Portrait de Cendres

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注意事項

・題名はポートレ・ド・ソンドルと読みます。

・人物欄にも記載がありますが、読後もしくは上演前に必ず、あとがきをお読みください。

登場人物

・写真家で、司祭で、偶像である男(♂):読後、上演前に必ずあとがきを読んでください。

・泥の中の人魚姫であり、罪人である女(♀):読後、上演前に必ずあとがきを読んでください。

『Portrait de Cendres』

作者:なずな

URL:https://nazuna-piyopiyo.amebaownd.com/pages/8628818/page_202501061327

写真家で、司祭で、偶像である男:

泥の中の人魚姫であり、罪人である女:

本文

男:「お待ちしておりましたよ、フロイライン」


女:「……」


男:「ああ、それとも”また、来たんですか?”と言ったほうが正しいのでしょうか。

まあ、どちらでも同じことでしょう。輪は巡れど、中心は揺るがない。コインの表と裏と同じだ。

結局、貴女はここに存在しているのですから。

ね、フロイライン」


女:「ええ……」


男:「さあどうぞ、その椅子に座って」


女:「ありがとうございます」


男:「外は明るいのですか? それともまだ夜は明けていないのでしょうか?」


女:「……」


男:「花が咲き乱れ、人が愚かに踊る春は過ぎましたか?

