神様が助けてくれたんだよって言ってた。
七つまでは神様が守ってくれる。だから、七つまでは神様の子なのよって」
すず:「……」
鈴子:「おにぎりとか食べ物をお供えするのは、神様のおかげでご飯が食べられているからって言ってたよ。
神子祭りは村で一番大きなお祭りなんでしょう?七つの子が少しだけ神様の元に帰って、お礼を伝えるお祭りだって」
すず:「お礼を?」
鈴子:「うん。神社の中のね、神様に一番近いところで今までのお礼を伝えるんだって。守ってくださってありがとうございましたって。それで、はじめて人の子になるんだって教えられたよ」
すず:「ああ……、そうだったね」
鈴子:「だから、来年のお祭りでわたしも人の子に戻れるんだ」
すず:「……でも、本当に神様の元に帰されてしまったらお前はどうする?」
鈴子:「どういうこと?」
すず:「みこまつり」
鈴子:「え?」
すず:「どういう祭りだと思う?」
鈴子:「だから、神様に感謝を伝えるお祭りでしょう?七つになった子が神様の元にいって、お礼を伝えるって」
すず:「(遮るように)違う」
鈴子:「……ちがう?」
すず:「七つになった子を神様に御帰しするのが、みこまつり」
鈴子:「おかえし……?でも、」
すず:「神様がどんな姿か知っているでしょう?」
鈴子:「子供の神様だよ」
すず:「そうだね。
ちょうど……、お前とわたしくらいの」
鈴子:「……っ」
すず:「幼子の形をした神様が退屈しないように、村では七つになった子を一人神様の元に帰す。
帰さなければ、神様は村を祟ってしまう。祟られてしまえば、村人は病で再び倒れてしまう。
帰せば、神様は村と子供を守ってくれる。
……みこまつりはそうやって始まったんだよ」
鈴子:「神様のところに帰るって……?」
すず:「言葉のままだよ。神様の元に帰るの」
鈴子:「そうしたらもう帰れないの?」
すず:「おかしなことを言うね。帰るべき場所に帰ったのに、それからまたどこに帰るというの?」
鈴子:「……」
すず:「神様の元以外に、帰る場所なんてないんだから。お前も、わたしも」
鈴子:「……分からないよ。こわいよ、そのお話」
すず:「怖くないよ。それはとても幸せなことだから。光栄なことだから。ずっと昔からそう言い伝えられてるの。みんな、そう言ってる」
鈴子:「でも、それは昔の話しなんでしょう?
だって、おばさんたちは誰もそんなこと言ってなかったよ」
すず:「そうだね。昔話だ。こういった話は形を変えるから」
鈴子:「最初はそうだったの?」
すず:「はじまりは……、なんだったんだろうね」
鈴子:「……」
すず:「昔話だったとしても、それは神様が退屈していなかっただけで、また七つの子が欲しいって言ったら?」
鈴子:「……」
すず:「七つになったときにそうなってしまったら……、お前はどうする?」
鈴子:「……そんなの嫌だよ」
すず:「どうして?」
鈴子:「だって、わたし神様の子じゃないもん」
すず:「……」
鈴子:「……すず、こわいよ。どうしてそんなこわい顔するの?」
すず:「でも、お前は寂しいんでしょう?」
鈴子:「え?」
すず:「寂しいんでしょう?」
鈴子:「う、うん」
すず:「……だったら、良いの。なんでもない」
鈴子:「すず……?」
すず:「ふふっ」
鈴子:「っ」
すず:「変な顔。驚いた時とも違う変な顔。もう大丈夫だよ、なんでもないから」
鈴子:「……本当に?」
すず:「うん」
鈴子:「……」
すず:「なにをしようか、夕暮れまでなにをして遊ぼうか。
大丈夫だよ、お前が寂しくないように、なにをして遊ぼうか考えたから」
鈴子:「ねえ」
すず:「なあに?」
鈴子:「すずは……、神様の子なんだよね?」
すず:「そうだよ。お前と、いっしょだよ」
======================
鈴子M:「そう言ったあの子はどんな顔をしていただろうか。
やっぱり思い出せない。一瞬、浮かんだとしても、次に思い浮かべた時には全く違う顔になって、最終的にはあのおぞましい形になってしまう」
?:「帰ろう。お前も帰ろう」
鈴子:「…っ」
鈴子M:「また声が聞こえたような気がして振り向くが、誰もいない。
そんなことを繰り返しながら帰ってきた私に、おばさんは笑顔でおかえりなさいと出迎えてくれた。
15年前、お礼も言わずに出て行った私のことも、母さんのこともおばさんは恨んでいるかと思っていたが、そんな素振りはない。
でも、その優しさが、かえって不気味だった。
居心地が悪くて、私はまた外へ出た。
15年前とそう変わっていない村は、祭りの準備で忙しそうだ。
だが、昔と比べて村人も減ったようで若者の姿も見えない。
母さんと同じように、みんな村を出てしまったのだろうか。
神子祭り。
神様に感謝を伝える祭り。
神様の元に七つの子をお帰しする祭り。
あの子はそう言っていた」
?:「みこまつりがはじまる」
鈴子:「……っ」
鈴子M:「また、声が聞こえる。
怖い。あの子が怖い。
その場にしゃがみこんで、耳を塞いでもあの子の声が聞こえて、まとわりついてくる」
?:「お前も帰ろう」
鈴子:「ごめんなさい、ごめんなさい……」
鈴子M:「村を出て、何事もなく母さんと過ごすうちに、あの約束を私は、子供の単なる戯れだと思うようになっていった。
それなのに、母さんが亡くなり寂しくなって、それでやっとあの子のことを思い出したのだ」
?:「お前も」
鈴子M:「声が途切れても、私はしばらく耳をふさいだまま、しゃがみ込んでいた。
その日の夜、私はまた15年前の夏に引きずり込まれていく。
夢かうつつか、分からない。ひぐらしの声が聞こえて、夕暮れ空が見える。
意識が沈む直前、開けられた窓から村人の声だけがはっきりと聞こえた。
”神の子を祀るときがきた”、と」
=================
(夕方、すずのもとを訪れた鈴子)
鈴子:「あれ、すずがいない……。
すずー、来たよー!いないの?
