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男:「こんばんは」
少女:「あ……っ」
男:「大丈夫だよ、こっち見ても」
少女:「……」
男:「また君がいるかなって思って、前もって対策しといたんだ」
少女:「あ、あの、こんにち……、こんばんは?」
男:「どっちだろねえ。陽が沈み切ったわけじゃないけど……、夕暮れ時はこんばんは、なのかな」
少女:「じゃあ、こんばんはで」
男:「ああ、こんばんは。
今日も暑かったね」
少女:「そうですね」
男:「まだしばらくは暑そうだなあ。
泊ってるところのオヤジさんが新聞を見ながらぼやいてたよ。夏を乗り越える前におっちんじまうって」
少女:「おじさんは村にいるんですか?」
男:「いいや、隣町の安宿に泊まってるんだ。いいね、あの町は。出稼ぎに来てる人が多いから、宿も多いし、安いし」
少女:「ああ……、賑やかなところですよね。村と違って」
男:「村はあまり好きじゃない?」
少女:「……好きでも嫌いでもないです。
何もないところだなって思います。お隣とかに行くと余計にそう思わされて」
男:「ああ、それはそうだね」
少女:「とくに名物とか、そういうのもないし」
男:「なにかうまいもんでもあれば、いいんだけどね」
少女:「でも、何かあったところで外から来た人に優しくないから、おじさんは泊まらなくてよかったと思いますよ」
男:「……うん、よく知ってるよ」
少女:「……」
男:「隣町の一番いいところは、外から来た人間かどうかなんて誰も気にしちゃあいないってとこだね」
少女:「……そうですね」
男:「君、今いくつ?」
少女:「15歳です」
男:「中学三年生?」
少女:「はい」
男:「君ぐらいの時までは村にいたんだよ」
少女:「そうだったんですか?」
男:「田中先生って知ってる?」
少女:「あ、知ってます。隣の教室の担任の先生です」
男:「へえ、あの先生まだやってるんだ。
おれの担任だったんだよ」
少女:「じゃあ、すごいですね。若い時からずっとあの中学で先生してたんだ」
男:「そんな若かったかなあ」
少女:「でも、15年前って」
男:「まあ、そうだね。
だが……、15年ってのは案外早いもんだよ」
少女:「そうなんですか?」
男:「15年しか生きてない子に言っても分かんないだろうけどね」
少女:「……」
男:「でも、長くもあったかな」
少女:「早いのに?」
男:「うん」
少女:「……」
男:「君もいつか分かるよ」
少女:「……おじさんは楽しかったですか?」
男:「なにが?」
少女:「15年前」
男:「……どうだったかな。おれも、あんまり友達とかいなかったから」
少女:「……」
男:「おれはね、元々はこの村の子じゃなくてさ、親が事故で死んじまって、親戚に引き取られてこの村に来たんだよ」
少女:「じゃあ、あたしと一緒だ」
男:「え?」
少女:「あたしも親いなくて、おばあちゃんとおじいちゃんと住んでるから」
男:「だから、君も友人がいないのか」
少女:「……そうかもしれません」
男:「やっぱ外から来た人間に生き辛い場所ってのは、今も変わらないんだね」
少女:「……」
男:「おれも友人はいなかったけど、似たような奴はいたよ」
少女:「似たような?」
男:「ああ。よく遊んだりしてたな。放課後とか」
少女:「それは友達じゃないんですか?」
男:「違う」
少女:「……」
男:「……よくさ、この辺りでも遊んだよ。
遊んだって言うよりは……、ただ一緒にいただけなのかもしれない」
少女:「……」
男:「君はいつも一人なの?」
少女:「……はい。
でも、少し前までは違ったんです」
男:「違った?」
少女:「あたしにもいたんですよ。その……、友達、みたいな人」
男:「その子も外から来た子だった?」
少女:「え?」
男:「どう? 当たり?」
少女:「は、はい。どうして……?」
男:「何となく。外から来た者同士でつるむだろうと思って」
少女:「おじさんの友達みたいな人は、外から来た人だったんですか?」
男:「あー、どうだろう。微妙だなあ」
少女:「微妙って?」
男:「あいつも親はいなかったけど、ずっと小さい時から村にいたからか、ハブられたりはしてなかったからさ」
少女:「ああ……」
男:「君の友達みたいな人はどうしたの?」
少女:「引っ越しちゃったんです」
男:「そっか。まあ、外から来た奴は大体、何かの都合とかですぐにいなくなるからなあ」
少女:「……」
男:「寂しい?」
少女:「……分かりません」
男:「友達“みたい”な奴だもんな。分かんないのも当たり前か」
少女:「……そうですね」
男:「……」
少女:「……おばあちゃんたちには心配かけたくないから、たくさん嘘を吐いています。
友達たくさんいてね、みんな仲良しだよって。
今日も友達と遊びに行ってるって思ってるはずです」
男:「おばあちゃんにはそれが嘘だってバレてないの?」
少女:「あたし、うそつくの得意だから」
男:「どうだか」
少女:「おじさんには負けちゃったけど」
男:「そうだね。
でも、……おれもここにいたから、君が嘘を吐いているって気づいたのかもしれない」
少女:「……」
男:「こんなぼろい駅、おれがいた頃も滅多に使う人いなかったからね。
人間よりも幽霊の方がいるんじゃないかな」
少女:「え?」
男:「君、聞いたことない? この辺りで幽霊が出るって話」
少女:「幽霊、ですか?」
男:「ああ、男の」
少女:「男の……?」
男:「うらめしやー」
少女:「……っ」
男:「ふ……っ、あははっ、なんてね」
少女:「……」
男:「驚いた?」
少女:「少し……」
男:「あははっ」
少女:「驚かせるつもりはないって言ってたのに」
男:「そうだったね。ごめんごめん。
でも、そうか、聞いたことないか」
少女:「ごめんなさい」
男:「いいや、変なこと聞いてごめんね」
少女:「おじさんは幽霊に会いたいんですか?」
男:「……どうだろうね。どっちでもないかな。
でも、人と会うぐらいなら幽霊の方がいいなあ。人間の方が怖いからさ」
少女:「……そうですね。
人間は、怖いですね」
男:「……」
少女:「……」
男:「……今日も駄目か」
少女:「え?」
男:「いいや。さて、おれはそろそろ帰るよ」
少女:「そうですか」
男:「あ、ねえ」
少女:「は、はい」
男:「友人と会ってたって言うのは嘘だけどさ、人と会ってたのは本当だから、嘘とも言い切れないんじゃないかな」
少女:「え」
男:「嘘つくのって辛いだろ」
少女:「……」
男:「まあ、おばあちゃんからしたら、一人でいるよりも知らないおっさんと話してる方が心配かもしれないけど」
少女:「ふふっ、そうかも。
……ありがとう、おじさん」
男:’「じゃ、気を付けて」
少女:「はい」
女M:「おじさんはひらひらと手を振って去っていった。
一人残された駅で、あたしは目を瞑る。
夏の夕暮れ。
蝉の声が降り注ぐ山の中。
誰もいない寂しい駅で、電車を待ちながら
あたしは、翅がぐちゃぐちゃになった蝉を見ていた」