それとも、もう静寂と冷たい飢えに苦しむ冬を?」


女:「あともう少しで秋を迎えます。外は柔らかな日差しが降り注いでいるはずですよ」


男:「おや、それは嘘だ。フロイライン。ここには季節も時間も存在しない。そうでしょう?」


女:「……そうですね」


男:「貴女は何かある度にここを訪れる。貴女が創り出したこの箱庭であり、墓場のような空間に」


女:「……」


男:「今回は、どういったご用件でこちらに?」


女:「写真を撮ってほしいんです」


男:「写真を? 写真家という形をご所望なのですね。良いでしょう、フロイライン。貴女の偶像に写真家という形を与えましょう」


女:「ありがとうございます。完璧だわ」


写真家:「これはこれは、身に余るお言葉だ。

さあ、それで何の写真を撮りましょうか」


女:「私を」


写真家:「貴女を?」


女:「私の、最期の写真を撮ってほしいんです」


写真家:「おや、長旅に出るのですか?」


女:「ええ、そうね。長旅だわ。どこへ辿り着くのかも分からない」


写真家:「でも、貴女は既に旅に出ているようなものだ」


女:「生きるも死ぬも、旅だと言いたいのですか?」


写真家:「素晴らしい。よくお分かりで、フロイライン」


女:「貴方も旅人で?」


写真家:「いいえ、私は写真家です。見て分かるでしょうに」


女:「……」


写真家:「遠く離れた国では、故人の肖像を飾る国もあるそうですよ。貴女の写真も飾って差し上げましょうか?」


女:「じゃあ、撮ってくれるのですね」


写真家:「残念ながら私は……、ああ、いいえ。違うな。これは間違いだ。鼠捕りに猫がかかってしまうほどの過ちだ。

申し訳ございません、フロイライン。喜んで、貴女の最期の写真をお撮りしましょう」


女:「嬉しいわ。これでやっと旅路につける」


写真家:「さあ、用意は整っていますよ。

カメラも随分と変わりました。戦前と戦後では目を見張る変化がある。

いずれは陰影だけではなく、色彩までも映し出す日が来るのかもしれませんね。

恐ろしいことだ。

かつてはその時の小さな一部を、時間をかけて額縁に収めるようなものだったのに、今じゃ簡単にその時をつまめてしまう。まるで、スナック菓子のように。

それを芸術と呼べるのかどうか。

ふふっ、難しい質問ですね。

くだらない疑念でしかない。

まるで、ワインが切れた哲学者の問いかけだ」


女:「……」


写真家:「このカメラは戦前につくられたものですね。

貴女はこのカメラがお好きで? フロイライン」


女:「カメラのことはよく分かりません。

でも……、そうね。好きなのかもしれないわ」


写真家:「そうでしたか」


女:「罪を犯した私を、そのカメラはどのように写すのかしら」


写真家:「おや、貴女は神に背いたのですか?」


女:「いいえ、神様よりもずっと私にとっては恐ろしい人です。

私は許されざる罪を犯してしまった」


写真家:「ここは懺悔室になったのですね。なら、私は司祭になりましょう。哀れな罪人のために」


女:「……」


司祭:「さあ、どうぞ。罪の告白を、フロイライン」


女:「……私は、泥水の中で人魚姫の真似をしていたのです」


司祭:「貴女は歌がお得意で?」


女:「歌は得意ではありません。それに美しくもない」


司祭:「いやいや、貴女はお美しいですよ。フロイライン。

まるで、声を喪った哀れな鳥が歌う讃美歌のように」


女:「それを貴方は美しいと思うのですか?」


司祭:「ええ。

風を喪った風見鶏、ページを喪った本、鍵穴を喪った錠前。

盲いた目の老人が描く風景画も、脳みそを溶かした脚本家が書いたシナリオも、指を焼き尽くしたピアニストの奏でる音楽も」


女:「生きる気力を失った女は?」


司祭:「論を俟たずとも」


女:「昔、貴方と同じように私を美しいと言った人がいました」


司祭:「それはとても素晴らしい審美眼をお持ちだ。どんな宝石や石くれよりも価値がある」


女:「橋から身を投げようとしていた私を見て、美しいと言ったのですよ」


司祭:「ええ。私も同じように賛美の言葉を投げかけることでしょう」


女:「……死を願い続ける私を、私は美しいとは思えませんでした。

小さな家の主の三番目の妻の、三番目の子として生まれたときから、私はこの世に別れを告げたかった」


司祭:「なぜ?」


女:「不自由は愛であると思うほかありませんでした。

痛みは祝福だと信じるほかありませんでした。

私を呪う言葉を子守唄として聞かされてきたから。

私を縛る言葉を神への祈りだと教えられてきたから。

私はこの世に生を受けてから、少しずつ蝕まれていったのでしょう」


司祭:「ずっと死神と踊っていたわけだ」


女:「ええ、長い長い一曲を」


司祭:「だが、貴女は死神とのダンスに明け暮れ、残念なことに生き続けてきたのでしょう?」


女:「命を絶つ気力もなかったのです。

だから、死を願うことしかできませんでした。眠りについたまま、二度と目覚めなければいいのにと。

……まるで、運命の騎士の訪れを待つ、囚われの姫君のようでした


司祭:「随分とロマンチックだ」


女:「そんな美しいものではございませんでしたけれど」


司祭:「それで、運命の騎士は訪れたのですか? フロイライン」


女:「一度だけ、手を伸ばしてくれました。