また驚かせようとしているのかな?
すずー!!
あー、蝉の声しか聞こえない……。
神社の中にいるのかな……?
……怖いけど、見てみよう。
……っと。
(本堂の扉を開ける)
なんにもないや。村の神社と全然違う。
あ、……奥にも扉がある。あっちの部屋に色々あるのかな。
すず、いるの?
開けるよー。
……っ。
この扉、重たい……っ」
(扉を開ける)
鈴子:「なに……、ここ。真っ暗だ。なにこれ?傷がついてる。あ、あっちになんか置いてある。なんだろう……石?」
すず:「なにをしているの?」
鈴子:「……っ」
すず:「どうしたの?」
鈴子:「う、ううん。なんでもないの」
すず:「見て、蝉を捕まえたの。
地べたを間抜けに歩いていたから、すぐに捕まえられた」
鈴子:「そうなんだ……」
すず:「……お前は本堂に入るのが怖かったんじゃないの?」
鈴子:「そうだけど、でも、すずがいないから探してて」
すず:「そう」
鈴子:「ねえ、この奥はどうなっているの?」
すず:「……神様」
鈴子:「え?」
すず:「神様に一番近い場所なの」
鈴子:「それって、神子祭りのときの?あれ、でも神子祭りは村の神社でやるって……」
すず:「あれはちがう。あそこに神様なんていない……。神様は……」
鈴子:「すず……?」
すず:「……」
鈴子:「ね、ねえ、ここから出よう」
すず:「どうしてお前はそんなに怖がるの?」
鈴子:「……っ」
すず:「ここにいるのは嫌なの?」
(すずが手に持っている蝉が鳴き始める)
鈴子:「すず、蝉が鳴いて」
すず:「うるさい!!!!」
鈴子:「あ……」
すず:「……」
鈴子:「ど、どうして……っ、なにしてるの?蝉がつぶれちゃ」
すず:「(遮るように)どうして嫌なの?お前がそんなことを言うのはおかしいでしょう?」
鈴子:「おかしくないよ……っ。わたしはお父さんとお母さんの子なんだよ‥…?神様の子なんかじゃないもん……!」
すず:「だったら、お前はずっと寂しい子でいいの?」
鈴子:「……」
すず:「お前はこれからどうなるんだろうか。かわいそうな子だね。寂しい子だね。これから先、お前はずっと一人だろうから」
鈴子:「……っ」
すず:「お前は寂しいんでしょう?悲しいんでしょう?かわいそうな子だ、お前はかわいそうな子。
でも、わたしならずっと一緒にいてあげるよ。
お前の親のようにいなくなったりはしないよ、ずっと一緒にいてあげる」
鈴子:「や、やだ……っ」
すず:「かわいそうな神様の子。なまえもない、神様の元に帰るために生まれただけのさびしい子。
だから……、神様の元に帰ろう」
鈴子:「嫌だよ、わたしは神様の」
すず:「(遮るように)どうして嫌なの?」
(すずが鈴子の腕をつかむ)
鈴子:「っ。
やめて、離して……」
すず:「……村は怖いでしょう?村人も怖いよ。でも、神様は怖くないよ。大丈夫だよ。痛くないよ。お腹もすかないよ。寂しくないよ。なにも、ないよ」
鈴子:「痛い……っ」
すず:「怖くないから、大丈夫だよ。わたしが一緒にいてあげる」
鈴子:「ねえ……っ、離して!」
すず:「お前は神様の子なんだよ。だから、」
鈴子:「やめてよ!!」
(鈴子がすずを突き飛ばす)
すず:「……っ」
鈴子:「あ……」
すず:「……うるさい」
鈴子:「え……?」
すず:「蝉の声がうるさい……。やめてよ……」
鈴子:「すず……?」
すず:「うるさい、うるさい、うるさい!!どうしてこんなに煩いの!毟っても、潰しても、ずっとずっと……!!鳴きやんでよ、やめろ……っやめろ!!」
鈴子:「……っ」
すず:「誰も来ない、誰もいない、暗くて、蝉の声しか聞こえない……!!
