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男:「こんばんは」
少女:「こんばんは」
男:「……ここまで来るのはきっついな。
やっぱ違うね。これが若さってやつか」
少女:「慣れてるから」
男:「慣れても、おじさんには無理だな」
少女:「そんなに大変なのに、どうしてここに来るんですか?」
男:「……どうしてだろうねぇ」
少女:「……」
男:「言ったろ。内緒だよ」
少女:「……」
男:「そんなに気になる?」
少女:「はい」
男:「じゃあ、君は?」
少女:「え?」
男:「君はどうしてこんなとこにいるの?」
少女:「……内緒です」
男:「あははっ、仕返しか」
少女:「そうです、仕返しです」
男:「そっか」
少女:「……」
男:「……ここは、蝉の声しか聞こえないね」
少女:「……そうですね」
男:「怖いなとか、思わないの?」
少女:「なにがですか?」
男:「ここで何かあっても、誰も来ないだろう?
おれが君に怖いことをしても、誰も助けには来てくれないよ」
少女:「……怖い、とは思ったことないです。
誰も来なくて、蝉の声しか聞こえなくて、だから……」
男:「だから?」
少女:「……落ち着くんです。この世界には自分しかいなくて、一人でただ閉じこもっていられる気がして」
男:「……そうだね」
少女:「あたしね、ずっと一人なんです。最初から一人だったんですよ」
男:「……」
少女:「おじさんもお母さんとお父さんいないんですよね」
男:「うん」
少女:「おじさんのお母さんとお父さんは優しかった?」
男:「そうだな……。いい両親だったと思うよ」
少女:「あたしのお母さんとお父さんはね、優しくなんてなかった」
男:「……」
少女:「あたしにだって、お母さんとお父さんがいたんです。
でも、お父さんはどっか行っちゃったし、お母さんもあたしが邪魔で、おばあちゃんとおじいちゃんに押し付けていなくなって」
男:「……」
少女:「学校でもみんなからいじめられて……。
……あたしが悪い子だったから一人になっちゃった」
男:「……そっか。
じゃあ、おれと一緒だ」
少女:「でも、おじさんのお母さんとお父さんは」
男:「優しかったかもね。
でも、両親が死んだあとは酷いもんだったよ。
おれはどこに行っても歓迎されなかったからさ。
この村にいたときも、その後も」
少女:「……」
男:「今はもう30になって一人で適当に生きてるけど、歓迎されてもない家で暮らすのは息苦しくて仕方なかった。
……ここを出て行くときは、やっと助かるんだって思ってたんだけどな」
少女:「……」
男:「君のおばあちゃんとおじいちゃんは優しい?」
少女:「優しいです。
でも……」
男:「でも、寂しいか」
少女:「……おじさんも一人なんだね」
男:「うん」
少女:「友達、みたいな人は?」
男:「君にもいたんだろう?」
少女:「いたけど、もういないから」
男:「その子のことを嫌いになったりはしないの?」
少女:「え?」
男:「いや、家の都合とはいえ、その子に置いていかれたって思わないのかなって。
おれはいなくなった側だから分からなくてさ」
少女:「……寂しいけど、でも、どこかで幸せであったらいいなって。
……こんなとこじゃ、幸せになんてなれないから」
男:「……そっか」
少女:「おじさんの友達みたいな人もそう思ってるんじゃないかな」
男:「……思ってるわけないよ。そんなこと。
ぜんぶ忘れて、楽しく生きてるんじゃないかな。あんな奴は」
少女:「……」
男:「ああ、君の友達みたいな子はそんなこと思ってないと思うよ。
ごめんね、変なこと言って」
少女:「い、いえ……」
男:「……あいつはさ、のけ者にされてたおれがかわいそうだからって、近寄ってきたんだ。
すごい明るい奴だった。いつも笑ってたし、よく喋るやつで。
おれとは正反対の人間だった。
どんな時も元気で、なぜかしょっちゅうおれのことを遊びに誘ってきてさ」
少女:「……」
男:「でも……、あまりにも正反対だから、最後までおれはあいつのことを友達とは思えなかった。
だから、結局は一人だったんだよ。
……分かり合えない人間と一緒にいるってのは、かえって孤独になるってことさ。
あいつがどう思ってたかは分からないけど」
少女:「……あたしとおじさんは?」
男:「ん?」
少女:「あたしとおじさんは分かり合える?」
男:「……ああ、似てるから。よくないとこばかりね」
少女:「……そっか」
男:「だから、こんなこと聞かせるつもりもなかったのに、ぺらぺらと話しちゃったよ」
少女:「似てるから?」
男:「そう。
……似てるのと一緒にいるのは楽だね」
少女:「……」
男:「……なあ、ついでに一つ、君に伝えたいことがあるんだ」
少女:「なんですか?」
男:「寂しくて、辛いかもしれない。
君にも許せない人がいるのかもしれない。
でもね、殺すのはだめだ」
少女:「え?」
男:「……人を殺すっていうのは、自分自身を殺すのと同じなんだよ」
少女:「おじさん……?」
男:「君とおれは似てるからさ。
きっと君も苦しむだろうから……、だから……」
少女:「……」
男:「……ああ、蜩(ひぐらし)が鳴いてるなあ」
少女:「……」
男:「夏も、終わりか」
少女M:「おじさんはそう呟くと、じゃあね、と笑ってゆらゆらと帰っていった。
殺してはいけない。
その言葉に、あたしは首を絞められたような気がした。
なぜかは分からない。
ぜんぶ、分からない。
あたしは、何をしにここに来てるんだっけ?
夏の夕暮れ。
蝉の声が降り注ぐ山の中。
誰もいない寂しい駅で、電車を待ちながら
あたしは、必死に藻掻くことしかできない蝉を見ていた」