……でも、私はその手を取ることができなかったのです」


司祭:「それはどうして?」


女:「……あの日は、花祭りで街全体が賑やかな日でした。

私は誰もいない、静かな裏通りの橋から水路を見ていたのです。

花びらがたくさん水面に浮かんでいました。

それがとても綺麗な絵画のようで、私は水面に手を伸ばしたのです。

私もこの綺麗な花と共に、美しい景色の一部になれるかもしれないだなんて。

そんな、儚い夢を見て。

このまま、身を投げれば命を落とすと理解していました。

でも、それを喜ばしく思っていたのです。

恐ろしさなんて微塵もありませんでした。

ただただ、嬉しかったのです。

麗らかな春の日に、ようやく死が手招いてくれたのだと。

……でも、私はその手を取ることができなかった。

美しいと言ったあの人の声で、私は夢から覚めてしまったのです」


司祭:「目覚めることなく、その賛美も抱いて手を取ることができていれば、貴女は救われたでしょうに」


女:「彼の言葉を私は理解できなかったのです。

だから、受け取ることもできなかった。

美しさとはかけ離れた私を見て、彼は美しいと言ったのですから」


司祭:「それで、貴女は彼にどう返したのですか?」


女:「驚いて、声を失ってしまったのです」


司祭:「ははっ、まさしく人魚姫のようだ。

では、フロイライン。心の内では何をお思いで?」


女:「この人は憐れみと賛美を違えているんだわって、そう思いました。

……それで彼は、」


司祭:「貴女に恭しく手を差し出したのでしょう。このように」


女:「ええ」


司祭:「そして、こう言ったはずです。“紅茶でもいかがですか、フロイライン?”、と。

貴女はその手を取りましたよね」


女:「よくご存知ですね」


司祭:「もちろんですよ、フロイライン。

それで、その後はどうなったのですか?」


女:「聞かずとも、貴方は知っているのでしょう?」


司祭:「ええ。ですが、貴女の口からお聞きしなくてはいけません。

私が神でしたら口を閉ざしても構わないのでしょうが、私は司祭であり、ここは懺悔室です。

沈黙は反抗であり、罪を永遠に生かす棺でしかありません。

さあ、続きをどうぞ」


女:「……あの人は、私を彼のアトリエへと連れていきました」


司祭:「アトリエ、ですか」


女:「彼は有名な写真家だったのです。

そういったことに疎い私ですら、その名を耳にせずに過ごすことはできなかったほどに。

彼が撮った写真は大変美しく、その美しさに魅了され、多くの人々が彼に写真を撮ってもらうために押しかけていると聞いたことがありました。

そして、彼は大変気難しく、変わり者で、人としては何か欠けているはずなのに、不思議な魅力のある美しい人だとも。

……それらの噂話はどれも真実だと知りました」


司祭:「おや、珍しい。他人の舌の上に、真実を築き上げるのは難しいことだというのに」


女:「アトリエには彼が撮った写真が様々な形で飾られていました」


司祭:「そして、その奥の部屋には、丁度、いま貴女が座っている椅子と、貴方を写しているこのカメラと同じものが置かれていた」


女:「……彼はあろうことか、こんな私を写真に残したのです。

美しさもなく、不運に覆われた私を。

薄暮に咲き、見られることも、讃えられることも、望まれることもない花のような私を。

いいえ、そもそも花に例えるのすらおこがましいわ。

それなのに、彼はまた美しいと口にしました。

驚いた私を見て、彼は笑いながらこう続けたのです。

対価を払っていないのにも関わらず、私が写真を撮ることはない。

ただし、自身が美しいと思ったものだけは、対価など関係なく撮るのだと。」


司祭:「芸術品に見えたのでしょうね」


女:「私には理解できません」


司祭:「ただの古びた花瓶を骨董品だと人は評するのですから、何も不思議なことではありませんよ。フロイライン」


女:「そうだとしても、私には分かりません。

それに……」


司祭:「それに?」


女:「……毒だったのです。彼が口にする言葉は毒だった」


司祭:「……」


女:「あの日以降、彼は私を何度かアトリエへと招待し、写真を撮りました。

彼はその度に美しいと口にしました。

分かってはいたのです。

彼は私ではなく、“死を願いながらも生きている人間”を見て、美しいと評していることだなんて。

彼の口ぶりからも、それは明らかな真実でしかなかった。

でも、その言葉は私の体の中をゆっくりと回り、私を少しずつおかしくしていきました。

……心待ちにするようになっていたのです。

彼に写真を撮ってもらうことを、彼と会えることを、彼に美しいと言ってもらえることを。

私は見て見ぬふりをしました。

私の中に巣くい始めたものを隠そうとしました。

でも、できなかった。

……あの日、彼は私の目を見てこう言ったのです。

ラピスラズリのような美しい瞳をしていると」


司祭:「夜空と月光を溶かして煮詰めたような瞳だ、と。そう言ったのですね」


女:「ええ……、ええ、そうです。

あの人は私の瞳を見つめながらそう言いました。

忘れられないのです。

彼の深く美しい瞳も、あの言葉も。

鼓動が止まってしまったのかと思いました。

息の仕方も忘れてしまいました。

私のことを見てそう言ってくれたのだと、哀れな思い違いをしそうになりました。