どうして誰も来ないの、わたしは……、わたし……は……。帰ることが……ああ、ちがう、違うだろう。お前は……最初から…なくて」
鈴子:「す、ず……?」
すず:「……帰ろう。帰ろうよ。お前もここにいよう。そうしたら、寂しくないよ……。苦しくないよ、痛くないよ。
もう、お前にはここ以外に帰る場所なんてないんだから……」
鈴子:「……っ」
すず:「帰ろう……」
鈴子:「すずは……」
すず:「……」
鈴子:「すずは、神様なの?」
すず:「すず……?」
鈴子:「あなたのなまえだよ」
すず:「……なまえなんてないよ。すずってなあに?それは誰だ?なまえなんてあってはならないだろう?そうよ、あってはいけないの。
そんなものがあったところで……、神様は神様で、神様の子は神様の子でしかないのだから。ただ、それだけのものなんだから」
鈴子:「……あるよ」
すず:「……」
鈴子:「名前ならあるもん……っ!わたしにはお父さんとお母さんがつけてくれた名前があるの……!!」
すず:「……」
鈴子:「それに、すずにだってなまえあるもん……!!わたしがつけたんだよ!!すずってつけたんだもん……っ。
すずが神様だろうがなんだろうが、すずはすずなの!!
わたしたち、ちゃんとなまえあるもん……っ。ただの神様の子じゃ……、神様じゃないよ……っ」
すず:「……っ」
鈴子:「……ちがうよ……、すずだって、わたしだって……ちがうんだもん……っ」
すず:「あ……、」
鈴子:「(泣いている)」
すず:「……泣か、ないで」
鈴子:「(泣いている)」
すず:「わからない。どうしよう。どうしたらいい?泣くのは嫌だ。ごめんね、もう泣かないで。
……分からない。わたしには、分からないよ。お前がどうしてこんなに泣いているのか。
寂しいの?悲しいの?どこか痛いの?」
鈴子:「寂しいよ……、悲しいよ……」
すず:「寂しくないよ。わたしがいるよ」
鈴子:「お父さんとお母さんのところに帰りたい……」
すず:「……お前の帰りたい場所が、わたしにはどんなところなのか分からない。わたしはこの場所しか知らないから」
鈴子:「……」
すず:「でも……、きっと良いところなんだろうね、とても」
鈴子:「……っ」
すず:「お前が泣きやむまで、一緒にいてあげようね。
……わたしが、いっしょにいようね。
ああ……、ひぐらしが鳴いている。
もう、まつりが始まるんだ……」
========================
鈴子M:「そこで目が覚めた。
汗でじっとりとした肌が気持ち悪い。耳の中に蝉がいるかのように未だに鳴き声が聞こえていて、私は自分の頭を思いっきり叩いた。
ぼやける思考の中で、あの時の私もおかしかったなと他人事(ひとごと)のように思った。
あの時、私は”お父さんとお母さんの子である鈴子”を忘れそうになっていた。
今もそうだ。母さんが死んでからふとした瞬間、自分が何なのか分からなくなる。
いや、違う。今も昔も忘れようとしていたんだ。
忘れて、神様の元に行けば、あの子が一緒にいてくれるなら寂しくないと考えてしまった。
私は、神様の元を両親や母さんがつくってくれた場所みたいに、あたたかくて優しい場所だと思い込んでいて、そこに行けばもう大丈夫だと思い込んでいた。
でも、あんな恐ろしい姿のあの子の傍にそんな場所はきっとない。
寂しい、苦しい、悲しい。でも、怖い。あの子の傍は怖い。
時計は深夜二時を指している。しかし、寝付けそうにもなくて、お水を貰おうとよろよろと部屋をでた。電気をつけるのが憚られて、懐中電灯を手にとった。
足音を立てないように進んでいくと、数人の話し声が聞こえるような気がして足を止める。
奥にある部屋が薄明るい。
”どうするつもりだ?”
”あれは無駄足だったのか”
”祟られてしまえば終わりだ”
どれも苛立ちと焦りが込められている。
”あの子が、あの時村から出て行かなければ……”
そう言ったのはおばさんだ。
あの子というのは、私のことだろうか。それとも母さんのことだろうか。
汗をかいた肌が冷えてきて寒い。
”あの子たちが逃げなければ、他も逃げなかったのに”
”村から出ても祟りからは逃げられないと言ったが、聞き入れやしない”
”子供を減らすことで保ってきたこの村が、子供がいなくて困るとはなあ。皮肉な話だ”
”口減らしで祟られるとは、元も子もない”
その言葉に息を呑む。
”神様の子を祀るといっても、もうそんなものはいない。どうする?あれも無意味だったようだしなあ”
”本当にどうしようもない。ここまで役に立たないとは”
”他の者も引き入れてみるか。あれのように人質をとればなんとかなるやもしれない”
”その前に、あの娘も差し出そう。神の子でなくともまだ若い。そのためにわざわざ呼んだのだから”
”そういえば、あれはどうした?”
