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少女:「……」
男:「もう来ないかと思ったよ」
少女:「あ、おじさん。こんばんは」
男:「こんばんはって……、君は怖くないの?」
少女:「怖い?」
男:「さすがに分かるだろ。おれが誰かを殺したんだって」
少女:「……うん。でも、怖くないよ」
男:「変わってる子だね、君は」
少女:「あたしが変わってたら、おじさんも変わってるね」
男:「似てるからか」
少女:「うん、似てるから。
……似てるから、怖くないのかもしれない。
だって、あたしも殺しちゃったんだもん」
男:「は……?」
少女:「おじさん、あたしたち似てるね」
男:「……君は、誰を殺したんだ?」
少女:「……」
男:「いや……、言いたくなかったら言わなくていい」
少女:「二人ね、殺したの」
男:「……」
少女:「一人はとんでもなく嫌なやつで、もう一人は……、もう一人はね……、上手に羽化できなかった蝉みたいなやつ」
男:「……」
少女:「……」
男:「……あは、あははっ、すごいなあ。ここまで似てたら笑うほかないね」
少女:「おじさんは誰を殺したの?」
男:「おじさんだよ」
少女:「おじさん?」
男:「おれの父親の兄さん」
少女:「……」
男:「あのジジイはさ、父さんのことが嫌いだったんだ。
自分よりも優秀で、親に可愛がられてたからって言ってた。
酒を飲むと、父さんの悪口をずっと言ってくるんだ。
仕舞いには殴るわ蹴るわで、とんでもなかった。
おれ、父さんに似てたからさ、ムカついたんだろうね。
だから、わざわざ引き取って、憂さを晴らしてたんだと思う」
少女:「……」
男:「飯も自分で用意してたけど碌なもん食えなかったし、洗濯もしてもらえなくて。
自分で洗えるようになるまでは、おれ大分臭かったかも。
だから、学校で嫌われたってのもあるんだろうなあ」
少女:「……」
男:「……本当に最低な奴だったよ」
少女:「おじさんはその人に……、その幽霊に会いに来たの?」
男:「……いいや、違う。
誰に会いに来たわけでもないんだ。
ただ、あいつがいるかもしれないって思って……」
少女:「あいつって」
男:「あいつが、ジジイのことを殺そうって言ってきたんだ。
明るく笑いながら、どこかに遊びに行こうって言ってるとのまったく同じ感じで」
少女:「……」
男:「あいつと一緒にジジイをさ、何とかこの辺りまで誘き出して、向こうにある池に突き落としたんだ。
成功した時、あいつはすごい楽しそうに笑ってた。
ものすごいはしゃいでたよ。良かったね、やったねって。
……なんも良くなかったけどな」
少女:「……」
男:「今も、殺した日のことを思い出す。
おれはとんでもないことをしたんだって。どうしようもなく苦しくなる」
少女:「でも、おじさんは悪くないよ」
男:「そうだろ。おれもそう思う。
でも、駄目なんだよ。君だってそう思ってるんだろう?」
少女:「……」
男:「君にはこんな思いさせたくなかったから、あんなこと言ったんだ。
もう、遅かったけどね」
少女:「……」
男:「……苦しかったろ」
少女:「楽になるために殺したのにね」
男:「そうだね……」
少女:「楽にするために、殺したのにね」
男:「……」
少女:「……」
男:「……君とおれは似てる」
少女:「……うん」
男:「あいつといるよりも楽だと思ったのに、苦しいもんだ」
少女:「……」
男:「……傷の舐め合いってやつかな。ただただ、苦しくなるだけだ。
あいつといても苦しかったのにさ。
結局、おれがどうしようもないだけなんだろうね」
少女:「……」
男:「30になったらここで会おうって言ってたんだよ。
自分たちが今15歳だから、また15年間生きたら会おうって、笑いながら言ってた。
人を殺した後だってのに。
……でも、あいつは来なさそうだ。
もう全部忘れて、今も暢気に笑って生きてんだと思うと、腸(はらわた)が煮えくり返りそうになる」
少女:「……」
男:「こんな十年も前に廃線した電車の駅なんて、蝉しかいない山の中のことなんて、覚えてないだろうな」
少女:「……ああ、そっか」
男:「……」
少女:「もう電車通ってなかったんだ。あたし、帰れないじゃんね」
男:「え……?」
少女:「帰れないの。あたし、疲れちゃって電車で帰ろうと思ってたのに……、ずっとここにいて、毎日蝉を見てて……」
男:「何を言って……」
少女:「中二の時にね、隣のクラスに新しく都会から男の子がやってきたの」
男:「え?」
少女:「みんな、こそこそ話してた。
その子がクサいとか、おかしいだとか、都会から来たから変な病気を持ってるとか、みんな嫌なことばかり言ってた。
だから、あたしね助けたかったの。その子のこと」
男:「……」
少女:「給食がない日は、お弁当をその子と分けたりね。
文房具買ってもらえなくて困ってた時は、あたしのをあげたりしてた。
あとね、一緒にいてあげようって思ったんだ。
だから、たくさん遊びに誘ったの。
一人ぼっちでいるのは寂しいって知ってたから。
でもね、それだけじゃ助けられなかったの。
だって、あの人が生きてたら、ずっと虐められちゃうもん。
だからね、……殺そうと思ったの」
男:「……っ」
少女:「夏休みが始まった頃だった。
あっちの池にね、落としたんだよ。
あの人酔っぱらってて、ちょっと二人で押しただけなのにすぐに落ちて」
男:「っ!!」
少女:「……ごめんなさい、ごめんね、あたし」
男:「お前、は……っ」
(咄嗟に少女の腕を掴む男)
少女:「離して……」
男:「なんで……、どうして変わってないんだ……?」
少女:「見ないで、あたしのこと見ないでよ」
男:「違う、そんなはずない。だって、あいつは煩いぐらいに明るくて、元気で、おれとは正反対の人間で」
少女:「あたしもう上手にうそつけないの」
男:「全部忘れて、暢気に生きてるはずで」
少女:「あたしを見ないで……っ!!!!」
男:「……っ!!」
少女M:「あの子は手を離すと、走って逃げていった。
蝉の声が煩い。
あの子が帰った駅で、あたしは一人蹲って耳を塞いだ。
ああ、思い出しちゃった。
あたしが忘れたかったこと。
ああ、知られちゃった。
あたしが隠したかったこと。
夏の夕暮れ。
蝉の声が降り注ぐ山の中。
電車など来るはずもない駅で
あたしは、どうして生まれたのか分からない蝉を見ていた」