彼は毒だったのです。

だって、私は、あの日確かに死ななくてはならないと思ったのですから」


司祭:「……」


女:「気付きたくなんてなかった

死ではなく、生きることを求め始めていることに。

彼という毒を得るために、明日を夢見る様になっていたことに。

……絶望でした。

彼はそんな私を撮ろうともしないでしょうし、美しいとも言ってはくれないでしょう。

ただ生きているだけの私よりも、死んだ私の方が彼は美しいと口にするはずです。

私は、彼の求める美しさを手放してしまった。

だから、だから私は……」


司祭:「長旅へ出ようとしているのですね」


女:「いいえ、いいえ、違います。

貴方は分かっているはずです。これが幻想で作られた劇場であることを。

創造者は貴方なのですから」


司祭:「おや、おかしな話だ。フロイライン。

この箱庭は、貴女が創り出したはずでしょうに」


女:「それはできません。

私は……、彼女は既に死んでいるのですから」


司祭:「……」


?:「貴方もご存知のはずだ。

貴方は今、あの女の形をした自分の影と対話している、と」


司祭:「……」


?:「そして、今この椅子に置いてあるのは彼女の頭蓋骨のはずだ。

……彼女はもうこの世にはいないのです」


男:「……ふふっ、はははっ、そうでした。私としたことがこのクソみたいな脚本に踊らされて、全て忘れていたようだ。

どうやら、私には役者の才能があるのかもしれません」


?:「その脚本を書いたのも貴方でしょうに」


男:「ええ、脚本家には向いていないようですね。残念なことに」


?:「貴方は心が花を望めば、冬を春に変えてしまうようだ」


男:「それはどうでしょう」


?:「彼女が話していたことを貴方は捻じ曲げたではありませんか」


男:「だが、ほとんどは真実だったはずです」


?:「そもそも貴方は、最期の写真を撮ってほしいという願いを叶えなかった」


男:「あれは願いの皮をかぶった、自己欺瞞(ぎまん)の傑作だ。

私の作品として遺したいとは思えなかった」


?:「彼女が心の内に秘めていたものを見ても?」


男:「ええ。それが見えてしまったからなおのこと。

多くの人はあのように秘められたものを美しいと口にし、群がるのでしょうが、私には全く理解できません」


?:「では、彼女の言葉通り、貴方は“死を願っていること”を美しいと評したのですか?」


男:「仰る通り」


?:「だが、貴方は彼女を手に入れようとしました」


男:「実に簡単に手に入りましたよ。喜んで差し出してきましたからね。

既に火にくべられた後でしたが」


?:「なぜ、手に入れようと?」


男:「死を願っていた女が、死んだのです。

その成れの果ての姿には、私が求めているものがあるのではないかと興味がありました。

好奇心という悪癖が、またひとつ私の棚を占領したのです」


?:「では、なぜこのような幻想をつくりあげたのですか?」


男:「……さあ、なぜでしょう」


?:「ここは貴方にとっての懺悔室であり、貴方こそ、許しに飢えた罪人なのでは?」


男:「私が? 何を言っているのか分かりかねます」


?:「貴方はそうやって見て見ぬふりをする。

ああ、なんと気高き盲目か。

ああ、なんと哀れで無知な見世物か」


男:「愚かしいことを言って私を侮辱するのは止めていただきたい」


?:「愚か?

おかしなことを言う。私は貴方の影だというのに」


男:「黙れ!」


?:「なぜ、貴方は彼女を美しいと思ったのでしょう。

なぜ、貴方はこんな夢をみているのでしょう。

貴方は彼女を」


男:「口を慎め!! 愚かしい台詞で私を侮辱するな。路地裏の酔っ払いの方がまだいくらかマシだ! お前の言葉は腐った葡萄酒よりも気分を悪くする……!!

ああ、吐き気がする、吐き気が……!」


?:「愚かなのはお前だろうに」


男:「……っ」


?:「……貴方にとっても彼女は毒だったのでしょうね」


男:「……」


?:「さあ、目覚めの時が来ました。

瞼の裏に映されたフィルムは幕を閉じます。

また、アトリエであり、箱庭であり、墓地である懺悔室でお会いしましょう。

さようなら、お元気で」


男:「ええ……、さようなら。それが永遠であることを、心から願っています」


?:「ああ、最後にお聞きしたいことがありました。

……彼女の成れの果ての姿は美しかったですか?」


男:「それは……」


(目を覚ます男)


男:「……ああ、ここは……?

アトリエ、か。

……やっと帰って来られたようだ。

長い長いうたた寝だった。


……ああ、そうでした。

貴女の写真を撮ろうと思っていたのですが、酷い悪夢を見てしまいましたよ、フロイライン。


……いいえ、これは貴女ではないのでしょうね。

ただの脱殻でしかない。

月光を溶かしたような瞳はどこにもなく、あるのは何もない暗闇だけだ。

撮るべきものではないな。

美しくないものを遺す趣味はないのだから。


……なぜ、私は美しいと思ったのか。

哀れで馬鹿な人だ。

彼女も……、私も。


それではさようなら、フロイライン。

いつか旅路の果てでお会いしましょう」


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