”随分前に埋めたと言っていただろう”
嫌な汗が流れる。
あれって母さんのこと?
あの娘って私のこと?一体何を埋めたの?
口々に話す村人に誰かが力なく笑ってこう答えた。
”神の子だなんて、おかしな言葉だなあ。
この村に神なんてものはいないというのに”
その言葉を聞いた瞬間、心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。
神様がいない?
そんなはずはない。そんなはずは……だってあの子は」
?:「お前も帰ろう」
鈴子:「っ!!」
鈴子M:「自分の真後ろから、あの子の声が聞こえた」
?:「そうしたら、お前も寂しくないよ」
鈴子M:「怖い。怖い。あの子もおばさんたちもぜんぶが怖い。
私はもう何も考えられなくて、その場から走り出した。
裸足のまま、外へ飛び出す。
神様じゃないなら、あの子は一体何なんだ?
母さんになにがあったんだ?
足裏を怪我したのかじくじくと痛む。でも、そんなことは気にしていられなかった。
山奥に駆けていく足を止めることはできなかった。
夜中なのに聞こえないはずの蝉の声が聞こえる。泣き叫ぶような蝉の声で頭が割れそうになる。
ああ、追いかけてくる。
ぐちゃぐちゃとしたあの子が追いかけてくる。
神社を抜けて、もっと山奥へ行こうとした私の前に、奇妙な光景が広がった」
鈴子:「な、に……、これ……?」
鈴子M:「地面には花が置かれていた。それも数本じゃない。何十本も置かれていた。枯れ始めた切り花が力なく揺れている。
何本も、何本も」
?:「お前は何も知らない子なんだね。この子も知らないでやってきたんだ。かわいそうなかわいそうな子だ」
鈴子:「な、にが……?」
?:「神様の元に帰ればお腹は空かないんだよ。
神様の元に帰れば、おとうもおかあもご飯が食べられる。
神様の元に帰れば、寂しくなんてないんだよ。
神様の元に帰ることは、幸せなことだ。
神様の元に帰れば、あの子は無事生きていける。
お前はなんて言われてここへ連れて来られたの?」
鈴子:「なにを言っているのか分からないよ……っ」
?:「幼子の形をした神様が退屈しないように、村では七つになった子を一人神様の元に帰す。
帰さなければ、神様は村を祟ってしまう。祟られてしまえば、村人は病で再び倒れてしまう。
帰せば、神様は村と子供を守ってくれる。
伝承は形を変える。神様がいないのなら、本当の始まりは何だろうね」
鈴子:「はじまり……?」
?:「あはははははは!!
わたしたちは神様の元には帰れない。もうどこにも帰れない。神様なぞいやしない。
ああ、でも帰りたい。帰りたいよ……、痛いよ。苦しい。おかあさん、たすけて。ぼくはここにいるんだ。
おとう、ほめて。あたし、神様の元に行ったらうんとほめてくれるんだ。なのにどうしてほめてくれないの。どうして誰も迎えに来てくれないの。
開かない、開かないんだ。扉が開かないんだ。苦しい、開けて。たすけてくれ。
誰も来ない、誰もいない、暗くて、蝉の声しか聞こえない……。
裏切られたんだ。恨めしい、恨めしい
口減らしのためだけにここに連れて来られたのか
祟りを抑えるためだけに連れて来られたのか」
鈴子:「……」
?:「かわいそうに、かわいそうに、みんなみんな寂しい寂しい神様の子。
神なんていないのに、私たちは誰の子なんだろうね。
もう帰る場所もないから帰れないよ。どこにも帰れないね。かわいそうにかわいそうに寂しい子。
寂しいな、寂しいよ。ここで一人で死ぬのは寂しいよ。一人でいるのは寂しいよ。
でも、お前が来てくれて嬉しい。寂しくないね、一人じゃないから寂しくない」
鈴子M:「隠れていた月が花を照らす。あの子を照らす。15年前の夏にまた引きずり込まれる」
?:「だから、お前も」
?:「お前も、死んで」
鈴子M:「ぐちゃぐちゃに混ぜられたそれは、子供でできていた」
=========================
鈴子:「すずー!」
すず:「……あ」
鈴子:「ごめんね、遅くなっちゃって」
すず:「祭りの日だから来ないと思ってた」
鈴子:「ふふっ、驚いた?」
すず:「うん。驚いた」
鈴子:「なに持ってるの?」
すず:「花、摘んでたの」
鈴子:「誰かにあげるの?」
すず:「……うん。供えるんだ」
鈴子:「この前の蝉のお墓?」
すず:「……うん」
鈴子:「そっか」
(鈴子の顔をみつめるすず)
すず:「……」
鈴子:「……すず?」
すず:「……お前、泣いてたの?」
鈴子:「え?」
すず:「どうしたの?ほっぺたも紅いし、叩かれた?」
鈴子:「……暗いのによく分かったね。すずは目がいいんだ」
すず:「村の奴にやられたの?」
鈴子:「……」
すず:「……どうした?」
鈴子:「わたしね、もう分からなくなちゃった」
すず:「なにが?」
鈴子:「わたしは誰の子なのか」
すず:「……っ」
鈴子:「みんなわたしを神様の子だとしか思ってないの……。
寂しくて、悲しくて、誰もわたしをちゃんと見てくれてなくて、それが苦しくて……、忘れたくないのに忘れそうになるの。
……忘れて、神様の子になれば、神様のところに帰ったら……わたしはもう寂しくないのかもしれないって……」
すず:「お前、」
鈴子:「だからね、わたしずっと忘れないように気を付けてたの。でも、最近は忘れそうになる。それがこわいの。
それで、みんなの前で言っちゃったんだ。……わたしは、神様の子じゃないって。お祭りの準備をしているみんなの前で言っちゃったの。
わたしはお父さんとお母さんの子で、鈴子って名前なんだよって。のみ込まれそうになるのが怖くて、ちがうよって大きな声で言わないとわたし、ほんとうに鈴子じゃなくなっちゃう。
ぜんぶわすれちゃう……」
すず:「……」
鈴子:「……でも、どうしてこんなこと言っちゃったんだろうって思った。こわかった。
おばさんたちも、村の偉い人もみんな顔がなくなっちゃったみたいな顔をしてた。他の神様の子もみんな驚いていたの。それで……、家に戻されて、たくさん怒られた。
あなたは神様の子なんだよ、お前は神様の子なんだよ、なまえも親も忘れなさいって。こわかった。でも、それでも違うって言わないとって思ったの。でも、でもね……、そうしたら……」
すず:「……痛いのは顔だけ?ほかにけがはしてないの?」
鈴子:「わからない。もうよく分からないの……。
でも……、死んじゃうかと思った。だから、たくさんあやまったよ。たくさんたくさん謝って、そうしたらおばさんたち嬉しそうな顔をして、やめてくれたの」
すず:「……」
鈴子:「……神子祭り」
すず:「……」
鈴子:「わたし、神様の子だから。
……神様の元に帰ったらもう、苦しくないのかな」
すず:「……おいで」
鈴子:「どこに行くの?」
すず:「お前がこの前、開けた部屋だよ。神様に一番近い部屋」
鈴子:「ああ……」
すず:「おいで、怖いだろうから手を繋いであげようね」
鈴子:「……うん」
すず:「開けるからまってて」
鈴子:「……」
すず:「……っ」
(扉をあける)
鈴子:「……」
すず:「おいで」
鈴子:「……」
すず:「この部屋にいれば神様が迎えに来てくれるんだ」
鈴子:「神様が……?七つになってなくても来てくれる?」
すず:「うん。ここにいれば帰れるよ。お前は神様の子だから」
鈴子:「……」
すず:「扉も閉めてしまおう」
鈴子:「あ……っ」
(扉を閉める)
すず:「……」
鈴子:「暗いよ……、すずどこにいるの……?すず……?」
すず:「ここにいるよ」
鈴子:「……っ」
すず:「怖い?」
鈴子:「……少しだけ」
すず:「怖くないよ。わたしが一緒にいるから」
鈴子:「うん」
すず:「座ろう。暗くて、転んじゃったらお前がかわいそうだから」
鈴子:「……すず」
すず:「なあに?」
鈴子:「帰りたい……」
すず:「それはどこに?」
鈴子:「……お父さんとお母さんのところ」
すず:「……」
鈴子:「お父さんとお母さんね、事故で死んじゃったの。急にいなくなっちゃったんだ」
すず:「……」
鈴子:「それで、この村にいるお父さんの親戚の人に引き取られたんだ。
会ったことのないおばさんだったけど、置いてくれるだけありがとうって思わないとだめだから、最初はおばさんたちの言う通りにがんばったんだ。だけど、お父さんとお母さんのことも忘れたくなかった」
すず:「うん」
鈴子:「でもね、忘れないようにするのも疲れてきちゃった……」
すず:「……お前にとってどんな場所だったの?」
鈴子:「どんな場所?」
すず:「お前が帰りたいと思っている場所」
鈴子:「お父さんとお母さんのこと?」
すず:「……うん」
鈴子:「……わたしね、お父さんもお母さんもだいすき。怒るとこわいけど、でもそれはわたしのためなんだ。わたしのことをすごく大切にしてくれたの」
すず:「……」
鈴子:「優しくて、あったかいの。
……そんな場所だったよ」
すず:「……こことは、反対だね」
鈴子:「え?」
すず:「わたしは知らないんだ。優しくて、あったかくて、大好きな場所なんて、わたしは知らない。
でも、お前はそれを知っているんだね」
鈴子:「すず……?」
すず:「……」
鈴子:「……すずには帰りたい場所があるの?」
すず:「ないよ。わたしにはずっとそんな場所なかった。ここしか知らないから」
鈴子:「……そっか」
すず:「でも、わたしも帰りたいな。お前のいうそんな場所があるのなら」
鈴子:「わたしも帰りたい」
すず:「……うん」
鈴子:「もう、そんな場所ないのに」
すず:「そんな場所なかったのに」
鈴子:「……わたしたち、帰る場所ないのにね」
すず:「……」
鈴子:「いっしょだね。わたしたち」
すず:「そうだね」
鈴子:「神様のところに帰るしかないのかな」
すず:「お前は」
鈴子:「なあに?」
すず:「お前は、……神様のところに帰りたい?」
鈴子:「……」
すず:「……」
鈴子:「……分からない」
すず:「……」
鈴子:「分からないや。わたし、どうしたらいいのか分からない」
すず:「……そうか」
鈴子:「あ、」
すず:「どうしたの?」
鈴子:「……これ、この神社にお供えしてほしいの」
(ポケットからなにか取り出す)
すず:「なに?」
鈴子:「すもも」
すず:「すもも?」
鈴子:「あのね、村の神社に供えられてたの持ってきちゃった。これしか盗れなかったんだけど」
すず:「え?」
鈴子:「だって腹がたったんだもん。あっちの神社は豪華でみんな毎日お参りに行くのに、こっちには誰も来ないなんておかしいでしょう?
そんなの、……神様だって寂しいのに決まってるもん」
すず:「……ふふっ」
鈴子:「すず?」
すず:「ふふっ、あはははは……っ」
鈴子:「ど、どうして笑うの?」
すず:「ううん。違うんだ。お前のことを馬鹿にして笑っているわけじゃない」
鈴子:「じゃあ、なんで笑うの?」
すず:「ふふっ、いいや、分からない。どうしてだろうね」
鈴子:「……」
すず:「そんな顔をしないで。きっと、そうだね……。嬉しいんだと思うよ」
鈴子:「……やっぱりすずは神様なの?」
すず:「どうだろうね」
鈴子:「え?」
すず:「でも、今日は神様のところへは行けないみたい」
鈴子:「どうして?」
すず:「どうしてだろうね」
鈴子:「すず、わたしのことからかってるの?」
すず:「からかってないよ。でも、今日はいけない。
お前はまだ六つだから」
鈴子:「さっきはそれでもいいって言ってたのに」
すず:「やっぱりだめだ。
……さて、もう外に出よう」
鈴子:「まってよ……っ」
すず:「おいていかないよ、大丈夫」
鈴子:「……うん」
(外に出る二人)
すず:「……もうすっかり日が落ちたね」
鈴子:「あ……!ここからもお祭りの灯りが見えるんだね」
すず:「うん」
鈴子:「神子祭りの儀式は始まったのかな」
すず:「もう始まってるよ」
鈴子:「戻ったらもっと怒られるなあ」
すず:「こわい?」
鈴子:「こわいよ。でも、もうどうでもいいんだ」
すず:「……」
鈴子:「こうやってみると綺麗なんだけどなあ」
すず:「……そうだね」
鈴子:「きょう、神子祭りで儀式をする子たちは神様のところに帰らないの?」
すず:「帰らないよ。人の子になるだけ」
鈴子:「そっか」
すず:「……今はきっと退屈していないんだ。だから、帰す必要なんてない」
鈴子:「じゃあ、神様は今楽しいんだね」
すず:「きっとね」
鈴子:「なら良かった。わたしもうれしい」
すず:「お前は寂しくない?」
鈴子:「寂しくないよ。すずが一緒にいてくれるから」
すず:「なら良かった。わたしも嬉しい」
鈴子:「ふふっ、いっしょだね」
すず:「うん。いっしょ」
鈴子:「いっしょじゃないと寂しいもん」
すず:「……ねえ、やっぱり」
鈴子:「なあに?」
すず:「……ううん、違う。ちがくて……」
鈴子:「どうしたの?」
すず:「……次のみこまつりでお前は七つになる」
鈴子:「うん」
すず:「そのときに、神様の元に帰りたいと願うのなら帰ろう。
だから、次のまつりのとき、またここで会おう」
鈴子:「またここで?」
すず:「うん」
鈴子:「……わかった。約束だよ」
すず:「うん、約束」
鈴子:「わたしとすずの大切な約束」
=================================
鈴子:「……っ、う……っ」
鈴子M:「目を覚まして、自分が泣いていることに気が付いた。
真っ暗な部屋だ。きっとあの子と身を寄せ合った奥の部屋。
暗闇のなかで一人泣いているのが、ひどく寂しいことのように思える。
近くに転がっていた懐中電灯を手に取って照らす。
扉の裏を見ると、昔も見たのと同じ傷がたくさんついている。
そのまま、ぐるりと壁を照らす」
鈴子:「……っ」
鈴子M:「壁にはおぞましいほどの傷が残っていた。
その傷を覆うように赤黒いしみが広がっている。
まるで爪でかきむしったような傷だ。ここから逃げようと、必死に爪がはがれてしまうほどに、引っ搔いている光景が思い浮かぶ。
傷だらけの壁の奥にある、小さな祭壇のようなものを照らすと、供養碑と刻まれたちっぽけな石が置いてあるだけだった」
?:「(すすり泣く声)」
鈴子M:「暗闇から泣き声が聞こえて、私はその影の方へと近寄った」
?:「(すすり泣く声)」
鈴子:「……怖いよね、寂しいよね」
?:「……っ」
鈴子:「苦しかったね」
?:「……」
鈴子:「泣かないで、もう大丈夫だから」
?:「だったら……、一緒にいてくれる?」
鈴子M:「近寄ると、腕をぎゅっと掴まれた。昔は振りほどいたその腕を私は包み込む」
鈴子:「うん。一緒にいるよ」
鈴子M:「怖くないと言ったら嘘になる。でも、それでも私はこの子の傍にいてあげたいと思った。
もう両親も母さんも死んだ。私はまた帰る場所を失くしたのだ。
だったら、もう良い。
ぐちゃぐちゃとしたこの子たちの傍にいてあげたかった」
鈴子:「私が一緒にいるよ」
鈴子M:「こんな真っ暗な部屋で、蝉の声しか聞こえない部屋で、この子たちはきっと死んでいったんだろう。
母さんもきっとそうだ。
どれだけ苦しかっただろう。どれだけ寂しかっただろう。
目の前にある暗闇を抱きしめて、この子たちに与えた名前を呼ぶ」
鈴子:「すず」
?:「……っ」
鈴子:「すず、ごめんね。こんなに遅くなっちゃって」
すず:「(泣き始める)」
鈴子:「ごめんね。泣かないで、私ここにいるよ」
すず:「ごめんなさい……っ」
鈴子:「どうして謝るの?」
すず:「ごめんなさい……っ。わたし、もう誰もいらないと思っていたのに……っ。
お前の母を、わたしは……、なにもできなかった。傍で見ることしかできなかった……」
鈴子:「……ううん。すずのせいじゃないよ」
すず:「ごめんなさい……、ごめんなさい」
鈴子:「母さんの傍にいてくれてありがとう」
すず:「……どうして」
鈴子:「うん……」
すず:「……お前は、どうして逃げないの?」
鈴子:「もう決めたの。すずとずっと一緒にいるって」
すず:「な、んで……?もうぜんぶ分かったんでしょう?怖いでしょう?」
鈴子:「それでも、いいの」
すず:「……」
鈴子:「ふふっ、驚いた?」
すず:「……うん、驚いた」
鈴子:「あのね、お願いがあるの」
すず:「なに?」
鈴子:「母さんがどこにいるのか教えてくれる?」
すず:「……分かった」
鈴子M:「そう言って、すずは私の手を引いてくれた。小さな小さな手だ。
外はもう夕方で、ひぐらしの声が聞こえてくる」
すず:「……ここだよ。この手前のものがお前の母のものだよ」
鈴子:「母さん……」
すず:「……」
鈴子:「……お花、すずが置いてくれたんだね」
すず:「……お前がそう言ってたから」
鈴子:「ありがとうね」
すず:「……ここはね、たくさんの人が埋まっているんだ」
鈴子:「……」
すず:「……あの村は昔、作物が取れなくて餓えに苦しんでいた。
その時は子供が多くてね、七つまでの子供に対して口減らしが行われるようになったんだ。
その理由付けで、あの神様の話しが生まれたんだよ。七つまでは神様の子だから死んだのではなくて、神子祭りという儀式を行って神様の元に帰るんだと。
そして、この場所に連れて来られて、閉じ込められて死んでいった」
鈴子:「……」
すず:「寂しくて、苦しくて、仕方がなかった。
でも、死んでいったそれらは神ではなくて、怨霊になって村を祟るようになった。
それで、次は祟りを抑えるために神様の子の中で、食い扶持の多い七つの子を生贄に差し出すようになったんだ。
その生贄だって同じように寂しい思いをして死んでゆく。
そうやって、今のわたしができたんだろうね」
鈴子:「……母さんはすずの中にはいないの?」
すず:「いないよ。もう誰も取り込みたくなかったから。ここは苦しい場所だからだめだよ」
鈴子:「……優しいね、すずは」
すず:「……おかしいことを言うね。わたしを見てそんなことを言うなんて」
鈴子:「優しいよ、すずは。怖いけど、優しいよ」
すず:「……」
鈴子:「あ、ねえ、すず。こっち来て」
すず:「どうしたの?」
鈴子:「ほら、今日なんだよ。村のお祭り」
すず:「ああ……、そうだった」
鈴子:「懐かしいね。ここから一緒に見たよね」
すず:「……うん、懐かしいね」
鈴子:「……ねえ、すず」
すず:「なに?」
鈴子:「約束、すごい過ぎちゃったけど、私やっぱりすずと一緒にいたい」
すず:「どうして……?」
鈴子:「もう母さんもいないし、帰る場所もなくて、寂しいから……」
すず:「……ふふっ」
鈴子:「すず……?」
すず:「嫌だなあ。どうしてこうも……」
鈴子:「どうしたの?」
すず:「……わたし、ずっと寂しかった」
鈴子:「……うん」
すず:「だから、お前のことを引きずり込もうとしたんだ。
わたしに村人がやったみたいに、神様の元に帰れば寂しくないよって嘘を吐いて。
でも……ここは、お前が言っていたあたたかくて、やさしい場所ではない。
ここは苦しい場所だ。いろんなものが混ざっていて、寂しくて、痛くて、苦しい場所なんだよ」
鈴子:「……」
すず:「やっぱりお前を引きずり込むのはやめよう。
もう、こんなことはやめよう」
鈴子:「……っ」
すず:「ずっと寂しいのも、苦しいのも疲れた。なにかを祟ることも、恨むことも疲れた」
鈴子:「そうしたら、すずはどうなるの……?」
すず:「分からない。でも、きっと楽になれる」
鈴子:「それでもいいよ。私、すずと一緒にいられるなら」
すず:「だめだよ。お前は連れて行けない」
鈴子:「でも」
すず:「ほら、手を離して」
鈴子:「やだ」
すず:「離して」
鈴子:「やだよ……!!私も一緒に行く」
すず:「……」
鈴子:「すずもいなくなったら、私どうしたらいいの?どこに帰ればいいの?誰が一緒にいてくれるの?」
すず:「……お前はまだまだ寂しいんだね」
鈴子:「……すず?」
すず:「手を握ってあげようね。そうしたら、寂しくないでしょう?」
鈴子:「……」
すず:「……お前は大きくなったね」
鈴子:「すず……っ」
すず:「泣かないで。わたしはお前に泣かれるのは嫌だ」
鈴子:「じゃあ、連れて行ってよ……っ」
すず:「だめだよ。大きくなったのに、幼子みたいなことを言わないで」
鈴子:「やだ……っ」
すず:「お願い。わたしをもう楽にさせて」
鈴子:「……っ」
すず:「……いい子だね」
鈴子:「すず、」
すず:「お前を見送ってから、わたしは消えたいんだ。だから、はやくここからいなくなって。もう二度とここに来てはいけない。
わたしはきっとまたおかしくなってしまうから。また、お前を追いかけてしまうだろうから」
鈴子:「それでいいよ……!!私、一緒にいるから、だから」
すず:「(遮るように)鈴子」
鈴子:「す、ず……」
すず:「本当は寂しい。寂しいよ。でも、もうお前を追いかけたくない。だから、お願い」
鈴子:「……っ」
すず:「わたしもいつか帰りたいな」
鈴子:「(泣き始める)」
すず:「わたしたちは鈴子のいうあたたかくて、優しい場所を知らない。
でも、鈴子は知っているのでしょう?
知っているなら、またそんな場所を見つけられるだろうから……っ。
そして、そんな場所になれるだろうから……っ」
鈴子:「すず……っ」
すず:「だから……っ!!
そうやって生きてから!寂しくなくなってから、お前は死ぬんだよ……!!」
鈴子M:「振り返ると、すずが泣いているような、笑っているような顔が見えた。
すずの元に戻りそうになる足を何とか抑える。
なんど擦っても涙が止まらない。
泣き叫ぶような蝉の声
暗くて深い山の中
寂れた神社
あの場所がどんどんと遠ざかっていく。
村までおりて、祭りで賑やかな通りを歩いていく。
他所の村からも人が来ているのか賑やかだ。
子供が笑いながら駆けていく。
祭囃子が聞こえ、誰かが歌って踊っている。
それらが全部とおい夢のように感じられた。
みこまつり。
きっと、ここにいるほとんどの人は何も知らないのだろう。
この村がなにをしてきたのか。
神様の子がなんなのか。
神様がいないことなんて誰も知らずに、この祭りを楽しんでいるのだ。
涙がぼたぼたと落ちる。
寂しい。
苦しい。
恨めしい。
あの子たちと母さんの命を奪ったこの村が憎い。
それでも、生きて行かないといけない。
すずがそう願ったのだから。
私は約束を守れなかった。だから、今度こそ守らないといけないんだ。
賑やかな通りで、私は一人願うことしかできなかった。
あの場所で死んでいった者たちが寂しさを感じることなく、優しくてあたたかい場所に行きつきますように。
夏の終わりの匂いがする。
15年前の夏と同じ匂いだ。
でも、蝉の声はもう耳に届かなかった」
========================
?:「ある山奥に佇む寂れた神社。
もう帰る場所をなくしたそれは、ただそこで蠢くことしかできない。
帰りたい、寂しい、苦しいという声を拾う者はもういない。
昔々、恐ろしいまつりが行われていたその場所に誰かが訪れることはないだろう。
麓の村に、もう人の姿はないのだから。
山には寂しい寂しいと泣き叫ぶように、蝉の声だけが響いていた」
読んでくださってありがとうございます。
下記のボタンからあとがきのページに飛ぶことができます。
また、感想をTwitterやWaveboxなどからいただけますと、大変嬉しく思います!